第16話 来てから上がるまで

 第一被害者であるライフが、シャンディ達に状況の説明をしている間、シャーリィは上機嫌に錬金をこなしていた。


「これでいいわ、ボムボム薬を詰めた瓶が3つと、痺れ薬、煙幕っと……回復薬はライフさんにお願いするとして……」

 着々と苔のダンジョンへの準備が進んでいるようだ。

 彼女は頭が悪い代わりに深く物事を考えないのか、急な知識の奔流ほんりゅうに怯えることもなく受け入れてしまったようだ。

 これはこれで才能のような気がするが。


 そんな楽しそうなシャーリーを俺は机の横で微笑ましく見ている。

 それはもう、乙女がお花畑で寝転がって蝶々を愛でるかのごとく。


 釜や机に向かって目をキラキラさせている女の子はどうしてこうも美しいのだろう。

 これも眼鏡がなせる業か。


 その幸福な時間に声が割って入る。

「話は聞かせてもらったよ」

 説明が済んだのか、シャンディやベルガさんが微妙な表情でこちらに話しかけてきたのだ。


「別に危害は加えていないぞ、ただ少し知識と魅力を上げただけだ」

 とりあえず自己弁護しておいた。

 誰もそれには触れようとしないが、メイの無表情とはいえその顔色で少しほっとする。

「どうやら死罪は免れたようだな」

「ええ、残念ながら」


 そのやり取りの間を見計らってジャンディが口を開いた。

「今回の件、お礼を言うべきかは迷うところですが、シャーリー自身は感謝しているようですし……」


 彼女の目線の先には、生き生きと錬金を続ける妹の姿が映っていた。

 シャンディ自身も、自分の目指すものに没頭した時期があったはずだ。

 その時の高揚感や明るく輝く未来を想像して同じ表情をしていた事もあるだろう。

 気持ちが分かってしまうがゆえに、妹が錬金術師を志す事を止めることが出来ないでいたのだ。


「シャーリー殿に知識を与えたのは、彼女自身の情熱を感じ取ったからだ」

 俺は姉の顔を見ながら語る。


「覚えが悪い、要領が悪い……それは個性の範疇はんちゅうにしか過ぎない。一番大事なのはそれを追いかけ続けることだ。たとえ身内にバカだと揶揄やゆされようが、自分の能力の低さに歯噛みしようが……情熱を失わずにやり続けられるかどうかが自分の運命を決定づけるのだ!」


