第24話 卍固め
コカトリスの洞窟は未だその主人がもう居ないことを理解していないかのように、来るものを拒む陰鬱さを保っていた。
ギルド職員はこの先のコカトリスが死んでいる事を頭では分かっていながらも、それをまだ実際に見ていないからか、何度もその足を止めながらも先行く俺達の後をついて来ている。
それほどの恐怖の対象であった事など知るよしもなく倒してしまったわけだが。
「メイさんは俺の後ろに付いて来てください」
等と当初は格好つけてみたケインハックではあったが、結局のところ臆せずズンズンと進むメイの後を追っている形になり、なんともみっともない状態だ。
ああいう中身が伴わない人間は、やはりすぐにボロが出るものだなぁとしみじみ思う。
塩の岩を抜けながら、大きく開けた空洞へと足を踏み入れた。
そこは最初に踏み込んだ時と同じように、荘厳かつ優麗な雰囲気を持って俺達を迎えてくれていた。
奥にでかい鶏の死体が転がっていなければもっと完ぺきだっただろうが。
ケインハックとラングはほとんど同時に、ごくりと唾を飲み込んだ。
あの生き物への畏怖と、自分の職業意識とがせめぎあっているのだろう。
しばらく足を進める事は出来なかったようだが、その間も全く動かないコカトリスに、アレがもう生きてはいないと理解し始めたのだろう。
調査のために少しづつ歩を進めて行くのだった。
「さぁ俺達はライフ殿の級友を助けに行こうじゃないか」
俺は彼らを見送った後そう告げた。
ライフも一つ頷くと、他の石像から少し引き離した友人の元へと近づいてみる。
石になっている彼女は色彩こそ奪われているが、どこにでも居そうな顔立ちの娘で、器量がいいとは言えない。
だが逆に言うと誰からも好かれそうな安心感のようなものを感じる。
しかしその表情は恐怖と勇猛を同時に併せ持ったように固くしかめられており、今まさに魔法を放たんとする格好で地面に横たわっていた。
「石化解除の薬を使いましょう」
待ちきれないのか、ソワソワとした雰囲気でライフが急かすと、メイがスカートの中から2リットルはあるだろうかという器を取り出した。
あのスカートの中は魔境か何かか?
四次元ポケットを取り付けた記憶は無いんだがな。
「っていうか、デカいな!」
薬と言うから、手のひらサイズの薬湯みたいなものだと思って居たが。
「当然よ! このくらいないと全身の石化を解くことはできやしないわ!」
よくわからんがシャーリーが偉そうだ。
そして、その理由もその口からは語られそうになかったので、メイにアイコンタクトを送った。
「この薬の使用方法ですが──まず石の部分に包帯などの布を巻きつけておき、この薬を浸していく感じになります」
「服を着ている部分は服にしみこませておけばいいのか?」
「はい、全身をこの薬でパックしてあげることが重要なようです」
錬金窯を借りた店でその使用方法を聞いてきたのだろうメイが淀みなく答える。
まぁ俺も一応は知識として読んだ記憶はあるが、いかんせん脳も50代。
直ぐにぱっと答えが出てきにくくなっているのが口惜しい所だが、有能な部下を持っている以上つい頼ってしまう。
そんなことを考えている間にも、ライフはメイから包帯を受け取って、テキパキと友人の体に巻き始めた。
手際の良さに驚きはしたが、元来この子は治療院で働いていた訳だから、こういうのには慣れているのだろうと納得がいく。
あっという間に服から出ている体の部分は包帯に巻かれて、石像がミイラに化けていた。
薬剤を染み込ませた包帯から何とも言えない薬草のような匂いが漂うが、これで命を拾ったとなれば我慢もできよう。
「では、洋服の方にも薬を染み込ませて参りましょう」
メイとライフの二人でせっせと洋服を浸しながら進めて行く。
シャーリーはその様子を腕を組んでただ見ているだけだ。
現場監督ごっこか?
かくいう俺も、石になっているとはいえうら若き乙女の体を触るのも気が引けたので、少し離れて成り行きを見ているだけなので、シャーリーに手伝えなどと偉そうなことは言えないわけだが。
と、そのうちに効果が表れ始めた様子だ。
地面に寝かされたために、天に向かって掲げていた腕が、ゆっくりと下がり始めたのだ。
そこからは見る見るうちに体の硬直が消え初めるのが分かった。
「少し包帯を取ってみましょうか?」
ライフが、彼女の顔のあたりにある包帯を優しく剥がすと、表面に少しだけ残っていた石の膜が卵の殻の様に割れて、10代の瑞々しい肌が現れた。
「成功です!」
ライフの歓喜の声と共に、級友であるリリー・フロマージュは朝を迎えた寝坊助の様に、一瞬顔をしかめてから目を開いた。
「あれっ、ライフちゃん?」
「リリー! 良かった……」
状況が飲み込めていない状態で、友人が抱きついて涙を流している様子に困惑していたリリーではあったが、あたりの風景を見て石になる前の事を思い出したのだろう。
「私、コカトリスに……」
とだけ言って、ぶり返した恐怖と、それがすでに過ぎ去った物だという安堵感で涙を流し始めた。
死の淵からの帰還、友情……その美しい涙を俺は見ていた。
俺には自分を心配してくれるような友人を作ることができないまま、この歳になってもそう呼べる人間は一人もいない。
彼女達がいかに素直に人間関係を構築してきたのかと、俺は軽い嫉妬すら覚える。
だが、その遠さが、この光景を一種の神聖な物の様に感じさせ、目を離すことが出来なかった。
しかし、突然にその鑑賞を遮るものがあった。
メイがツカツカと近寄ると、俺の首に腕を絡め、左右の足に彼女の足を絡めたのだ。
その意味不明な行動にあっけに取られていた次の瞬間、全身に痛みが走った。
同時に俺の知識の中にこの「技」の名前がある事を思い出す。
「何故俺は卍固めを食らっているのだぁぁあああ!」
ロボットの鋼のような体は俺がどうあがいてもピクリとも動かず、ただ人体を破壊しないギリギリのダメージを的確に与えてくる。
「博士の女性を見るいやらしい視線を感じましたので」
メイはそういうが、全くそんな気持ちはなかった。
弁明しようにも極められていて声が出せない。
ただ、彼女のいういやらしいという意味を探る為に、目線だけで彼女たちをもう一度見てみる。
そこには全身を薬でべとべとにされたリリー。
魔法使いの服装と言えばローブ──つまりふわっとした貫頭衣のようなものだ。
いまやその服は体に張り付き、全体のボディラインをくっきりと浮き上がらせている。
顔が地味な女性だと批評したが、身体は全く地味ではない様子で、わざとナイスバディに作ったメイをも凌駕しているようだ。
身長が低く顔も幼く見える彼女は、いうなればトランジスタグラマーとでもいうのだろうか。
「眼鏡を掛けさせたぃい!」
「ついに本性を現しましたね!」
力がさらに加わる。
「やめろぉぉぉ折れる! ちぎれるぁああ!」
パキン。
ギリギリのラインを超えるダメージを与えられた50代の体は鳴ってはいけない音を上げ、治癒師のライフの治療を受けるまで気を失う事になった。
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