第21話 曇り時々吐血

「私はここの錬金工房に釜を借りて、石化解除ポーションを作ってくるわ!」

 町についた矢先、急にそう言ったシャーリーが、あらぬ方向へと歩き始めた。


「えっでもギルドの受付が……」

 単独行動に戸惑うライフ。


「よしメイ、シャーリーについて行ってやれ」

 俺の命令に不服そうにするメイ。

 こんなに主人に逆らうロボもメイドもいないだろう。


「地理が分からん以上、分析が可能なメイが適任だろうし、金の管理もお前がやってる。錬金術の素材となれば結構かかるんじゃないか?」

 命令を聞かないロボ相手に理詰めで説き伏せると。

 彼女も状況と照らし合わせて、仕方ないといった風に頷いた。


「二人きりとはいえ、くれぐれもライフ様相手に犯罪は起こさぬよう」

「ないわ!」

 時々振り返りながらも心配そうに歩いてゆくメイを尻目に、俺はライフを促す。

「ギルドを先に済ませてしまおう」



 ギルドは簡素な木造の二階建てで、入口はウエスタンドアになっていた。

 ギィと音を立てて押し入ると、丸テーブルに椅子が並べられていて、まさにそのまま西部劇の酒場のような雰囲気を醸し出していた。


「見ない顔だな」

 早速ガラの悪そうな連中が絡んできた。

 実際俺達の見た目は彼らには奇異に映ったかもしれない。

 ライフはまだ「治癒師」という職業を表す、白を基調としたナース服のようなデザインの制服。

 俺は科学者のトレードマークである白衣。

 まぁ一見すれば、現代の医者とナースのような組み合わせだ。


「ちょっとカウンターに用事が」

 びくびくしながらもそのガラの悪いおじさんに返事を返す律儀なライフ。

 二人で挙動不審になりながら、ギルドの受付であるカウンターへと足を運んだ。


「ご用件を伺いますよ」

 受付の方は粗野な感じはなく笑顔で対応して頂いたので、ちょっと肩の力が抜けた。


「えっと、コカトリスの洞窟に迷い込んでしまいまして」

 まぁ俺達が行こうとしていたのは苔の洞窟で、迷ったのには違いないんだが。

 済まなさそうに話を切り出すライフに、受付の女性は表情を変える。

「またですか……」

 そしてため息と共にこういう言葉を落とした。


「また。とは?」

 俺が聞き返すと、こちらに呆れの目線を向けた。


「どうせ、仲間が石にされちゃったから助けてくださいって話ですよね?」

 少し腹立たしげにそう吐き捨てる受付嬢。


「そういうわけではなく……」

 ライフの消え入るような声は彼女の耳に届かなかったようだ。


「私がここに赴任してきて、毎度毎度! あんな危ない場所に行っちゃダメって何度言っても聞きやしないんだから! で、石化回復ポーション下さいですって? あんな高価なものポンポンその辺にあると思わないでよね!!」


 これは。

 かなり溜まっている様子。

 そういえば、あの場所めっちゃ石像あったなぁと俺も苦笑いを隠せない。


「ちゃんとモンスターの情報をこっちは伝えてるのに! 腕試しとかで勝てる相手じゃないんだから!」

 テーブルをバンっと叩いてこっちを睨む受付嬢。

 二人とも一瞬たじろいだが、どうやら誤解は解いておかねばならないだろう。


「そのコカトリスを討伐したので、確認をお願いしたいんだが?」


 俺が淀みなくそう伝えたにも拘らず、受付嬢は時が止まったように動かなくなった。


「端的に言ったつもりだが、分かりにくかったかな」

 俺はライフの顔を見ながらそう聞いてみたが、首を横に振る。

 仕方なく動かない受付嬢の反応を待つことにした。


 しかし、それより先に俺の肩に力強い手が置かれ、強制的に振り向かされたのだった。

 そこには先ほど話しかけてきたガラの悪い男が、必死の形相で立っている。

「おめぇさんその話は、本当なのかい?」

 まぁ無理もないだろう、目を見ただけで石になる相手にどう戦えというのだ。

 だが事実あの鳥は、メイの見事なプロレス技によって息の根を止めたのだ。


「もちろん本当だとも、それを今からモンスターギルドが確認しに行ってくれるんじゃないのか?」

 俺の毅然きぜんとした態度と言葉に男は生唾を飲み込み、そのまま受付嬢の方へ目線を向ける。

 ようやく我に返った受付嬢も、その報告をしに裏に引っ込んでいった。


「少し時間がかかりそうだな。待たせてもらうか」

 俺達はカウンターを離れると、近くの丸テーブルに寄り付き椅子を引いた。



 テーブル上に簡易的なメニュー表のようなものを見つける。

「何か飲み物でも飲まないか?」

 俺はライフにメニュー表を渡すが、周りの視線が気になるのか、遠慮しているようだ。


「店員さん」

 俺が声を上げると様子見をしている中から給仕服を着た女性が弾ける様に飛び出してくる。

「これと、これを頼む。あと、どれくらいかかりそうかな?」

 給仕は曖昧な笑顔で首を斜めに傾けた。

 どうやら見当がつかないらしい。


 時が止まったように静かな状態で他に仕事もなかったのだろう。

 注文品は2分を待たずにそろった。

「緊張すると喉が渇くだろう?」

 俺はその一つを、頼まなかったライフへと勧める。


「あっ私の分まで……お気遣いありがとうございます」


 俺もこの世界に来て2年以上経つ。

 しかし、女の子とお茶をする経験など無かったので、仕方なくこの間シャーリーの祖母が出してくれたバクサミという香りのいいお茶をチョイスした。

 今回の物はそれにミルクと水あめの入った甘いお茶の様だ。


「わぁいい香り」

 ふわっと花が咲くような香りと共にライフの表情が緩み、こちらも花が咲いたように華やかになった。


「熱いから冷まして飲むんだぞ」

 俺はそう言いながら、ライフを凝視する。

「もぉ、子どもじゃないんですから!」

 頬を膨らませてちょっと抗議して、ライフは口をすぼめてフーっと空気を送る。


 湯気が立ち上り、ライフの眼鏡を白く曇らせた。

「わわっ。前が」


「ぐふっ!!」

 俺はその慌てっぷりに吐血した。


 やはり眼鏡と言えば曇る。

 このシーンを逃しては眼鏡好きと断言する資格は無いだろう。

 もちろんこれが見たくてホットを頼んだのは言うまでもない!

 急に視界を奪われて慌てる女の子のなんと可愛い事よ!


 しかも、冷ますために手でぱたぱたと扇いでいるが。

 それは殆ど効果無いんだ。

 それでも一生懸命早く視界を取り戻そうとしているその仕草がまた可愛い!



 視線が回復したことで目の前で吐血した俺を発見し、本気で狼狽えるライフに査定同行の声がかかるまで、俺は幸せな顔で死んでいたとかなんとか。

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