第3話 善人にはつけこむスタイル

 俺たちは観光しながらライフに指定された目的地へと移動することにした。


「で、俺に無理やりお礼をしたいと言わせてまで、お前は何がしたかったんだ?」


 俺の問いに先を行くメイは振り返りもせずに答える。

「あのライフという娘ですが、慈愛に溢れた良い娘だったとは思いませんか?」


 確かに道で倒れた怪我人を介抱するような子だ。

 善意と道徳に溢れた良くできた子だ。

 良い意味で親の顔が見てみたい。


「つまり、付け入る隙が多いということです」

「無表情でそういう冗談を言う奴が一番怖いぞ」

「冗談ではありません、私は本気です」

「なおさら怖い!」


 こういう非道で悪意しかない言葉を言うこいつはヤバい。

 親の顔が見てみたい。

 俺なんだが。


 このままではあの気立ての良い娘が危ないのではないかと考えた俺は、メイの主電源を切るため背後に回り込んだが、首を180度回転させて睨まれた。

 それも怖いぞ!


「良いですか、私達はこの場所に五体満足で存在していますが、いかんせん衣食住いしょくじゅう以外なにも持ち合わせていないのですよ?」


「そうか、異世界に来た嬉しさに舞い上がっていたが、よく考えてみればこれはかなりのピンチではないだろうか?」

「ええ、かなりのピンチです」


 それらを全てまかなう金も、仕事すら無い。

 稼ぐにしても勝手もわからないこの世界で何をすれば良いのかすら。


「そこで、あの娘です」

 俺の苦悩を読んだかのようにメイが話し出す。


「人の良いのをいいことに、あの者の家に上がり込み、居候するのです」

「そういう人道的ではない言葉をインプットした覚えはないんだがな……」

「日々学んでおります、博士の元で」

「どういう意味だ」


 そう言いながらも、迷いなど一切見せずに角を曲がって、メイはスタスタと進んでゆく。


「というかお前、どこへ向かっているんだ?」

「ライフ様の勤める治療院です」

「地図も無しに?」

「ワームホールから覗いていた際に、俯瞰ふかんからの街をインプットしていますから」

「あっそ」


 だとしたら、俺はただついていけば良いわけだ。

 実際道を間違えることもなく、治療院と書かれた看板のある場所までたどり着く。


「うん? いや待てよ、なんでこれが読めるんだ?」

 目の前の看板は見たことの無い文字で描かれていた。

 そういえばここの人達も日本語などひとつも喋っていないが、内容は当然のように入ってきていた。


「それは私が翻訳して、博士の眼鏡を通して直接言葉をラーニングしたからです」

「そんなことをいつの間に」

「博士が無様に建物の屋根を転がり落ち、軒でバウンドし、地面に激突してから、少し気絶している間にですかね」

「助けろよ、余裕かよ」


 話を聞くと、メイはそこで話されている会話を全て取り込み、言語として組み合わせて言葉を理解。

 そのデータを気絶している俺の脳に直接送り込んだらしい。


「化け物め」

「いえいえ……それもこれも、博士の作ったそのメガネ型【勉強しなくてもアタマヨクナール】のお陰です」


「なにそのクソダサい名前? この発明品は【美少女が合法的にかけてくれる眼鏡】なんだが?」


「……犯罪の匂いしかしない名前ですね」


 俺は顔にかかっている眼鏡に触れた。

 一見単純な黒淵眼鏡に見えるかもしれないが、これはかなりのハイテクで、メイが取り込んだ情報などを、俺の脳にフィードバックしてくれる逸品なのだ。


「お店の前で何をやっているんですか? 早くお入りください」

 じれたライフが扉を開けて手招きしてくれる。


 確かに店の前で何か言い合っていたらただの迷惑でしかない。

 しかし、その店へ入るのを俺は少し躊躇ためらった。


 今以上の迷惑をかけてしまうのが確定しているというのに、この娘は何も知らずに慈愛に満ちた笑顔で招いてくれているのだから。


「ただいま戻りました」

「ってメイは既に我が家モードか!」

 こいつ血も涙もないな。

 いやロボットだから無いんだが。


 そんなわけで俺達はライフの働く診療所へと入ったのだった。

 店舗内は寝台が3つ並べてあるだけで、他に診察室やレントゲン室のようなものがあるわけではないようだ。

 ここでどうやって医療行為を行うのだろうか?


「父さん、この人達がさっき話してた偉い人だよ、観光の案内を頼まれてるの」

 俺が店舗らしきものを確認しているうちに、ライフはこの家の主らしき人物に声をかける。

 そして中からのそりとした動きで男が出てきた。

 服はよれていて無精髭が目立っている。


 そんな風体の男に対してもメイは怖じ気づくこともなく、一歩前に出ると丁寧にお辞儀をした。

「ライフ様のお父様でしょうか? わたくしはメイと申します、こちらの四目よつめ博士の付き人でございます」


 急な自己紹介に男はたじろいでいたが、次第にその顔は赤くなってゆく。

 そういえばメイの容姿だが、女優の顔を参考に作った。

 どうせ作れるなら美人の方が良いに決まっているからな。

 その美人からにっこりと微笑まれると、大抵の男はこういう態度になるのだろう。


 俺はどうなのかって?

 一緒に生活して身の回りの世話もしてくれるならウハウハでしょうって?


 ……諸君。

 ここでもう一度大事なことを言っておこう。

 メイは眼鏡をかけていない!

 俺はそんな女に1ミリたりとも萌えはしない!


 もちろん最初はメイにもかけたさ。

 俺もメイにメロメロだった。

 しかしあいつは眼鏡をはずして一言。


「キモいので外して良いですか?」

「ダメに決まっているだろぅ!」

 即答したら、メイのヤツ眼鏡を握りつぶしやがった。


 仕方なく顔に溶接したら。

 顔の装甲板ごと外しやがった。


 流石に諦めたさ。

 それからメイの事はただのメイドとしてしか扱わなくなったし。

 メイからは酷い扱いをされるようになった。



 ────さて。現実に戻ろうか。

 俺が回想から戻ると同時に、親父もこのままではいけないと思ったのか、口を開いた。


「いえ、なんの因果かわかりませんが、うちの娘がお役に立てるのであれば是非使ってやってください」


 顔が真っ赤だ、メイを直視できていない。

 惚れたな。


「お嬢様にはお世話になる予定ではありますが、お父様にもひとつ頼み事がございまして……」

 眉尻を下げて困ったような顔を作り、少し前に出るメイ。

 顔が近づいたことで親父は更に赤くなり目線を逸らす。


「頼み事……とは?」

「実は私共は秘密裏ひみつりにこの町を訪れておりまして、正規の宿屋や案内所を利用出来ないのです」


 ははーん、そうくるか。

 もちろんメイの仕草や表情は俺がインプットしたものだ。

 ちゃんと膝を曲げて、顔を見上げるように話しかけている。


 眼鏡だったら俺でもイチコロだ。


「訳あり……ということですか」

「ええ、察して貰えると助かります──それで、もし良ければ、こちらで泊めていただくわけにはいかないでしょうか?」


「ええっ!」

 ライフと父親が同時に声を上げた。

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