第8話 恋の予感(他人の)
赤髪の女性はヤーゲンを見ると、少し目を吊り上げた。
「あらっ、効きもしない薬を作ってるヤーゲンが何の用なの?」
のっけから厳しい言葉をぶつけてくる。
「あれは根本治療薬ではないんだ、ただの痛み止めだよ」
参ったという仕草で頭を掻きながら、ヤーゲンが答えるが、それをも鼻で笑い飛ばした。
「ヤーゲン様……この方は?」
更なる追従を仕掛けようと赤髪が口を開いたところに、タイミングよくメイが質問をぶつけた。
「この人はベルガお婆ちゃんのお孫さんでシャンディさんだよ」
シャンディはその言葉に、一瞬眉がピクリと動いたが、努めて平静を装おうつもりでいるようだ。
「うちの孫とはこんな頃から一緒に遊んどったよ」
そうしてベルガと呼ばれた腰痛持ちの老婆は、親指と人差し指でそら豆一個分くらいの隙間を作って見せる。
いや小さすぎだろ。
老婆ジョークというやつを、全員がスルーしたところで、シャンディの目線はメイへと注がれた。
上から下までを品定めする。
メイはこの世界の縫製技術を超えたフリルのついたメイド服を着ているが、ソレと知らないものが見ればちょっとしたドレスに見えなくもない。
前掛けがむしろ不思議な違和感を醸し出しているのだろう。
「──ヤーゲン様ぁ? 貴女、こいつとどういう関係なの?」
攻撃の矛先が移った事にも動じずに、メイはにっこりとほほ笑んで、丁寧にお辞儀をした。
「わたくし、訳あってヤーゲン様のお宅にお邪魔しております使用人でございます。軒を貸していただく代わりにヤーゲン様の身の回りのお世話をさせて頂いております」
「なっ!」
それを聞いたシャンディは顔を真っ赤にして絶句した。
この女性はどうやらヤーゲンに想いを寄せているのだろう。
それを見透かしてメイは絶対煽って遊んでる。
本当に性格悪いロボットだ。
流石に初対面の女性を煽って遊ぶのは良くないと、助け舟を出す。
「主人は私だ。メイには、ヤーゲン殿のお宅の家事や掃除を任せている」
「なっ……何よ、ただの下働きじゃない……」
関係性をはっきりさせたことで、シャンディという女性も少し落ち着いた様子だ。
とにかくここでもめ事を起こしても仕方がないからな。
「ときに、おばあ様。このお店は何を取り扱っているのですか?」
話をすり替えるようにメイがベルガに問いかける。
グダグダしているうちに、周りの露店は殆ど片付けが終わっていて、かろうじて品物が並んでいるのがここだけという状況になっていた。
「うちは薬草や薬になる木の実を扱っているよ、ヤーゲン坊やもうちのお得意さんさね」
「この街に来たのは初めてで……素材だけでこんなに種類を扱っておられるのですね」
きっともう何十年も続けてきた店を褒められたことで、ベルガの頬が緩むのが分かる。
だからこそ無理をしてでも店に出たいと思ってしまうのだろう。
「お孫さんは手伝われるのですか?」
急に話題をシャンディに振るメイ。
もう絡むのはやめたげて!
「私は……お婆ちゃんの選んだ素材を使って、錬金術の勉強をしているわ」
錬金術!
俺のメガネが光った。
日本にはなかった技術に、興味を惹かれるのも科学者なら仕方のないことだろう。
そうか、このキツい赤髪娘は、こう見えて錬金術の研究者だったのか!
そう考えてみると……
「眼鏡を掛けさせたい!」
一瞬時が止まり、シャンディから疑問符が投げられる。
「は?」
「ご主人様、思考が駄々洩れです」
「おっといかんいかん」
改めてシャンディの顔を見てみよう。
赤い髪は手入れが行き届いておらずに、後ろでひとくくりに束ねられている。
目つきは悪いが、顔は大人びていて整っている。
ライフの父親であるヤーゲンと幼馴染であれば年齢は35歳程度だろうか?
ストライクゾーンじゃないか。
眼鏡さえあれば。
「危険な思考をキャッチしました」
メイが俺の目の前に滑り込む。
「ご主人様の身の回りにいては、ピクリともしない恋愛センサーがビンビンに反応していましたので、これから楽しくなるところでしたのに」
「モテなくて残念だったな!」
こいつはすぐに俺の邪魔をする。
邪魔さえなければ、眼鏡っ娘の一人や二人……。
いや無いか……。
俺の一人ダークサイドなどお構いなしに、メイがため息をこぼす。
「また法律に反することを画策していましたね?」
「何度も言うが合法だ」
「相手に控訴されればそうも言えなくなるギリギリのラインですよ」
「そういうお前も、シャンディさんの恋心で遊ぼうと考えているだろう」
こそこそと二人で話をしてから、向き直る。
「俺はベルガお婆さんを治療院へ送っていくから、ヤーゲンさんはここの片付けを手伝ってあげてくれませんか?」
「わたくしたちでは、薬の効能や種類の把握が出来ませんので」
口裏を合わせたように二人で話をして、いやしかし、とか案山子などと言わせる暇を与えずになし崩しに進める。
「進展したら教えてください」
メイが名残惜しそうに二人を置いて移動。
メイがしゃがむと、俺がひょいとベルガさんをその背中に乗せる。
本来、男女で逆だろうと思うが、メイはロボだから老婆一人など載せているうちに入らないだろう。
直ぐに背を向けて治療院へ歩き出す姿を。ぽかーんと残された幼馴染二人が見つめるのだった。
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