第6話 合法眼鏡美少女
俺は正座をさせられている。
「私はずっと博士の事を犯罪者予備軍だと思ってきました。しかし、実質的には罪を犯すすれすれで思いとどまってくれていたので甘く見ておりましたが……やはり、犯罪者予備軍の行きつく先は犯罪者でしかないのですね。メイは悲しいです」
正座している俺の目の前で、メイに小一時間説教されている。
「で、俺の何が犯罪だったって?」
「見た、触った、傷つけた」
「見たもダメ!? 法律厳しい!」
いつものようにふざけあう俺たちの横で困惑するライフパパ。
「傷つける──は流石に
「まぁ親父殿の言うことも一理ある」
「博士それは普通に犯罪ですからね?」
しかし、当のライフがケロッとしているので、父親もどうしていいものやらと思案に暮れているようだ。
「ライフ、本当にどうもないのか?」
「今はこれと言って痛みはないよ、むしろ頭がスッキリしてるくらい」
不思議そうに体中のあちこちを見回すライフに俺は話しかける。
「丁度いい──この曲がった首を何とかしてくれないか?」
実はさっきメイに派手に蹴られた事で、首が90度程横を向いている。
鞭打ちのような状態で首を動かすと激痛が走るのだ。
「えっ大変じゃないですか! ……でも骨のずれや骨折なんかは、表面上の傷ではないので私では治せません、ちゃんとした治癒師に診せないと」
ライフはあわてふためくが、俺は微笑んでそれに応える。
「大丈夫、君はもう立派な治癒師じゃないか、とりあえず君が診てくれないか?」
俺の言葉が無責任に聞こえたのだろう、ちょっとだけ頬が膨れたが、元来素直な子だ。状態だけでも確かめようと近づいてくれた。
ライフは心配そうに患部を見ていたが、一気に顔が青ざめ、そして今度は上気する。
「えっ、何で!?」
そして驚きに目を見開いたまま固まってしまった。
「どうしたんだライフ」
パパがその不可思議な反応に声を掛けるが、ライフはそれに振り向きもせずに答えた。
「分かるの──この骨がどうなっていて、どうすれば治せるのかが分かる!」
そう言いながら、左手を頭の下に置きながらゆっくりと骨の位置を治すように動かしつつ、痛んだ神経をヒールで修復してゆく。
そしてそのまま俺の首が元の位置に戻ると、ヒールをやめてそのまま呆然と座り込んだ。
「眼鏡を通して、ノートに書かれている情報を君の脳に送ったんだが──どうやらうまくいったみたいだな」
俺には理解できない魔法の知識と、彼女には理解できない医学の知識。
お互いにうまく補完して、ライフの頭の中ではノートが完成しているに違いない。
「私は何もしてないのに」
自分の力で勝ち取ったわけではない力に戸惑うライフ。
だが、いずれは自分の物になってゆくはずだ。
「じゃぁこれからやるといい、お母さんの代わりに、沢山の人を助けて、沢山の人を幸せにして、沢山の笑顔に囲まれて生きればいいじゃあないか」
彼女はきっと輝く未来を闇の先に見た。
しかし次の瞬間にそれが手の中に入ってくるとは思ってもみなかっただろう。
ただただその非現実的な喜びに涙を流すだけだった。
俺はその肩にそっと手を伸ば……そうとして思いっきりメイに
「──とか言って、気に入られて彼女にでもなって貰おうって魂胆が丸見えなのがキモイんですよ」
ドキッ。
「ななな、何を言っているんだメイは。俺はそんな下心で親切を働くような男ではない!」
「今回は被害者から告訴されなかったと見なして、不問にしますが……欲望のままに人に危害を加えれば容赦しませんよ」
「さっき首が逝くくらい蹴られたんだが、どの辺が不問になってるんだ?」
「生きているでしょう」
「死の可能性!」
また俺たちが漫才を繰り広げているうちに、ライフの興味は眼鏡に移っていたらしく、ツルを触ってみたり、レンズのふちを確認してみたりとなかなか忙しそうだ。
そして一通り確認してからこっちへ顔を向けた。
「これって取り外せるんですか?」
「外さないでほしい」
「博士の願望などライフ様は聞いておりませんよ」
俺の願望が駄々洩れになっているのはいつものことだが、免疫のないライフは少し困惑気味だ。
きっと眼鏡の素晴らしさに気づいていないからだろう。
「いまさらっと論点の違うことを考えませんでしたか?」
「そんなことはないが……心を読むんじゃない」
メイには、表情からその人間の心理を見抜くというシステムが備わっている。
彼女
それに加えて、メイとは知識の共有を眼鏡を通して行っているため、
俺の思考に対してまで突っ込んでくるのがきっとそれなのだろう。
そんな事より、皆がこの眼鏡について注目している今が、科学者として一番輝ける瞬間ではないだろうか!
