第23話 散歩

「これで良し、っと」

 一人で突っ走る癖のあるシャーリー対策を考え付いた俺は、早速それを実行に移していた。


「ヨツメさん、流石にそれは酷くありませんか?」

「鬼畜の所業ですね博士」

 しかしライフやメイには不評のようだ。


「何でだ? シャーリーも喜んでいるぞ」

 俺達が視線を向けた先では、シャーリーが機嫌よく首元のチョーカーを弄っている。


「師匠から何かを貰うたびにパワーアップする気がします!」

 確かに眼鏡を授けた時には、彼女自身驚くほどの進化を遂げたと思うが、今回のチョーカーはそういう類のものではない。

 だがまぁ喜んでいるので笑顔で頷いておく。

「良く似合っているぞシャーリー、立派な錬金術師に見える」

「当然よ! なんてったってハイパー錬金術師様ですもの」


 両手を腰に据えて、これでもかと胸を張って見せる。

 彼女の自信は今日もとどまる事を知らないな。


 通常とハイパーの違いは分からないが、そこは問題ではない。

 そして不評なのもこのチョーカーのデザインの問題ではない。


「さぁ、早速コカトリスの洞窟へ行こうか」

 俺はそう声を掛けながら彼女のチョーカーの後ろに付いている輪っかに指を掛けた。

 そんな事などお構いなしに、シャーリーは早速歩き出す。


 するとチョーカーから紐が伸び、ある程度の長さになると一定の距離が保たれた。


「これじゃぁまるで犬の散歩じゃないですか」

「鬼畜が人間様を家畜扱いして楽しいですか?」


 さんざんな言われようだが。

「これしか思いつかなかったのだから仕方がないだろう!」

 俺は取り急ぎ、自分が使っていた革ベルトを短く切って紐を結わえた。

 男物革ベルトの幅なので、チョーカーよりも首輪と言われた方がしっくり来てしまうのも頷けるのだが、有りものでの対応ではこのくらいしか出来ないのが現状だろう。


「とりあえず帰ったらもっと良いものを作ってやるから、今はこれで我慢しろっ!」

 当の本人は嫌がっていないのだから別にいいとは思うが。

 俺自身も少しこの絵面に苦笑を禁じ得ないのも確かだ。

 その上、発明家としてのこの道具の出来に不満を持っている点も大きいんだが。


 とはいえ、首が苦しいのもお構いなしにどんどんと前に進もうとするシャーリーを見ていると、かなり犬っぽいというか……だんだん首輪が似合っているように感じるのは不思議だ。



「そういえばコカトリスはずっとあの場所をねぐらにしていたのか?」

 俺は少し気になっていたことを、同行するギルド職員に尋ねることにした。

 あの鳥は【災害級】モンスターなのだから、近隣にある村などは被害を被る可能性も捨てきれない。

 それにしては洞窟に近い村は避難をするでもなく、普通に営んでいたからだ。


「コカトリスは本来草食動物です。穀物を育てている畑などに出現した際には村の方が犠牲になる事もありましたが、基本的に好んで人間を襲うという事はしません」

 その返事は根暗っぽい職員から返ってきた。

 てっきり口の回る方が答えると思ったのだが、口下手なのは通常会話だけなのか、モンスターの特性等についてはハキハキと話すタイプの様だ。

 彼の名前はラングというらしい。

 よく見ると彼らがギルド職員であることを示す腕章の下に、名前が記載してあった。


 俺の人間観察などよそに、ラングは話を続けた。

「ただし、よく勉強をせずにコカトリスを倒そうとする人間は後を絶たないのが現状で、腕に覚えのある冒険者が返り討ちに合うために、危険度ランクが上がっている状況です」


 確かにあのギルドの受付の女性はそういう事を叫んでいた気がする。

 俺達に至っては目的がコカトリス退治では無かった訳だが、何も考えず迷い込んだのであれば似たようなものだろう。

 しかしそうなると気になる事が出てくる。


「コカトリスというのは、そこまでして倒す価値のある生き物なのか?」

 誘蛾灯ゆうがとうの様に腕に覚えのあるものを誘い込み、帰ることなく石にしているというのに、それでもまだその火に飛び込んで行くものが後を絶たないとなると、それなりの見返りあってこそなのだろう。

 モンスターの名前と見た目は本で理解しているが、それがどういった物なのかは俺には理解できない。

 ただし、現地で生きてそれを管理している者たちならば、その答えは持っているに違いない。


 普段無口なラングは、そうだったとは信じられない程快活に答えを語る。

「コカトリスは自ら人を襲わないため人間と共生する事が出来ますが、その石化の魔眼や、石化のブレスを入手しようと、幾人かの冒険者が挑んだことで天災disaster級まで危険度が引き上げられました。そうすると今度は、天災disaster級モンスターを狩ったという名声欲しさに他の冒険者が現れる負の連鎖が起こってるんです」


「そうか……実質警告warning級の強さで狩れる天災disasterということか」

「そういう事ですね」

「だとしても、そこまで名声を欲しがるものかね?」

 そんな俺の疑問に少し目を大きくさせた職員だったが、すぐにその理由を教えてくれた。


「竜巻や津波を止めれる人間と同じ扱いですからね──その瞬間から英雄視されること請け合いでしょう?」

「そりゃぁそうか、」

「国から勲章と報奨金である大金貨100枚を受け取ることが出来るんですよ」


「大金貨100枚!?」

 突然会話に割り込んできたライフの目が輝いている。

 いや、むしろ古い言い方で言うところの目が¥マークになっているじゃないか。

 彼女に対して守銭奴だとか金の奴隷のようなイメージは無かったのだが、この食いつきように若干驚いてしまった。

 しかし、次の彼女の言葉でその行動の理由が理解できた。


「それだけのお金があれば治療院を建て直せます!」


 ああ、そういうことか。

 確かにライフの目的だった治療院はもう無くなってしまった。

 あの衝撃からまだ一週間と経っていないが、それを復建させるのは現在の彼女の悲願である事は間違いないだろう。

 目途が立つと分かった以上興奮してしまうのも頷ける。


「いつ貰えるんですかそれは?」

 詰め寄るライフに対し、後ずさる根暗ギルド職員。

 彼は自分の間合いで自分の得意分野の話をする以外では、こんな感じなんだろうなと少し不憫に思う。


「落ち着くんだライフ殿。お金の話はこの調査が終わってからになるだろう。ここで詰めるよりもさっさと仕事を終わらせて頂いて、報告書を作ってもらった方が賢明だと思うぞ」

 状況が飲み込めたのか、ライフは大人しく引いてくれた。

 その瞳には治療院再建への熱き希望が見て取れる。


 とは言え、この報奨金はきっと人数で折半になるだろう。

 それに、高価だと言われる石化回復ポーションの材料も購入したはずだ。

 実際に手に入る金額はどの程度になるかは分からないが、彼女の進む道は一朝一夕で到達できるものではないだろう。


 もちろん俺は出来る限りのサポートをするつもりだ。

 それにシャーリーやメイも居る。


 治癒師を目指して一人で勉強していた日々は、闇の中に光を探す旅のようなものだっただろう。

 今はきっと、光の中で夢を語る仲間と共に歩いているはずだ。


 ライフの燃える瞳と、その口元にたたえられている自然な笑みに、俺はそう感じるのだった。

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