第11話 皆が喜ぶ計画
そして3か月程過ぎた頃。
治療院の売り上げは落ち始めていた。
「この辺の爺婆の腰は殆ど治ってしまったようだな」
言葉通りの状況だ。
実際、食材を買いに行く通りのご老体が、みんなして若返ったようにシャキシャキ仕事をし始めるもんだから、町の人は
もはや、今後まことしやかに
やはりそうなると興味を持つ者もいて、その中の誰かがその様子を観察したのだろう。
老人がこの店舗に入るのを見かけたなどという噂もチラホラ出始めていた。
一応ベルガの婆さんが。
「ヤーゲンの新しい薬が良く効いている」
等とごまかしてくれてはいるが、真相が暴かれるのは時間の問題だろう。
通院治療の最後のお爺さんを見送った後、俺は二人を集めた。
「ヤーゲン殿、折り入って話があるんだが」
「どうしたんだヨツメさん、改まって」
そういう彼の
なんだその成金チャラ男スタイルは。
こういうところから、秘密がバレるんだよなぁと思いつつ、そこはスルー。
「ライフ殿を俺にくれ」
「な、な、なんだとぉ!」
ヤーゲンは立ち上がって怒ろうとしたが、相手がこの好景気バブルをもたらしてくれた事を思い出したのか、おろおろとするばかりだった。
「ちょっと待ってください、私の気持ちは無視ですか?」
そこにライフも驚きながら抗議してくる。
「ずっとではない、ほんの2年間だけだ」
俺はライフの目を見て真剣に語る。
「2年だけの関係ってどういう……」
「俺と同級生になってくれぇ!!」
きれいな土下座をした。
相手は16歳の女の子、俺は50歳になるおっさん。
分かっている。
同級生などというシチュエーションなどあり得ない。
だがそれを可能にする方法が一つだけあるじゃないか。
「俺と一緒に、シグナール魔導学園に通ってくれ!」
「ええっ!?」
親子がその言葉を最後に絶句しているのを良いことに、次々と話を進める。
「この数か月で2人分の学費は貯まっている。このまま無免許で営業を続けていても、いずれこの国の法律に引っかかる。そしたら二度と治癒師の資格は取れなくなるかもしれない。今が潮時だ。つまりライフ殿の人生の転換期に入ったのだ!」
俺は土下座からの熱弁で興奮し、最後には立ち上がっていた。
それを座って驚く二人が見上げている。
「補足説明ですが……この2か月の収支としては──収入が大金貨248枚。しわしわの老人からだいぶ搾り取れましたね。そして支出が25枚、一般的なご家庭と比べるとかなり散財していますが、十分に2人分の学費大金貨210枚が捻出されています」
実際は入学金に大金貨50枚。
その他諸経費に5枚。
一年間の学費が25枚という事だ。
2年制の学校なのでなんとか間に合った感じだろうか。
しかし、こうやって数字をハキハキと喋っているメイはまるで秘書の様で。
こいつに眼鏡がないのを本気で悔やんでしまう。
眼鏡秘書というのも良いもんだぞ?
「また、学校は寮生活になりますが、当面の生活費として更に5枚づつ。こちらは私が管理して、随時お二人にはお渡しします」
テキパキと話を進めて行く俺たちに、ようやく我に返ったヤーゲンが声を上げる。
「ちょっとまった! 勝手に娘の人生を左右するような話を進めないでくれ! 同じ家に住んでいるとはいえ君たちは他人だろう」
まぁその通りなのだが。
「では先に俺とライフ殿が結婚すればいいのか。お義父さんが言うのなら仕方ないなぁ」
「話がややこしくなるので黙っててください」
メイのボディーブローが叩き込まれる。
「キドニー!」
悲痛な叫び声と共に転げまわる俺を差し置き、メイは話を戻しているようだ。
「確かにその件に関しては他人の私よりも家族の問題です。ですが家族の問題より尊重されるべきは本人の意思ではございませんか?」
俺へのボディーブローと同じように的確な言葉を放つメイ。
ぐうの音も出ないヤーゲンは、未だ呆けているライフの方へ向き直る。
「お前はどうしたい、お父さんを置いて寮に入りたいのか?」
「問題はそこではございません」
メイの突っ込みは俺以外にも切れ切れなようだ。
少しの間を置いて、ライフがその桜色の薄い唇を動かす。
「本当、夢じゃないんだよね? 私が魔導学園に行けるなんて……お母さんと同じ道を歩けるなんて……」
「おや、お嬢さんはむしろ乗り気の様ですね」
したり顔のメイに、困惑するヤーゲン。
しかしここで親としての権威を発動させられてしまえば、折角のライフの意思も無駄になるかもしれない。
もう一押しなんだがな。
だがこういう時こそ、底意地の悪いメイは策略を用意しているはず。
俺の読み通り、メイは語り始めた。
「魔導学園に入学されるのはヨツメ様もご一緒になります。居候の身で長らくお邪魔をしておりましたが、これで気を遣う相手もいなくなるというのも利点でございますよ」
その言葉にヤーゲンはハッとした。
そしてこれからの生活を想像して顔が緩む。
俺と娘が居なくなることで残るのはメイとヤーゲンの二人きり……それが2年も続くのであれば、お互い大人の男女の関係だ、もしかしたら……と。
こんなのメイでなくとも手に取るようにわかる。
とはいえ娘の前ではそんな顔を見せる事は出来ないだろう。
顔をきりっと整え、ライフの目を見てこう言った。
「治癒師になるのはお前の夢だろう? お父さんはそれを応援したい! なぁに2年間なんてすぐだ。安心して行っておいで」
それはそれは清々しい顔で言う。
またもや言質取ったりだ。
「お父さん……」
ライフはその言葉に感動までして涙を流している。
その背景にある、大人らしい打算など彼女には見えていないのだろう。
「それでは円満に解決いたしましたね。早速転入手続きを進めて参りますので、来週には新学期からの編入が可能になるでしょう」
更に話を進めるメイに、反論するものはもういない。
だが俺は知っている。
これから行く学校はお金持ちしか入学できない場所だ。
当然クラスメイトは貴族や王族に連なる者がほとんどであろう。
つまり、校則にこうある。
「1名までであれば従者や奴隷を
俺たちが学校に入ったあとに残るのは、ヤーゲン一人。
彼がそれに気づいた時には、娘への応援の言葉を
メイ、恐ろしい子!
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