第25話 悲しき真実
二人は少し落ち着いたところで、セノーテ湖の水で薬液を落としに向かった。
もちろん紳士である俺はそれを覗きに行こうとは思わない。
むしろ興味があるのは石化していた人間の欠片だ。
もちろん紳士である俺はちっとも覗きに行こうと思わないから、メイはこっちを睨むんじゃない!
俺は地面にしゃがみ込むと、先ほどまでリリーが転がっていた辺りの岩を物色する。
「どういう仕組みで石になったり、人間に戻るのだろうか?」
魔法がある世界なのだから、俺の知っている一般常識など通用しないのは分かっているが、それでも探求心は涌き出てくるものだ。
「私も気になったので、錬金術師の方に聞いたのですが、呪いのようなものという曖昧なお返事しかいただけませんでした」
呪いというのはまた便利な言葉だ。
魔法と同じくらい得体が知れないのに、その効果は何でもありと来てる。
しかし、その中にも法則や、限界というものがあるはずなのだ。
「何故」を理解できずとも「どんなもの」かくらいは知っておきたい。
例えば丑の刻参りを一つの例としよう。
何故藁人形に釘を打ち付けると相手が苦しむのかは全く理解できないが。
場所は神社、これは寺でもいいというのは聞いたことない。
スタイルは白装束に御徳をさかさまにして頭にかぶるというのもある。
用意するべきは相手の髪の毛や爪を入れた藁人形と五寸釘、トンカチも忘れずに持っていかねばならない。
見つかると呪いは自分に降りかかるという。
呪いそのものは理解できない現象だが、かなり限定的な状況でしか発動しない呪いだ。
実際に正しく効果が表れるように行うのは至難の業だろう。
俺がお世話になった警察からすると、不法侵入に器物破損の現行犯だし、その格好で歩いているだけで職務質問されるのも請け合いだ。
あれは自分にどんなに非が無くても結構ビビってしまうものだぞ。
などと、俺が頭のなかであれこれ考えているうちに、女の子二人組は仲良く戻ってきた。
しかし、リリーの方は何やら浮かない顔をしている。
「どうかしたのか?」
俺が急いで石の欠片をバッグに入れて立ち上がったのを見計らって、説明をしてくれた。
「リリーちゃんは魔法専攻科を卒業して、パーティを組んだらしいんだけど、そのメンバーでここに来てコカトリスに全滅させられたんだって」
ライフの説明に俺は辺りを見回す。
新しいものから古いもの、あちらこちらに石像が横たわっている。
「そのお仲間がこの辺に転がっているわけだな?」
「お願い! 私の仲間を探して!」
回りの者に状況が理解できたことを悟ったリリーが、懇願してくる。
「構いませんよ、最後に彼らを見た場所や特徴などはございますか?」
冷静にメイが聞くと、メンバーの情報を教えてくれた。
「三人のうち二人は同級生の戦士科の男女で、もう一人はメンバー募集掲示板で募集したシーフだったの」
同級生の名前を聞くと、メイのハードに該当の人物が思い当たったらしい。
「顔を眼鏡に転送します」
便利なことに、俺の発明を通して情報が回ってきた。
「とりあえずこの二人から探すとするか」
俺たちは手分けをして探索を始めた。
やはり一番可能性が高いのは、もともとリリーが倒れていた辺りだろうな。
石像の数はかなり多い。
コカトリスがいつ頃から根城にしていたかは分からないが、その殆どが倒れたり、落石の被害にあって崩壊していた。
リリーの体が無傷で立っていたのは奇跡に近いのではないだろうか?
多少の嫌な予感を感じながらも、捜索に勤しむ。
5分ほどの探索で、すぐに二人は見つかったのだが……。
「そんな……トリーシャ!」
案の定というべきではないが、彼女の級友はそのほっそりとした腰から二つに折れてしまっていた。
このまま彼女を石化から戻したとしても、苦しみを与えるだけであるのは明確だ。
運の良いことに、もう一人の男性は倒れては居たものの、無傷な様子だったのがせめてもの救いか。
先程とは違う涙を流すリリーを背に、俺たちは男子の方に包帯を巻きつける。
石化解除ポーションは残り少ないので、節約しながら浸していくと、先に薬液が効いた部分がモゾモゾと動き出した。
「ここは、どこだ?」
男らしく低い声で紡がれる言葉。
イケボというやつだろう。
「待っててください、今包帯を外しますね」
対して慈愛に満ちたライフの声はこの状況でも人を安心させる響きがある。
そのせいか、体もろくに動かない包帯まみれの男も黙ってされるがままになっている。
顔の部分の包帯が剥がされると、中から短く切られた金髪が出てきた。
「そうか、僕はコカトリスに石にされてしまったのか……」
申し訳なさそうにしながらも状況の把握が早い彼は、なにかに気付き辺りを見回す。
「リリー! 無事だったか!」
すぐに仲間の安否を気にする所をみると、人間性は良さそうだ。
だからこそ、リリーの足元に転がる、もう一人の仲間の姿を捉えた時に、彼が感じた絶望感も大きな物だった筈だ。
彼はなにも口に出さないまま、人目を気にせず大粒の涙を溢した。
その場をいたたまれない空気が支配する。
軽薄な慰めも、他人からの同情もここには入る隙がない。
俺たちはただ押し黙って彼らのすすり泣きを聞くしか他に手だてはなかった。
少ししてギルド職員がコカトリスの診断をし終えたのだろう。
離れていた俺たちのところに帰宅を促しに来た。
「コカトリスの死体は職員が解体し、必要な部位を選んで利用します。買い取り価格は後の査定になりますが、それなりの値になりそうですよ」
聞くところによると、モンスターの死体は金銭取引できるようだが、大抵は剣士に切られ、魔法使いに燃やされ、利用できる部分は殆ど無いことだってあるらしい。
ところが今回は肉弾戦での討伐だったため、外傷も殆ど無くきれいな状態で、職員も驚いたのだとか。
「どうやったらあんなに一方的に倒せるんですか?」
ラングは俺には慣れたのか、普通に問いかけてきたが、まさかロボットだからですと言うわけにもいかず、ハハハと笑って誤魔化しておいた。
帰り支度をし始めると、先ほどまで悲しみに暮れていた二人も立ち上がる。
「大丈夫なのか?」
ぶっきらぼうな言葉ではあったが、二人は揃って頭を縦に降る。
俺の世界とは生死観が違うのだろうと勝手に納得しておく。
彼らの目の回りも鼻の頭も真っ赤になっている所をみると、平気だとは言えないのだろうが。
それでもまだ20代そこそこの年齢で、立ち上がれる彼らを凄いと思うのだ。
しかしこんな状態の二人に、俺は質問をしなければならない。
「どうして君たちはこんなところに来たんだ?」
その質問に二人は顔を見合わせると、順を追って話し出す。
ただしその顔は未だ青ざめたままだ。
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