第18話 洞窟の先
「ここが苔の洞窟……」
ダンジョンというのはパワースポットか、神社みたいな扱いだと先ほど言ったはずだ。
しかしどうしたことか、目の前に開いた大穴はその様相を呈していない。
辺りは
洞窟に入る前から松明を焚く始末だ。
人間の足跡らしきものはちらほらあるのだが、野生動物などの足跡の方が圧倒的に多い。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「そう、ここが苔の洞窟! 私一度お姉ちゃんと一緒に来たから覚えているわ!」
えっへんとシャーリーが胸を張る。
薄っぺらい胸板は彼女がライフよりも年上だと感じさせない程に起伏がない。
だがそのどこから溢れ出てくるか分からない自信だけは、俺を超えるかもしれないのは確かだ。
今にも飛び込みそうなシャーリーを引き留めたライフ。
「シャーリーさん、もう一度地図を確かめてみましょうよ」
探検隊の隊長を気取っているシャーリーが、自分が地図を持つと言って聞かないので持たせてあるが、それを広げていたのを見た事がない。
しつこく言われて仕方なく見始めたが、ライフが覗き込もうとすると見えないように地図を遠ざける。
まるで子供だ。
「えっと、ここが通ってきた道だから……」
一人で必死に地図を眺め、ようやく現在地を割り出したらしい。
「合ってる! 合ってるわ!」
振り向きざまにいい笑顔で断言する。
しかし、根拠はこっちに伝えようとしない。
「ちゃんと苔の洞窟についたのですね?」
メイも心配なのか、念押しする。
「大丈夫。コカ? コケ? コケコッコ? 読めないけどなんかそんな感じでちゃんと書いてるから」
「コケコッコの洞窟って何でしょう」
頭を傾げるライフに、顔を見合わす俺とメイ。
三人を置いてシャーリーはくるりと洞窟の方を向いた。
「だとしても、コケしか合ってないんだが?」
少し姉の苦悩が分かった気がする。
「ぐずぐずしてる暇はないわ! 突撃あるのみよっ!」
「あっ!」
っという間にシャーリーは洞窟へ入ってゆく。
まさにその慣用句そのままの状況だ。
「追いかけるしかないか」
俺はため息を一つ落としはしたが、一歩前に進んだ。
「てっきり私を盾に進むものと思っておりましたが……」
メイが俺の後を追ってきた。
「わわっ、置いていかないでくださいよぉ」
ライフも取り残されるよりはマシだと思ったのか、それに続いた。
洞窟は大きく、天井は松明の明かりで辛うじて見える程度。
15mくらいはあるだろうか。
ただし、地面に出来た裂け目という雰囲気であり、横幅は4人並ぶと肩がこすれる程度だ。
野生動物も多く寄っているのだろう、あちこちにフンが落ちている様子だ。
もちろんそんなことに気づかずにシャーリーはどんどん前に進むし、おっかなびっくりライフもついてくる。
5分程進んだところで、洞窟の雰囲気が変わってきた。
さっきよりも白っぽい壁に変化し、光が当たると岩肌が時折小さくきらめく。
「ここは面白い場所だな」
俺が一人言葉にすると、壁に反響して小さく木霊した。
「綺麗ですよね」
やはり女の子か、それが岩だとしてもキラキラ光るものには興味がひかれるようだ。
俺はその壁の表面を、苔採集用に持参した小さなスコップで削ってゆく。
表の黒い部分が削れると、中はもっと白く光っていた。
「これは何でしょう?」
メイも不思議そうに横から覗いてきた。
「岩塩だな」
岩塩は海水の化石だ。
太古の昔に海だった場所が陸地で囲われ、それが隆起したり土砂が覆いかぶさったりして、塩だけが残る事がある。
なので海の近くでなくとも、時折こうやって塩が取れる場所が有ったりする。
「この辺の野生動物は塩分不足になるとこの洞窟に塩を舐めに来るようだな」
これで洞窟の周りにあった
「こんな山の中に塩があるんですかぁ?」
ライフがからかわれていると思ったのか、ジト目でこちらを見ている。
うぐふ! その目、俺の心に突き刺さるぅうう!
「博士よだれが出ていますよ」
「おっと、いかんいかん」
俺は先程削った白い岩肌を更にスコップで削ると、小さな粒をライフに手渡した。
「本当かどうか食べてみると良いじゃないか」
「ええっ、岩を削ったものを口に入れるなんてバッチイですよ」
と言って地面に捨てようとする。
「ライフ様、私のスキャニングによりますと、かなり純度の高い塩で間違いないようです、口に入れても問題はありませんよ」
メイはその一瞬で成分分析を終えたのだろう。
ライフもその言葉を聞いて安心したのか、興味がわいたらしい。
塩を摘まむと、口に運んでみた。
「しょっぱ! あっ、でも美味しい」
「普通の塩と比べてまろやかで旨味があるだろう?」
ライフは激しく首を縦に振る。
彼女はかなりの食いしん坊であり、メイの作る料理により繊細な舌が養われたのだろう。
「こんなに近くに岩塩があって人も立ち入っているのに、未だにここが掘り出されていないのは不思議だな」
俺は首をかしげる。
「岩が食べれるなんて思わなかったんじゃないですか?」
ライフの意見ももっともだが、それだけが原因とも思えない。
「ただ一つだけ言えるのは、ここは苔の洞窟ではないことは間違いなさそうだな」
俺がそう結論付けた所に、叫び声が飛び込んできた。
「ぎゃぁぁぁぁあぁぁああ!」
「この声はシャーリーさん!?」
ライフが言う通り、それは洞窟のさらに奥から聞こえてくる。
ここであーだこーだやっている俺達を置いて、シャーリーは一人で先に歩いて行ったのだろう。
3人は顔を見合わせると声のする方へ駆け出した。
進むと洞窟の奥がほんのり明るい事に気づく。
その先からシャーリーが叫びながら走ってきた。
「何があったんだ!?」
俺の問いかけに、鼻水と涙でぐしゅぐしゅになったシャーリーは顔を上げて答えた。
「あのね、広い所にね、人がね、ううん石がいっぱいあって、洞窟の天井が開いてて、人がいっぱいあったの!」
何を言っているのかは検討が付かないが。
幼稚園児が
縋りつくような上目使い!!
涙も、鼻水までもが
軽くあちらの世界へ行っている俺に、必死に説明するシャーリー。
要約すると。
「この先の開けている場所に、気持ち悪い人型の石像がいっぱいあった」
という事らしい。
俺は思考をめぐらす。
地下に石像が沢山ある場所と言えば、中国の
もしくは宗教的に用いられる場所なのかもしれない。
「俄然興味がわいてきた」
俺は鼻息荒く、その洞窟の先を見つめたのだった。
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