第14話 バカなんです!

 俺達が学院へ行って少しした頃、ベルガさんが倒れたのだそうだ。

 他の治療院へ駆け込んだが、どうやら肺の病であろうという診察結果が出て、その部位にヒーリングを掛けてもらう事で何とか収まったようだが。

 それからも沢山動くと胸が苦しくなって、時折血痰けったんを吐くことがあるという。


「その後も何度かお願いしたのですが、蛇の吐息だと言われるのです」

「蛇の吐息ですか?」

「呼吸音に紛れて、蛇の威嚇いかくの音が混じる病気で、喉の慢性的な炎症が原因とされています」


 メイの疑問にすかさずライフが補足説明を入れる。

 もちろんこの世界の呼び名など、メイのデータベースには無い情報だったようだが、俺は学園生活をボッチで過ごした際に、現代医学とこの世界の治療学の共通点について調べていた。


「それは、喘息ぜんそくだな」

 確かにライフの言っている事と辻褄つじつまが合う。

 体を動かした際に発症しやすいというのも間違いはないだろう。

 しかし通常のものとは何がか違うと感じた俺は、老体へ向き直ると目線を合わせて尋ねた。


「ベルガ殿。倒れたとお聞きしましたが、どの辺が苦しかったのですか?」

「この辺じゃな」

 老婆は思い出すというよりも、その痛みは忘れられないという風に顔をしかめながら、自分の胸の真ん中を指した。


「蛇の吐息から、肺の炎症を引き起こすことはわりと多いですよ」

 ライフはそう感じたのだろう。

「俺もそうだと思って、炎症を抑える薬と、喉を開く薬を処方してるんだが」

 経験則からか、ヤーゲンもそれについて対応を取っていたようだが。


「今回はどうやらの喘息のようだな」

 初めて聞く言葉にライフまでもが首をかしげている。


 どうやらベルガは心臓発作で倒れたのだろう。

 運よく持ち直したが、その時の心不全が今でも尾を引いているのだ。


「単純に喉や肺を治療するだけでは、この症状は治まらないだろうな」


 そしてもう一つ、この世界の治療術は万能ではない。

 ライフが震える声でそれを言葉にする。

「だったら……私でも治せないですよ」


 治療術は何も魔法ではない。

 魔力を使いはするが、外科手術と似たようなものだ。


 例えば切り傷であれば、まず割れた皮膚を魔力の糊でくっつける。

 そしてその部分の再生速度を速めるという具合だ。

 なので例えば、折れた骨を元の位置に戻さずに治癒してしまえば、曲がったままくっついたりしてしまう。


 今回の件では心不全を起こして日がたっている事や、ベルガさんが高齢という事、元々の心臓が衰えているのも考慮すると、治癒師がそれをどうこう出来るものでは無さそうだ。


 お手上げ。

 その状況が重い沈黙をその場に落とす。

「まぁいいさ、私は十分に長生きしたからね」

 それを打ち破るように放たれたベルガ本人の言葉も、完全にその雰囲気を払しょくする事は出来なかった。


「シャーリィちゃん、あのままで大丈夫なんでしょうか?」

 話を逸らすように言葉を放つ、緑の目を心配そうに奥の部屋の方に向けるライフ。

「意固地になっている雰囲気でしたが、シャーリィ様にも何か思いがあるのでしょうか?」

 メイが話を繋げると、シャンディとヤーゲンは一度お互いに目を合わせてから、語ってくれた───。


 シャンディは自分の子を身籠った時から、錬金術の勉強を辞めてしまっていた。

 自分で素材を取りに行かなくてはならない場合、危険な事もあるからだ。

 姉を尊敬して、錬金術の真似事をしていたシャーリィはそれが気にくわなかった。

 ヤーゲンが来たことで、姉の人生が狂わされたと感じたのかもしれないし、姉という理想像が崩れたことでショックを受けたのかもしれない。

 同時期にベルガが倒れた事もあり、錬金術で祖母の病気を治す事に執心しているそうだ。


