第15話 ハイパーな錬金術師
俺はもちろんトイレなどに行かない。
裏に隠れてしまったシャーリーが居るであろう場所に目星をつけて、無遠慮に家に上がり込んでみた。
表の作業場は土間だったが、板張りのしっかりしたフローリングになっている。
木材を基本に建屋は組んである様子で、日本家屋のような印象を受ける。
ライフの実家であった治療院も似たような雰囲気だったことから、これが一般的な家屋形態なのだろうと察する。
水道やガス等は無いので、必然的に井戸や汲み置きで生活しており、台所のような場所は家の端に固められていることが多い。
錬金術は沢山の素材を切ったり洗ったりすることから、わりと水を使用するのだ。
「だったら家の外側……もしくは離れか」
俺は家を突っ切り、反対側の出口の扉を開けた。
くしくも家の裏と言われたトイレにたどり着いたわけだが、その隣に小屋のようなものが建っている。
壁は木材で補強されたのちに、土で固められていた。
木の樹脂などを混ぜて水に強くした素材だが、火に強く、保湿効果に優れている。
日本でいうところの
屋根はへぎ板を被せてあるだけだが、こちらも松の木に似た水に強い素材のようだ。
「間違いなくここだな」
俺は確信をもってその扉を開けた。
「ちょっ急に! ってかアンタ誰よ」
そういえばシャーリーにはライフしか紹介が済んでいなかった事を思い出す。
「俺の名前は四目矯太郎! 人呼んで眼鏡の……じゃなかった。錬金術の極意を知るものだ!」
もちろん極意というほどではないが、頭の中にはそれなりの知識は詰め込まれている。
間違いなく目の前の呆気に取られている少女よりは確実に。
「錬金術の極意っ……?」
ゴクリと喉をならし、その言葉に興味を惹かれたようだ。
これはチョロいんじゃないか?
「そうだ、俺に師事すればあっという間にハイパー錬金術師として、世間に名を轟かすことが出来よう!」
「ハイパー錬金術師!」
俺は白衣をはためかせながら、決めポーズを取る。
いつもメイからは不評だが、シャーリィは子供の様に目を輝かせて俺を見ている。
「師匠!」
おや、師事すればとは言ったが、まだ弟子にするとは言っていないんだが。
話が早いからまぁいいか。
「では、まじないを掛けるから、目を
「はい、師匠!」
何の疑いもなく目を瞑るシャーリー。
とりあえず飴玉等で釣られて、人さらいに連れていかれないかが心配ではあるが、素直なのはいい事だ。
俺は懐から「美少女が合法的にかけてくれる眼鏡」を取り出すと、その顔に向き合った。
シャーリーはこちらを信用してはいるようだが、どこか不安もあるのかもしれない。
緊張した面持ちで顔に力が入っている。
ただそれがまるでキスをせがむときの様に口をすぼめ、眉を下げ、頬を赤らめているものだから見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
俺までつられて紅潮しながらも、邪魔が入らないうちに眼鏡をそっとシャーリーの耳にかけた。
「ぎゃぁぁぁあああああ!」
途端シャーリーが悲鳴を上げる。
皮膚の下にある頭蓋骨を貫通し、針が側頭葉に食い込んだようだ。
「我慢するんだ、すぐに君はハイパー錬金術師になれるぶぁ!?」
シャーリーの肩を掴んで応援している俺の頭頂部に激痛が!!
年の割にはふさふさであるこの髪の毛を、誰かが鷲掴みにして俺の体を持ち上げているようだ。
まぁ、誰かと問うこともないだろう。
「死刑判決が出ましたね」
それは言葉と同じく底冷えするような恐怖をまとった声色で放たれた。
しかし、俺はそんなことで屈する男ではない。
「上告させてもらおうか」
ぶらぶらと揺れながらもそれに対抗して見せる。
「棄却します」
背中で物凄い殺気を感じた所に、ライフたちが飛び込んできた。
「今の叫び声はシャーリーなの!?」
「メイさん、急に飛び出してどうしたんですか?」
女性陣に遅れて、子どもを抱いたヤーゲンが走ってきていた。
「シャンディ様、ライフ様……ついにこの男が犯罪を犯したので、今から殺す所でございます」
その言葉にシャーリーの身に何があったのかと青ざめる姉。
殺すほどの罰に釣り合う罪と考えると、どれだけ酷い事をされたのかと思うだろう。
だが心配して覗き込むが、シャーリーは地面に座り込んでいる以外、特に外傷もなければ、服の乱れも無い。
そりゃぁそうだ。
「俺はシャーリーにおしゃれアイテムをあげただけだが?」
ライフはもう分かったようだ。
二年前とはいえ、自分も通った道だ。
口の端がひくついている。
「とりあえず、シャーリーも無事なようだし、下ろしてあげてくださいメイさん」
流石に50歳のおじさんが宙ぶらりんになっているのを見るに見かねたのだろう。
「ジャンディ様がそうおっしゃるのであれば」
そう言って素直にメイは握っていた俺の髪を離す。
その間に、シャンディは座り込んでいるシャーリーの目の前に移動し、同じ目線まで体を下げると、放心しているシャーリーの肩をゆすった。
「ねぇ、大丈夫? 何かされたの?」
体を揺すられたことで気を取り直したのか、目の焦点が合う。
同時に弾ける様に姉の肩をがしっと掴み返し満面の笑みでシャーリーは叫んだ。
「ハイパー錬金術師に私はなる!」
その意味不明な宣言に姉は目を白黒させ、やはり何か洗脳的なものをされたのではないかと俺を疑っているようだ。
つまり。
説明が必要という事か!
俺は白衣を
右足を曲げ、左足はまっすぐ伸ばし重心を右に傾けると、頭に右手、左手は天高く。
そして顔をシャンディに向け語る。
「説明しよう! その顔に装着された神の作りし最高の芸術は、シャーリー殿の魅力を最大限に引き出している! つり目に赤い髪な彼女は、一見して強い印象を持たれるが、そこにセルフレームの大きめ黒縁眼鏡を装着することで柔らかさを演出。ギャップ萌えも狙っている。そしてついでに錬金術の教本を直接脳に送り込む機能まで付いた、俺の最高の発明なのだ!」
皆が感動に打ち震え、言葉を発せない時間が過ぎる。
「いえ、皆様理解を放棄されただけです」
メイの的確な状況把握に、凍った場が動き出した。
「今まで何度聞いても良く分からなかった錬金術の手順が、全部わかるようになってるわ」
シャーリーは立ち上がると、机の引き出しの中からいくつかの素材を取り出す。
そしてそれを錬金釜に放り込むとゆっくり混ぜ始める。
突然の行動に、姉は生唾を飲み込んで観察している。
さんざん失敗を繰り返しそれでも成長しなかった妹が、手際よく薬を作成し始めたのだ。
割と初期の調合なのか30秒ほどで出来上がった薬を、錬金窯を傾けて容器に零すと、それを姉の前に持ってゆく。
「ポムポム薬よ」
「材料で分かったわ……」
シャンディは受け取ったその器の中の薬を、地面に一滴落とした。
薬は地面に着くと、ポンっと軽い音を立てて破裂する。
「ちゃんと成功してる」
信じられないものを見てしまったという顔のまま、固まってしまったシャンディだった。
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