第20話 有機が足りない!

 事態は切迫していた。

 幸いまだ俺達は気づかれていないようだが、その巨体は着地の際にひと際大きく羽ばたくと、着地の衝撃をほぼ相殺して降り立った。

 見た目を一言で表すなら、ニワトリだ。

 ただしその大きさは、ゆうに3mを超える。

 そしてもう一つ特徴を上げるとすると、この鶏にはしっぽがある。

 蛇やドラゴンのような爬虫類っぽいものが、尾羽の代わりに地面にのたうっている。


「本当にコカトリスだったか……」

 俺は冷や汗をぬぐう事もせず、近くに並び立つ石像の様に動けずにいた。


「敵う相手ではありません、ここは逃げましょう」

 ヒソヒソと、及び腰なライフが提案してくるが、俺はそれを思いとどまった。


「そうしたいのは山々なんだがな」

 俺は目線をライフの友人である、リリーという少女の石像に向けた。

 原因が何かは分からないが、この石像はまだ新しいようだ。

 その形が保たれているのも納得がいく。


 しかし、そのほかの古い石像は劣化のためなのか、倒れた拍子か分からないが、腕や足といった部分が折れて転がっている。

 たとえ俺達が石化解除ポーションを持ってきても、バラバラ死体では意味がないのだ。


 俺の視線にライフも気づいたのだろう。

「そんな……どうしましょう」

 小声は震えていた。


「博士、この生き物の生態を教えて頂けますか?」

 メイが珍しく真剣にそう聞いてきたので少し驚いたが、俺は自分の知る限りの知識を伝えることにした。


「コカトリスはその息と視線で相手を殺す厄介な生き物だ……実際は即死というより、石化して動けなくなってしまうようだな」

 他の石像の表情などから、それは瞬時に変化するようだ。

 じわじわ固まるのであれば、石像のすべてが苦悶の表情を浮かべているに違いない。

 ここにある石像はいままさに目の前の敵と相対し、戦う意思を未だに秘めていた。


 今はまだ石像に紛れている俺達に気づかずに、水を飲んでいるコカトリスと、いつ目が合うかわからない。

 気を付けながらも視界の端に辛うじて入れながらの作戦会議だ。


「それは厄介極まりないですね……」

 メイはその耽美な眉間に皺をよせ、CPUを高速回転させているに違いない。


「いや、待て──メイ、お前なら楽勝じゃないか?」

 俺はあることに思い当たり、メイに耳打ちをする。


「ハァ、確かにその理論であれば私が負ける道理はなさそうですが」

「この窮地を切り抜ける為の策だ、不満か?」

「いえ、やはり貴方は私を前に出して後ろに隠れるのですね」

 ため息混じりにそう言われるが、俺にはこの方法が最善だと確信している。


「仲間から一人だって犠牲が出ないのなら、みっともなくたって構わん」

 俺の言葉に少しだけ目を大きくしたメイ。

 そして少し笑った。


「──5点プラスですね」

「なぜ今ライフを嫁にするポイントに点数が入るのだ」

 共有している部分はあっても、まれに俺にも意味不明の言葉を発するよな。


「いえ、私のですよ」

 何故か優しげな表情をつくりそう言いながら、メイは石像の間を素早く走り抜け、コカトリスの方へ向かっていった。


「なお分らん」

 俺は首をかしげたが、メイが相手をしている隙に、万が一のとばっちりを考えて、このリリーと呼ばれる元同級生の石像を背中に担ぐ。


「うぉぉおお! 重い! こっちがメイの担当だったか!?」

 つぶれそうになっている俺の背中から、若干だが重さが消えた。

「私も手伝います!」

 ライフがその細い腕でリリーの足を持ち上げてくれる。

「わっ私も!」

 そう言ってシャーリーも寄ってきた。


 やはりこの娘達は良い子だ。

 すぐにでも逃げ出したいだろうに、誰かの事を最優先できる。

 少しずつではあるが石像を抱える俺の足が前に出る。

 この献身的な女の子に感動を覚えると同時に、気力が込み上げてきたからだ。

 

 ただし、シャーリー。

 一生懸命運んでいるライフの体を後ろから持ち上げようとしても、何の助けにもなっていないぞ!


 何とかセノーテから洞窟へとつながり、狭くなっている部分に石像を運ぶことが出来た。

 息を切らした3人は、未だ戦いの音がやまないコカトリスの方を見る。


 メイが素早くコカトリスのふところに潜り込むと、その細い足を横蹴りするところだった。

 鶏の足は繊細で片足だと立てなくなるだけではなく、骨折するとうまく飛び上がれなかったりもする。

 そんな急所に攻撃を食らったためか、転倒するコカトリス。

 そこに畳みかける一撃を放とうと近づいたメイは、何かに気付いたのかそのまま飛びあがる。

 本来の鶏には無い長いしっぽが、その真下を物凄い速さで通り過ぎて行く。

 だがそれが最後の悪あがきだったのだろう、着地したメイがその硬質なボディを、弾丸の様に喉元に突撃させると、気管が潰れたのか足をばたつかせた。

 それに気を取られている間に裏側に回ったメイは、その長い首をバックブリーカーし、自分の膝に叩きつける。


「あれは首の骨が折れたな……」

 俺もさすがに顔を引きつらせ、苦しみもがくコカトリスを見ていたが、次第にその動きは緩慢になり、やがては動かなくなった。


 その巨体を背に、何事もなかったかのようにメイが歩いてくる。


「博士の言う通り、コカトリスのブレスも視線も無生物には効果がなかったようです」


 石像は服を着ていた。

 つまり、人間である生物だけが石になっている状態だ。

「メイが機械でよかったとこれ程思ったことはないな」

 俺はねぎらったつもりだが、メイは少し顔をしかめてしまった。

 何か言うのかと身構えたが、首を振るとまた普通の鉄仮面に戻ってゆく。


「さて、ここのヌシのようなものは倒しましたが、これからどういたしましょうか?」

 メイの当然の問いかけに俺は少し困ってしまう。


「いったん戻るという話にはなってたが……あの死体もそのままでいいものか」

 うーんと唸る俺に呆れたようにライフが口を出す。

「ヨツメさんって色々知ってるのに、当たり前の事って結構抜けてるんですね」

 そして口に手を当ててクスクスと笑った。


 ああっ、ちょっと馬鹿にされたけど、可愛いから許す!

 眼鏡っ娘の笑顔を見てハッピーにならない訳がないだろう!


 俺が全く別の事を考えているうちに、ライフは得意げに説明してくれた。


「モンスターを倒したときはギルドへの報告が必須です! 有用素材の買い取りや、懸賞金が掛かっていればその譲渡なんかもしてくれるんですよ」


 きっとこういう話は「文献」とか「魔導書」には載っていないから、俺の脳にインプットされてないんだろうな。

 一般常識はわざわざ本にして残すようなものではないからな。


 ライフの助言を受けて俺達は一度近くの町まで引き返すことにしたのだった。

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