第17話 イマジナリーマインド

 俺達はピクニック気分で苔の洞窟へ向かっていた。


 苔の洞窟は俺達が住んでいる学園都市シグナールから徒歩で1日程度の森の中にあるそうだ。

 まだ人類の生活圏内である事から、危険な魔物に襲われるでもなく、むしろ一種のパワースポットとしての観光名所みたいになっている苔の洞窟への道すがら、民泊的なお宅に安く泊まることが出来たりと、割と至れり尽くせりだった。


「野宿の一つくらい覚悟してたんだがな」

 俺は意気揚々と背負ってきた大きな荷物を恨めしく睨む。

 まぁ結局背負ってたのは最初の方だけで、メイに持たせた訳だが。


「ベッドで寝れば体力も万全にできますし、結果良かったのではないですか?」

 俺がつぶれそうになっていた荷物を背負っても汗一つかかずにメイは答える。

 まぁ汗が出る機能も仕込んでいないが。


「このハイパー錬金術師を地面に寝かせるなんてありえないわ!」

 そう言いながら先頭を歩くシャーリーは、民泊の金も払わなかったくせに何だか偉そうな口をきいている。


「まぁまぁ、みなさんこんな感じで洞窟巡りされる方もいらっしゃるんですよ」

 ライフが言うには、ダンジョンにも色々種類があって、低級のダンジョンは殆どパワースポット程度の扱いをされているようで。


 他にも「恋愛成就ダンジョン」とか「とげぬきダンジョン」「縁切りダンジョン」というものまであるらしい。


 実際強力な動物が住み着いている訳でもなく、むしろここに用事のある人間の出入りが激しく。

 地面は踏み固められ、分かれ道には丁寧に看板まで作られている。


「俺のイメージしていたダンジョンとはだいぶイメージが違うな」

 少しだけ残念な気持ちにはなったが、むしろゲームの様に無限にモンスターが湧き続けるという、質量保存の法則を無視した世界観の方があり得ないのは分かっていた。


「普通の洞窟からすると、ダンジョンは世界のマナの濃い場所なんです」

 ライフも学院では俺の次に成績が優秀だったため、広く知識を蓄えたようだ。

 関心関心。


「マナが多いと何か違うのですか?」

 メイが聞き返したので、一拍置いてライフが説明する。


「そうですねぇ、マナは世界を流れる力の源です、それは一定ではなく、濃い部分と薄い部分が有ります──」


 現代人に簡単に説明すると。

 マナの濃さは気圧や海の対流の関係に似ていて、薄い部分に濃い部分のマナが引っ張られ流れ込む。

 この場合は、地中で濃縮されたマナが、苔の洞窟から地上に放出されている形だ。

 マナの間欠泉とでもいう表現が近いかもしれない。

 また、動物や植物はそれとは逆に、マナの濃い場所を求める。

 新陳代謝が活発化され、あらゆる病気や症状に効果があるからだ。


 それは他の洞窟も似たようなもので、入口に【この洞窟の効能】という看板が掲げられ。

 あかぎれ、肩こり、リウマチ、地獄の猫、痔……等と書いてあったので。

「温泉かここは!」

 と一応突っ込みを入れた程だ。


「──という訳で、マナは人間にとっても、他の動植物にとっても大事な成分の一つなんです」


 ようやくライフの講義が終わった。

 メイは理解したのか、面白がって聞いている。


「シャーリー殿は今の説明で分かったのか?」

 先ほどから黙って先頭を歩くシャーリーに問いかける。

 元来少し足りない子なのは知っているが、ひとつづつこうやって知識を得て行けば、彼女も立派な錬金術師になれるだろう。


 シャーリーは俺の問いかけに一旦足を止めると、くるりと振り返った。

 反動で眼鏡が落ちないように、右手で端を少し押さえながら満面の笑みを浮かべている。

 眼鏡のレンズの端が太陽の明かりを受けてきらりと光った。


「さっぱり分からないわ!」


「わぁシャーリーちゃん良い笑顔ですねぇ」

 優しい顔になったライフがとりあえず褒める。

「バカみたいに清々しいですね」

 メイも無表情で軽い毒を吐く。


 俺は。

「良い。天然おバカ系眼鏡、良い」

 自然と溢れる涙を流れるに任せて、何故か自信満々なシャーリーに手を合わせる。

「天然おバカ系眼鏡とはだな、一旦眼鏡を掛けているので頭が良さそうに見えるのにも係わらず一般常識さえ危ういおバカキャラが、生きているだけで偉いと言わんばかりに自信満々に生きている事で全てがバランスを保っている希少な系統なのだ。これが自信の無いキャラクターだと教室の隅っこで成績が振るわずに皆についていけない系眼鏡になるんだが、まぁそれはそれで俺は愛せるというか……」


「メイさん、博士が何かブツブツ言ってますけど」

「ライフさま、今はそっとしておきましょう、ご主人様はイマジナリーマインドとお話しをしておられるのです」

「……フレンド、ではないんですね」

「ご主人様の思考についていけるイマジナリーフレンドはおりませんので」


 そう言いながら俺を放置して先に進む三人。

 置いて行かれたことに気づくのは、俺が【眼鏡とは何ぞや】という議題で、イマジナリーな自分と喧嘩別れした後の事だった。

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