第13話 物理的にくっつく(意味深)
情報の整理が追い付かない俺たちは、とりあえずベルガ婆ちゃんのお宅にお邪魔することになった。
扉をくぐった先は土間になっており、独特の漢方のような匂いが鼻についた。
その匂いにつられて顔を上げると、天井からいくつもの薬草らしきものや、何かの枝等が吊り下げられている。
ヤーゲンの仕事場も似たような匂いで充満していた為か、ライフは特に気にすることもないようだが。
「バクサミのお茶だよ、気持ちがほぐれる効果があるよ」
そうやって老婆によって出された薄緑色のお茶からは、カモミールのような爽やかな香りがした。
それを一気に飲み干すと、ライフは珍しく吊り上がった目で実の父親を睨んだ。
「で、どーいうことなのパパ!」
その剣幕に少しだけ身じろぎしつつ、隣に座るシャンディの顔を見る。
シャンディも少し困った風にしながらも、お互いにふっと口元を緩ませる。
しかしそれに答えたのは二人ではなかった。
「娘に置いて行かれて寂しくなったヤーゲン様は、心の拠り所を得るために幼馴染のシャンディ様の所に通いつめ、そのままあれよあれよでくっついたというところでしょうか、物理的に」
何故か不機嫌そうにメイが分析する。
「物理的にくっつくとか言うなよ子供の前で……あと、お前が苛立つ意味が分からんのだが」
珍しく俺が
「当然でしょう! 恋愛というのはその過程を楽しむものであって、今私は映画のオープニングとエンディングだけを見せられている気分なんですよ!」
つまり、学園へ行っている間に、恋愛模様の大事な部分を見逃したのが気にくわないと。
知った事ではないな。
「恥ずかしながら、メイさんの言っている通りの展開です」
頭を掻きながらヤーゲンが答える。
ライフもあまり気分のいい話ではないだろうが、それでもちゃんとおとなしくそれを聞いている。
「お母さんが死んじゃって4年になるんだもん、再婚だってするかもとは思ってたけど……相談だって無かったし、急すぎだよ」
見た目以上に大人なライフでも、心の整理が追い付かないようだ。
ましてや、もうそろそろ1歳になろうかという妹まで見せられてしまっては尚更だろう。
「っていうかお家はどうしたの? あそこはお母さんのお店なんだよ?」
そして、家族の絆の象徴でもある家が無くなっている事も彼女にとってはショックが大きいはずだ。
「さすがにそれについては説明を頂かないと、今後の身の振り方にも関係しそうですしね」
メイは少し落ち着いたのか、話に戻ってきたようだ。
確かに。資格を取って戻ったライフは、あの場所で治療院をする予定だっただろう。
それが店ごとなくなってしまっては、また別の方法を考えざるおえない。
一呼吸おいて、ヤーゲンは事の
「実はライフたちが学園に入学した後、しばらくして憲兵が来たんだ。違法な医療行為の捜査にね」
「!!──それって」
ライフは身の危険を感じたようで、肩を小さく震わせたが、ヤーゲンは笑顔で頭を横に振った。
「母さんが死んだ事を知らなかった憲兵は、まさか資格もないライフが医療行為を行っていたとは思わなかったらしく、母が医療行為を行って、脱税したと勘違いしていたんだ」
そういう事か。
ライフが犯人だと知られていたら、学園に居たとしてもしょっ引かれていただろう。
この2年間を無事に過ごせたという事は、その辺はうまくやったという事なんだろうな。
続きをシャンディが語る。
「ライフちゃんのお母さんは、外国へ逃げた事になっているわ。それでも全部をごまかしきる事は出来ずに、土地を差し押さえられてしまった……」
「そこに手を差し伸べてくれたのがシャンディだったんだ」
嬉しそうにその手に手を重ねるヤーゲン。
ピンチを救ってくれた恩人でもあり、昔からなじみの二人であれば、こうなるのも必然なのかもしれない。
かなり大事件になっていたようだが、学園に居たライフに操作の手が回らなかった事から、いったん事態は収束したと見て間違いはないだろう。
とはいえ。
「ライフ殿はこれからどうするんだ?」
資格を取ったが、継ぐべき店は消えてしまった。
俺の問いかけにも、顔を伏せたまま答えは出ない。
「そうだ! もしよかったら、ダンジョンに潜ってみない?」
そこに快活なシャンディの声が落ちた事で、場の空気が変わった。
「ライフちゃん、私の妹覚えてるでしょ?」
「はい、えっと……シャーリーさんでしたよね」
「そうそう。シャーリーがダンジョンにある素材を取りに行きたいって言ってるんだけど、未熟な錬金術師一人じゃなかなかパーティ組んでもらえなくって……その点治癒師の資格を持ってるあなたが居れば、引く手
俺も学園で色々な書物を調べて居るので、ダンジョンがどういうところなのかは知っているつもりだ。
「危険ではないか?」
命を落とすものも多くいるのだが、そこでしか手に入らないものや、一獲千金を夢見てダンジョンに潜る者は後を絶たないという。
そのうえ国家資格を持つライフであればそんな危険を冒さずとも、生きていけるのだが。
そんなことはお構いなしに、シャンディは振り向いて張本人を呼ぶ。
「シャーリィ、手を止めてこっちに来て」
しばらくすると、奥のくぐり戸から女の子が現れる。
「もう、調合中なんだから、呼ばないでって言ってるのに」
姉と同じ赤い髪が美しいが、目つきはそれより鋭い。
少し不貞腐れたようにしながら姉に抗議した後、こちらを向く。
「えっと、この人たちは?」
「ヤーゲンさんの娘さんのライフちゃんは知ってるでしょ? 今日治癒師の資格を取って帰ってきたところなの」
「治癒師!」
シャーリィと呼ばれたその女の子は、テーブルに半身を乗り出しながら、ライフの手を取った。
「お願いがあるんだけどっ!」
「えっええ、ダンジョンに潜るらしいですね」
その勢いに押され、ライフはしどろもどろだ。
「知っているなら話が早いわ! それじゃぁ早速苔のダンジョンに潜って、
その言葉に皆は苦笑いを浮かべるだけだったが、シャンディは彼女のやろうとしていることが分かったらしく、非難めいた声で問いかけた。
「シャーリィ……あなた
「そうだよ、お婆ちゃんの腰は良くなったけど、最近は咳が酷いんだもん」
「咳止めの薬をヤーゲンさんが調合しているじゃない、万能丹の調合なんてあなたには無理よ」
頭ごなしに否定されたことで頭に来たのだろう、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「それで治んないからよっ! もういい、別にお姉ちゃんに頼んでる訳じゃないもん!」
シャーリィは
取り残された俺たちは唖然とするばかりで、シャンディは大きなため息を落とす。
「色々と訳ありのようですね……良かったらお話しいただけますか?」
メイが落ち着いた声で話しかけると、シャンディは家族の関係をぽつぽつ語り始めるのだった。
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