 俺は言い切った。


「たまには良い事もいえるのですね」

「お前もたまには誉めるのな」

「ヨツメさん……」

 ライフも感動したようにこちらを見てくる。

 きっとこの二人もシャンディが妹をバカ呼ばわりしたときに、ちょっとモヤモヤしていたのだろう。

 身内だからこそであり、迷惑を掛けられたのは事実だろうが。10分も愚痴られれば、そこまで言うかと思ってしまう。


 それにこの言葉はただシャーリーを見て言ったわけではない。

 自分も要領の良い方ではなかった、ただ情報と向き合い、ひたすらに頭に叩き込んでゆく事だけしか自分にはできなかっただけだ。

 残念ながら人間関係だけは、知識と違って上手くいかなかったが……。


「出来ないと決めつけるのではなく、手の届く範囲内で一歩ずつ成長を見守るのが家族なのではないか?」


 微妙な表情をしている姉は、単純に妹の事を心配しているのだと分かっている。

 妙に自信を付けるさせてしまえば、無謀にもダンジョンへ挑むのではないかと。


「その上、俺やライフが付いてゆくとなれば安心してもらえないかな?」

 俺はその心配を和らげるために一つの提案をした。


「私はまだ行くなんて言ってませんけど?」

 それまで話を聞いていただけのライフが口をはさむ。

 しかし、否定的ではなく、ちょっとねた感じの言い回しだ。


「ま、どうせ私がウンって言うまで、しつこく説得してくるんでしょ?」

「その通りだ」

 あまりしつこくした覚えはないのだが、ライフは頼まれれば断れない所があるのを、何度か利用させてもらった事はある。


「ライフ様、私も付いていきますのでご安心を」

 メイも気を使って不安を取り除いてくれているようだ。


「ダンジョンのような暗がりで、この男が変な気を起こしても私が即座に沈黙させます」

懸念けねん材料は俺なのか?」

「他に何を恐れることがありましょう?」


 確かに、メイの戦闘力であればそこそこの野生動物やモンスター等相手にもならんだろうが。

「俺はお前が一番怖いわ」


 そんな俺たちのやり取りを見てか、シャンディがぷっと吹き出す。

「心配していたのがバカみたいです」

 シャーリーと同じく赤い髪の姉は、そのつり目を細めて笑った。


「しかし、あのシャーリーを一瞬で錬金術師に仕立て上げるなんて、ヨツメさんってのは何者ですか?」


 まさか異世界からの来訪者という訳にもいかないだろうが。

「シグナール魔導学校を過去最高実績で卒業したものだ!」

 とりあえず言える肩書は名乗っておこう。


「取れる資格は全部取ってましたよね」

 ライフがあきれたという風に補足する。

 治癒師、錬金術師をはじめ、薬学、魔法学、地理学等、あらゆる知識の関係は網羅した。


「しかし、体を動かす系の方はからっきしでございましたね」

 剣術、体術など、こちらは資格などない物もあったが、残念ながら俺には向かなかった。


「よく思い出してくれ、俺は51歳なんだぞ? 10代の若造と一緒に走り込みなどやったら死んでしまう」

「ただの引きこもりなだけだと思いますが」

 メイの言葉も否定できんが、他人に言われるとしゃくだぞ。


 俺とメイがまたバチバチメンチを切っているのを見てシャンディが止めに入った。


「とにかくヨツメ博士とそのメガネってのが、凄いって事は分かったから」


「おお、シャンディ殿も眼鏡の魅力に気づいてくれたか! 君もどうだい!?」

 俺は早速懐から眼鏡を取り出す。

 眼鏡姉妹というのもまたオツじゃぁないか!!


 しかし、大げさに顔を引きながら、手で牽制してくるシャンディ。

「い……いやぁ、私は遠慮しておくよ」


「そう、か」

「飼っていたハムスターが死んだ時みたいな顔をしないでください。あからさまにがっかりしすぎですよ博士」


「わしはかけてもらいたいの」

 今までは孫同士の事と静観していたベルガが、ひょっこり顔をのぞかせる。

「ばあちゃん!」

 シャンディが慌ててそれを止めようとするが、それには及ばない。


「お断りします」


 俺は断固拒否をした。

 老人のかけるメガネは老眼鏡だ。

 それには機能性はあっても、おしゃれさはない。

 というか。


「ベルガ殿はたとえメガネをかけたとて、俺のストライクゾーンからは外れるからだっ!」


 その場の女性陣の目が死んだ事に気づかず俺は続けた。


「俺のストライクゾーンは初潮が来てから上がるまでだっ!」


 俺の宣言に誰からともなく言葉が漏れる。

「サイテー」


 何がだ? どこが最低だというのだ?

「ロリコン等の固執した狭い範囲内でしか女性を愛せない小さい男ではない証拠だろう」

「それ以前に博士は眼鏡を掛けていないと愛せないのではなかったですか?」

「かけさえすれば誰でも愛せる心の広い男だということだ」

 いつものメイの反論にも、自信を持って返していると。


「眼鏡かけてれば誰でもいいんですね?」

 と、低くドスの効いた声が、ライフから発せられた。


「学校に居る時、可愛いだとか、素敵だとか言ってたのは、眼鏡に言ってたんですね」

 あからさまに機嫌が悪い。

 誉め言葉を言って何故怒られないといかん!


「博士、私のいない隙にライフ様を手籠めにしようとしていたのですか!?」

 メイの目がギラリと光る。


「まてまて! そんな事実はない!」

 俺が命の危機を感じているのに、今度は誰も止めに入ろうとしない。


「最低」

「サイテーですね」


 唯一の男性であるヤーゲンに視線を送ったが。

 ただうつむいて頭を振るだけだった。


 なんだ、何が悪いというんだ!

 俺の心の叫びを理解するものはここにはいないようだ。

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