「今では私の言う事も聞いてくれないんです、かろうじてお婆ちゃんが心配している事で踏みとどまってくれている状態で」

「しかし、その祖母が苦しんでいるとなると、どこかで一線を越えかねない」

 それに加えて、シャンディとヤーゲンは本気で心配しているのだろうが、身内からすると二人がイチャイチャしているのを見るのは面白くないだろう。


 いつもは温厚なライフの顔を見てもわかる。

 視線がじとっと冷たい。

 ああ、あの視線で眼鏡の奥から見てほしい!


 俺の脱線妄想など知らずに、話は進んでいく。

「苔の洞窟というのは危険な場所なのですか?」

 メイの言葉にシャンディは苦笑して返した。

「いえ、初心者でも潜れるダンジョンですよ」


「では、その素材をちまたで買うか、他の者に依頼して取ってきて貰えば良いのではないでしょうか?」

 ライフの推論は最もなのだが、その素材の特性を知らないが故の答えだろう。


「短命苔はその名の通り枯れるまでが物凄く早いんだ」


 何故俺がそれを知っているのかというのは簡単な話だ。

 学院には様々な学科があり、ライフの通っていた治療師だけでなく、魔法使いや錬金術師を育成する学科もあった。

 当然学院の図書館には錬金術科の知識も多く所蔵されていたわけだ。

 その初歩の初歩に短命苔の一説があったことを俺は記憶していた。


「成熟して光を放つ苔だが、10秒程度で枯れ始める。その場で素材にしないと無意味なんだよ」

「錬金術で火の粉を作れるくらいになれば、一人でも入ることが出来るんですが……」

 俺の説明に、シャンディさんが補足を加えるが。

 どうやらシャーリーはそういったアイテムを作るのはまだ無理なようだ。


「錬金術の事は分かりませんが、習得するのは難しいんでしょうね」

 ライフは自分の治癒師と同じように考え、シャーリィの頑張りを汲み取っている様子だったが、姉であるシャンディは手を目の前で立てると、大きく左右に振った。


「いやいやいやいやいや! 初歩中の初歩です」

 全否定する身内。

 祖母であるベルガでさえ、気まずそうに顔を逸らしている。


「シャーリィはバカなんですよ」

 姉の心無い一言は、どうやらただの誹謗中傷という訳ではなさそうだ。

 そこからシャーリィの失敗談や、人の話を聞かない愚痴などが始まった。

 それは止まる気配を見せない。


 押してはいけないスイッチが入ったように語り続けるシャンディに、閉口したメイとライフは。

「バカなのですか」

「バカなら仕方ないですね」

 と、最終的に落ち着いてしまったらしい。


 そんな彼女たちを尻目に、俺は目を輝かせていた。

 バカなのに眼鏡を掛けている……萌えるシチュエーションじゃぁないか!

 

 途方に暮れる全員を尻目に、俺は妙案を思いつく。

 だが、その瞬間俺はメイの顔色をうかがった。

 どうやら今の思考は漏れなかった様子だ……。


「何が漏れなかったのですか?」

 メイが無表情でこちらをのぞき込んできた。

 危なかった……一瞬後の思考が読まれてしまったようだ。


「えっと……トイレはどこかな?」

「博士、漏れるまで我慢しないでください」

 メイのその言い方だと、既に漏らしたとも取れる不名誉な状況だが、漏れるという言葉とトイレという言葉の妙な一致で、メイは疑うそぶりを見せなかったのが何よりの救いだ。


 少し慌てた様子の俺に対して、シャンディも危機だと感じたのか、指で方向を示してくれる。

「トイレは、家の裏ですよ」

 これ以上メイに俺の思考を読まれるわけにはいかない。

 俺はすぐさま立ち上がると、逃げ去るようにその場を後にした。


「あの急ぎ様は、漏らしていますね」

 等という根も葉もない事実をでっち上げられながら。

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