俺は意気揚々と語りだす。
「では、その顔に装着された素晴らしい装置について説明してやろう! ぬはははは!」
俺は立ち上がり、高笑いの後に語り始める。
メイだけはいつも通り表情筋死滅モードに入ったようだ。
「その装置は【眼鏡】と言ってだな、通常の物でも女性の魅力を当社比100倍に跳ね上げるおしゃれアイテムなのだ!」
「あくまで博士基準ですし、本来は視力低下への矯正器具としての側面の方が強いと感じます」
「メイ君、補足説明をありがとう。確かにそう考えている輩も多いのは事実!」
「ご自分がマイナーな思考の持ち主であることは理解しておられたのですね」
「だからこそ平凡な学者崩れとは違……ええい話が進まん!」
「チッ気づかれましたか」
メイはこの際放置しておこう。
俺はこの目の前のおっとり系美人エルフに眼鏡の素晴らしさを説きたいのだ!
「いまライフが付けている眼鏡は、大きめのフチなし丸レンズに、サーモンピンクのツルはサラサラの緑髪に映える色だ! 君の魅力を抜群に高めている」
俺は自分でチョイスしたその眼鏡が、やはりライフに似合っているなと改めて確認した。
「博士、目が怖いですし、息もハァハァ荒いです、血圧も基準値より15程上がっていますよ」
俺の通常運行はライフには奇異に映ったのか、座ったままじりじりと後ろに下がって、苦笑いを浮かべた。
「結局これって外せるんですよね?」
「側頭葉に食い込んでるから、無理に外すと死ぬぞ」
「えっ?」
信じられない言葉を聞いたと言わんばかりに目を大きく開いて固まった。
「大丈夫だライフ。その眼鏡は外さなくとも清潔が保てるように、自動クリーニング機能が付いているからな。そのまま顔を洗っても問題ないぞ!」
「ライフ様はそこを心配されているのでは無いと思いますが……」
「それに治癒師の知識は眼鏡から送り込まれているが、脳にちゃんとインプットされていない状態だ。今取り外してしまうと殆ど意味はなくなってしまう。そのまま実践で知識を自分の物に出来た後に取り外したほうが賢明だと思うが」
その言葉の意味をゆっくりと理解したライフは、夢を実現させる方向へと答えを導いた。
「わかりました、立派な治癒師になるためにも、しばらくこのままでいてみようと思います」
俺は心の中でガッツポーズをした。
「博士、あからさまにガッツポーズしないでください」
心の中だけで収まりきっていなかったようだ。
「良いんです、私はヨツメさんの純粋に私を応援してくれる気持ちを感じたから……信じてみたいと思ったんです」
まるで祈るように組んだ手を胸の前に持って行き語るライフは、まるで聖女のようだ。
「不純ですけどね」
「黙ってろメイ」
こうして【合法的に】ライフに眼鏡を掛けさせることに成功したのだった。
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