第12話 期待を裏切る
「いやぁ2年間なんてあっという間だったな」
「酷い話です、読者の皆様はワクワクドキドキ学校編が始まるだろうと思って、パンツを脱いで待機していたんですよ?」
「何故脱ぐ」
俺にとっての学園生活の最高潮は編入初日だった────。
「俺の名前は
自己紹介でぶちかましたにも関わらず、全員ポカンとしてやがるから。
「ええい、眼鏡を知らんのか! これだこれ!」
そう言って同時に入ってきていたライフの顔を両手で挟んで晒し者にした。
だが誰一人眼鏡の良さに共感するものは居らず。
俺は学生生活の2年間をボッチで過ごしたのだった────。
「博士、回想は終わりましたか?」
「ああ、聞くも涙、語るも涙の物語だったな」
「2年間ボッチに耐えられる博士の精神だけは尊敬に値します」
「ボッチって……私は結構話しかけたじゃないですか」
横合いからライフが会話に割り込んできた。
二年間で少しは大人っぽくなるのかと思ったが、変化はないように見える。
相変わらずの白い肌に、ほんのり赤みのさした頬。
彼女曰く「エルフは寿命が長いから」という事らしい。
「私の話聞いてます?」
じろじろと観察されるのが嫌だったのか、少し怒った表情でライフが問いかけてくる。
「もちろんだとも」
身長の低い彼女の上目遣いにたじろぐ。
でもそのふくれっ面に内心かなりドキドキする。
「そういうライフ様は幾人かお友達が出来ていたようにお見受けしましたが?」
メイが話を振ると、笑顔でそれに反応した。
「思ったよりも庶民出身の子がいてびっくりしたよね! えっと、リリーでしょ? それとみるるに……」
「はい、記憶しております。優秀な方々でしたね」
ライフの友人は、商人の娘が多いようだった。
両親の後押しでもってこの学校へ入った以上、成果を残さないで出るわけにはいかないと、その辺の道楽貴族などとは一線を画す努力家ばかりであった。
「しかし、私には敵わなかったようだな、ぬははは」
もちろん俺は中途編入にも拘らず、常に学業では成績トップを収めていた。
これも長年培った科学者の業と言えようか。
「博士は他人がお友達に割く時間を、研究や知識の収拾に使っておりましたから」
「学び舎で学ばずと、他に何をするというのだ!」
俺はメイに食って掛かったが、それに反応したのは、頬を赤く染めたライフだった。
「恋……とか?」
「ルドック・ランフィールド様ですか?」
メイがおもむろに発した名前が何かの正解を引き当てたらしく、ライフの頬がより赤く染まってゆく。
それを見て心の中で舌打ちをした。
俺の育てた(?)可愛い眼鏡っ娘をやすやす奪われるわけにはいかない。
「恋など社会人になってもできるだろうが」
「博士以外の方は大概そうですね」
「彼は都市シグナールの辺境伯の御子息ですから、同じ学生でなくなってしまえば会う事は殆ど無いんですよね」
そう言いながら寂しそうにするライフを見ていると、少し大人げなかったなと反省の気持ちが沸き起こる。
それから少し無言の時間を過ごすことになるので、学校の回想をしておこう。
シグナール魔導学校。
ここは国が運営する教育の現場であるとともに、巨大な英知の集合体でもあった。
一般の者が目にする事のない、色々な魔導の知識が保管されている。
この世界は、知識というコンテンツで上層が稼ぐ仕組みが出来上がっていた。
学校へ入学するだけで大金貨50枚、二年間の授業料でさらに50枚。
これは日本円で言うところの1000万円相当。
その後もここを卒業し資格を手に入れた者は、稼ぎの実に半分を国に寄与するという仕組みが出来上がっていた。
もちろん国家資格としての仕事は、その対価も高い。
もぐりではあったが、俺達でも3か月で2000万稼げたように、その半分を税金で引かれてもまだ良い生活を送ることが出来る。
ただし、その知識を書物にしたり、書き残す事は禁じられていた。
知識が外部に漏れてしまうのは厳しく取り締まられているようだ。
実際には専門知識などを口伝で教えるのは難しい部分もあり、市政にはまだ通常教育が進んでいない地域もあって、識字率はそう高くないという背景もある。
そんな状況も相まって、知識の独占は割とうまくいっている様子だ。
俺はそんな知識の宝庫で、余すことなくそれを脳内に詰め込んだ。
40年間それしかしてこなかった脳みそは、知識収拾特化型に変異しているのかと思えるほどで、そこで学べる殆どの情報を手に入れることが出来たのだった。
同時に俺は部屋を改造して、世紀の大発明「美少女が合法的にかけてくれる眼鏡」を再現することに成功していた。
もちろんボッチの俺が、学園に居た他の女生徒へ眼鏡を掛ける機会はなかったのだが……
「どういう事でしょうヨツメさん」
生気のない声を上げたライフに、袖を引っ張られて現実に戻ってきた。
「どうしたんだライフ」
その顔を見ると、眼鏡の奥の緑色の瞳は何かを写しながら、動かない。
視線の先を探って、俺も驚いた。
「治療院無くなってますね」
メイの無機質な言葉が、すべてを物語る。
その場所は更地になっていて、基礎すら残っていないのだった。
「そんな……そうだ、パパは!?」
思い出したようにライフは辺りを見回す。
当然その辺に居るわけもないのだが。
「博士、ライフ様、あそこです」
メイが指さす方を見ると2年前のあの老婆、ベルガが手招きしていた。
「今日が卒業式だもんで、あんた達がここに戻ってくるだろうと思って待っとったんじゃ」
地獄猫にやられていた腰の調子は随分調子が良いらしく、快活に進んでゆく老婆の後ろを俺たちはついてゆく。
「ベルガお婆ちゃん……パパは……」
酷く心配そうに話しかけるライフに、ベルガは少し口ごもったように感じたが。
「心配せんでも、ヤーゲンの坊主は元気しておるぞ」
その言葉にホッと胸をなでおろすライフだったが、含みが気になった俺は少し構えながらついてゆく。
老婆はそのまま、商店街にある自分の店の前まで俺たちを案内すると。
「おーい。シャンディ! 出てきな」
自分の娘の名前を叫んだ。
だが出てきたのは探し人のヤーゲンその人。
「ライフ! ようやく帰ってきたか!」
そう言うが早いか、アメフトの選手の様にライフに抱き着き、抱え上げて頬ずりしてと、年頃の女の子が一番嫌がりそうなスキンシップのコンボを決めまくっている。
とはいえ2年も会えなかった父に会えた喜びか、ライフもまんざらじゃない様子でそれを受け止めていた。
「あら、ライフちゃんお久しぶり」
そこに、先ほどベルガ婆が呼んだシャンディが、遅れて扉をくぐって出てきた。
印象的な赤く長い髪は束ねられ、片方の肩から垂れている。
その手には、同じ赤毛の赤ん坊が抱きかかえられている。
彼女が来た事で、ヤーゲンはようやくライフから離れた。
そして衝撃の一言を放つ。
「喜べ、お前の妹だ」
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