第7話 朝の食事は元気の元!
「よっよよよよっ……ヨツメさぁん!」
叫び声とドタバタと走る足音がうるさい。
目が覚めた俺の布団をその声の主が剝ぎ取った。
「おはようライフ殿、どうかしたのか?」
「あ……朝ごはんが出来ています!」
「朝なんだし当然だろう」
「起きたらすでに朝ごはんがあるんです! 奇跡なんですか?」
世の主婦の言いそうなセリフだが。
彼女はまだ16歳そこそこなのを考えると、ちょっと同情する気持ちもあるが。
そのまま手を引かれ、グリンベル家の食卓へと足を向けた。
短い道中、早口にライフが言うには。
母が死んで2年、毎日毎日父親の分も朝ごはんとお昼のお弁当の用意をするのが、低血圧なライフにはかなりしんどかったそうだ。
「しかもこれ見てください!」
俺は言われるがままに食卓を
自然酵母風のパンを薄切りにし、湯がいた卵をマッシュして挟んだサンドイッチ。
白菜系の葉物野菜と根菜をミルクで炊いたスープに、ミートボールを入れたもの。
それに燻製肉を細かく切ったものが入ったポテトサラダが並んでいる。
「うん、朝だしこんなものじゃないか?」
「すみません、勝手に残り物を使ってよいと言われたのですが、わたくしのレパートリーではこれが限界でした」
当たり前を通り越して、むしろ謙遜する俺たちに対して、ライフは首を激しく横に振った。
「朝からこんなに豪華な食事はしませんって!」
この世界、大抵は一品だけを口に入れて、朝食は終わるものだそうだ。
そういえば日本の家庭の食卓は品数が多いと聞いたことがある。
朝にコーンフレークのお宅は、翌日もコーンフレーク……のような食生活が、海外では割と一般的なのだそうで、日本の一汁三菜などという4品以上の違った料理を用意することはあまりないらしい。
「家事はメイドの仕事ですから、私がいる限りお食事はお任せくださいませ」
メイがうやうやしく頭を下げるものだから、ライフは感激に飛び上がるかと思うほどの喜びようだった。
「冷めないうちに食べようじゃないか」
割と空気になりがちなライフパパが、ほくほく笑顔で席に一番乗りする。
あの顔は、美人の手料理に期待する顔だ。
「おおっ、美味い!」
早速感嘆の声が上がる。
この世界のパンはハード系が主流のようで、メイはそれを薄く切って重ねたことで、嚙んだ時に力が要らないように工夫していた。
「昨日ヤーゲン様に資金を頂いておいたので、朝一番でヤギのミルクを購入して参りました」
メイがミルクスープの説明をしていたが、中に聞きなれない名前が出てきた。
「ヤーゲン?」
「そういえば昨日は自己紹介の途中でメイさんを掃除場所に案内したんだったね」
そういうと、肩幅の広い体をこっちに向けると、ライフパパが自己紹介をはじめた。
「俺はヤーゲン・グリンベルだ。妻が亡くなってから家が荒れ放題になっていたからね、ヨツメさんの所のメイさんには感謝しかないよ」
「こちらも労力を対価とは言え、押しかけた形になってしまって申し訳ありません」
俺も丁寧に頭を下げる。
「あの博士が至極真っ当な事をっ……!」
メイが息をのむのが分かる。
息なんてしてねぇ癖に。
大体、人の善意に付け込もうって言いだしたのは俺ではなくお前だからな?
「ライフもこんなに喜んでいるしな。こんなに嬉しそうな顔……あいつがいた頃以来だ……」
ヤーゲンは懐かしむような、慈しむような顔で、愛しいわが子を見つめている。
そんな事に気付かないまま、ライフは出されたお代わりまでも目を輝かせて平らげている。
その雰囲気はまさに年齢通り、16歳の好奇心旺盛な少女であった。
「私も縁があり関わった身……彼女の幸せを願わずに居られませんよ、お義父さん」
「ご主人様……いまこっそり義を付けませんでしたか?」
「発音は同じなんだから、お前の思い過ごしじゃないか?」
「いいえ、私の記録用文字起こし機能がちゃんと反応しました」
「そんなもん記録してどうするんだ」
「裁判などがあった際に、貴方に不利な発言を記憶しておくためです」
「よおし、敵だな? お前は敵なんだな?」
その時、ライフが机を叩く。
「お食事中に喧嘩をしないでください!」
口をとがらせながら俺たちをジト目で見てくる眼鏡の娘。
これはまさしく学級委員長!
