第27話 囁き
「その反応は、このまま黙ってうやむやにしようかと考えていた反応だな?」
俺は腕組みをすると、固まっている三人へと向かい合った。
ライフは友人を助ける為に、石化回復ポーションを必要とした。
リリーはその石化回復ポーションで命が救われた。
ローランドはまぁ、なんだ、余り汁で生き返った。
誰に何割負担させればよいのか。
あえて言うと、大金貨10枚というのは、日本円にして約100万円相当の価値だ。
ライフは治療院を再建すべく目下奮闘中で、いわばマイナスの状態。
リリーとローランドに関しても、騙され身ぐるみをはがされている状態だ。
「むぅぅ、請求しにくいじゃないか!」
頭を悩ます問題だ。
「ライフ様に関しては、コカトリス討伐の報奨金より、折半したものからお支払いで足りるのではないですか?」
メイの助け舟に、それだ! とばかりに指を鳴らす。
だとしても残りの二人は、債務の相手が俺からライフに代わるだけで、何の解決にもなっていないわけだ。
武器をそろえるにも金が要るだろう。
それにスタートダッシュで躓いた人間をクランという組織は受け入れてくれるのだろうか?
俺は逡巡した後に、個人的な二つの願望をかなえることにした。
「リリー殿……君の借金を帳消しにする代わりに、俺の研究を手伝ってくれないか?」
この世界でライフに治癒師の知識を与えた際に、俺は魔法という力についていまいち理解が出来なかった。
それは学園に行っても同じで、素養のあるものが決まった呪文を唱えると勝手に発動するといった、いたってシンプルなものだった。
それが発動しない魔法に関しては、そのレベルに達していないとされていたが。
皆いちように「そういうもの」としてしか認識していないのがどうにも気がかりだった。
そこを紐解くのが科学者としての責務だろう!
今までなし崩しにされていた魔法という概念の研究を俺はやりたい。
その熱意を込めて、リリーに打診してみたのだが。
当のリリーは顔を真っ赤にして俯いている。
そこにジト目をしたメイが割り込んで、俺から彼女を守るように立ちふさがった。
「つまり借金のカタに、リリー様を肉奴隷にするつもりなのですね」
当然の様に有らぬ疑いをかけられている様子だ。
「誤解だぞメイ、俺は純粋な気持ちでだな……」
「純粋に弄びたいというのですか」
「性欲などではない! 知的好奇心を満たすために……」
「へっへっへ、お前のここはどうなっているのか、しっかり観察してやるぜ、ですか?」
「違う! 俺は魔法について研究したいんだ!」
「魔法を使う性行為とは……マニアックですね」
話にならん!!
どうしてすぐそういう方に持っていこうとするのだ!
俺はメイ越しにもう一度目的をリリーに伝える。
「俺は研究者だ。リリー殿が使う魔法の研究をさせてほしいだけなんだ。誓ってやましい気持ちはないぞ!」
その言葉が届いたのか、リリーが顔を上げる。
「今の私には借金も恩も返す当てがないですから。その提案を受けたいと思います」
やはり誠意というのは人間同士ちゃんと伝わるものだ。
メイの様な人形には理解できない感覚なのだろう。
「シャーリーさん……いえシャーリー先輩。ご迷惑にならないようにご指導お願いします」
リリーは何故か俺ではなく、シャーリーに頭を下げた。
「良く分かんないけど、私についてくれば大丈夫よ!」
シャーリーは良く分かんないらしい。
俺にも分からん。
「何故シャーリーが先輩になるんだ?」
とりあえずこの状況を整理したい。
「シャーリー先輩は、ヨツメ様の奴隷なのでしょう?」
とんだ誤解だ!
「ああ、シャーリーさん、幼いのに可哀そう」
確かに見た目は小学生と言われてもおかしくない外見ではあるが、たぶん君より年上だぞ。
「私も背が低いので幼く見られがちですが……ヨツメ様は、幼子趣味なのですね」
とんだ誤解だ!
「まてまて! まずシャーリーは依頼主であって、奴隷などではない!」
ここにいる人間も忘れているだろうが。
俺達はシャーリーが「苔の洞窟」へ行くために雇われたパーティなのだ。
奴隷どころか、俺達が言う事を聞かねばならん立場なんだが。
まぁ、そうやって泳がせた結果、大変な遠回りをさせられている訳だが。
脱線したので話を戻そう。
それを聞いても、リリーは首をかしげている。
「それではなぜ首輪などをさせて歩かせているのですか?」
……うん。確かにこれを見ればそう感じてもおかしくはないな。
どう説明すべきか。
「プレイの一環ですか?」
リリーがずいと詰め寄ってくる。
前かがみになったことで、ローブの隙間から豊満な胸の谷間が見えている。
俺はとっさに顔を反らしたが、やはり気付かれてしまった様子。
「やっぱり視線ってそこに行くんですね……やましい気持ちあるじゃないですか」
「この視線誘導は健全な男性の自然な反応でだなごにょごにょ」
52歳にもなって、娘くらいの年齢の女性に詰め寄られてしどろもどろになってしまう。
止めてくれ、こう見えて女性への免疫は皆無なんだ!
「だったらこうしても気になりませんよね?」
リリーはそのまま飛びつくように俺の首に腕を回した。
体制を整える為に咄嗟に受け止めた彼女の体は、全身がふわふわしていて気持ちよくすらある。
周りのみんなは驚きで固まっていて、手出しができない。
その瞬間にリリーは耳元で、俺にだけ聞こえる声で囁いたのだった。
「私だったら、いいですよ」
「!?」
ほぼ同時に俺の背後に気配を感じ、腹の辺りに力強い抱擁。
そのまま持ち上げられ、弧を描くように頭から背後に落下した!
バックドロップというやつだ。
リリーはあわや道連れになりかけたが、咄嗟に俺の首から手を放して難を逃れていた。
一瞬の静寂ののち怒声が響き渡る。
「メェェェエエイ! 殺す気か!」
俺は頭を摩りながら転がり起きた。
メイはブリッジ状態から足をついたまま直立に戻っていく、気持ち悪い動きだ。
「叫び声が聞こえるという事は生きている証拠ですね」
「何故急にバックドロップされなきゃならん!」
「何ででしょう? 思考回路にスパークが走ったと思ったら、背後を取っていました」
普段は死滅している表情筋だが、今日は何故か眉をひそめて本気で考え込んでいる様子を見せる。
普段であれば俺が言い訳をしてもしばらくは責め苦が続くはずなのだが、今日は珍しく一発で終了したのも気になる。
なにより、理性的ではなく、衝動的な行動をロボットがするものだろうか?
一瞬で考察をしていたが、頭の痛さに思考がおぼつかない。
「あ、そうだった、大変大変!」
いつもの光景過ぎて若干鈍感になっているライフが、状況を把握して一足遅く駆けつけてくれて、俺の頭の怪我を治療してくれる。
とは言え先ほどのリリーの囁きも、これからどうなるのかも、いまいち混沌としていて収集が付きそうにない。
「結局どうすればいいんだ」
そこに静観を決め込んでいたローランドが提案してくる。
「僕であれば借金を返すまであなたの元で働けますが」
誠実な男のようだが。
「男は要らん」
俺はきっぱりと断った。
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