俺はそのシチュエーションに痺れて、一気に脳が昇天した。
「委員長は眼鏡会のホームラン王でしゅぶばぁっ!!」
感激の涙を流しながら俺は両拳を天に伸ばして叫んだ。
あちらの世界へと行ってしまった俺へ、メイは
しかし、ライフはそれどころではないらしく、片腕にお椀を握って。
「メイさんお代わりお願いします」
と、真面目な顔で要求していた。
「あの、メイさん……ヨツメさんはどうされたんでしょうか」
天井を向いてうわ言を言っている俺をヤーゲンは心配したらしいが、メイの反応は冷たいものだ。
「常人ではたどり着けない遠い所へ行っておいでです」
「戻ってこられるのでしょうか?」
「戻ってこない方が双方にとって幸せということもありますが」
俺はしばらく戻ってこないまま、ライフが2杯目のお代わりを終えるまで、和やかに食事は続いたとか。
────さて、急に人数が増えたこともあり、備蓄の食材では賄いきれないだろうということで、散策がてら買い物に来ている。
「しかし、案内はヤーゲン殿よりもライフ殿の方が良かった」
俺は何度目かのため息と共にそう零す。
「素直なのと口が悪いのは違いますよご主人様」
ヤーゲンさんもそれはそうだと苦笑しながらも、メイの隣にちゃっかり陣取っている。
彼からすれば俺がお邪魔虫ということなのだろうが。
「治癒師の勉強のために、自分がお店に残るって張り切ってましたからね」
ヤーゲンの言う通り、彼女はやる気満々だ。
朝ごはんも目いっぱい食べたし、頭の中には治癒師になる為の知識だけが沢山つまっいて
、あとは実践をこなすだけという、むず痒い状況なのだ。
何かしたいという心構えは尊敬に値する。
「とりあえず、今日は娯楽施設などよりも生活に必要そうな場所を回ってみましょう」
メイの言葉にヤーゲンは早速先に進む。
足取りが軽い。
恋をするとおっさんでも心が弾むらしい。
「ここが朝市通り。もうすぐ昼だからもう店じまいの準備をしているな」
日差しが強くなり、品物が傷む前にひっこめる算段なのだろう。
後で聞けば、売れ残った商品は契約店舗へ卸に行ったり、自店舗で夜の食事の提供へと回されるのだとか。
一般家庭に冷蔵庫などがない世界では、こういった工夫で商売をしなければやっていけないのだろう。
ヤーゲンは次々となじみの店を紹介してくれていたが、ある露店の前に来ると何かに気付いたらしく、足早に奥へと走っていった。
「ばあさん! 無理をするんじゃない……ったく」
声をかけられた老婆は、椅子に座って腰を撫でていた。
「無理しなけりゃ食ってけねぇンだよ」
顔をしかめながらもそう返す老婆。
「薬だけじゃ痛みを和らげるのが精いっぱいなんだ、動ける気がしても良くはなってないんだから」
「そんなことを言われても、私が働かないとこの店を畳まなくちゃいけなくなるだろうが」
無理をして立つ老婆を心配そうに見守るヤーゲンだったが。
俺は一歩前に出て、その老婆に話しかけることにした。
「ライフ殿に診てもらってはどうでしょうか?」
「何だいアンタは?」
「失礼、昨日から治療院にお世話になっているものです。ライフお嬢さんは最近メキメキと勉強の方が進んでおりますので、腰痛等の治癒も可能かと思いますよ」
最近というか昨日だけど。
俺の言葉を聞いて老婆は少し思い出す風に思案してから、ヤーゲンに向き直る。
「あんたん所の嫁も、いい腕をしていたからね……血は争えないってことかい?」
「娘も必死で勉強してましたからね、教材がてら診させてくれませんか」
「人体実験かい? いいよ、若いもんの手助けになるのが年寄りの楽しみだ」
と、自然な流れでライフが待つ治療院へと客を誘導していると。
「もう! おばぁちゃん。外に出ちゃダメだってば!」
奥の店舗から赤い髪の女性が飛び出してきた。
◇◆◇◆◇作者一言◇◆◇◆◇
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