第2話 親方、空からおっさんが!

ててて」


 俺はどうやらわりと高いところから落下したらしく、全身がずきずきと痛む。

 口の中に砂が混じり、鉄の味がする。


「親方! 空からおっさんが!」


 誰かが叫んでいるようだが、地面に伏していてそちらをうかがうことができない。


 痛みに顔を歪ませながらも、ゆっくりと地面から頭をあげると、回りに人だかりが出来ていた。


「大丈夫かいおっさん」

「なんて所から落ちてきたんだよ」


 落ちたくて落ちたわけではないのだが。

 口の中を切っているらしく、しゃべろうとしても咳き込んでしまう。


「こりゃ酷い……誰かヒールかポーションをこの人に」

 男が叫ぶと、野次馬の輪を縫って一人の女性が出てきた。


「わっ。ずいぶんひどい怪我……今治しますね」


 優しい声と共に、暖かい光が注がれる。

 彼女を間近で見ると、金髪で細い髪の中からとがった耳が見え隠れしていた。

 どうやら人間ではない、ワームホールから見えたエルフという種族だろう。

 その薄い唇から漏れる声は、少しの不安と慈しみにあふれていた。

「さぁ、これで痛みは……」

「うぅうう……」

「まだ何処か痛みますか?」


 心配して覗き込んでくる彼女を余所よそに俺は叫んだ!


「うおぉおおお! 異世界キター!!」


 俺の突然の絶叫に、心配していた見物客も一歩後ずさり、中には「打ち所が悪かったのか?」等と邪推じゃすいするものまでいたようだが。


 残念、私は正常だ!


「大丈夫です、この方はこれが通常運行ですから」

 俺の頭の上から俺の心の声を代弁する者が現れた。


 メイド服にエプロン。

 青い髪につけられたフリフリのカチューシャ。

 俺を騙して突き落とした、憎き我が発明品。


 ちゃっかりバーニアを使ってふわりと着地をしやがった。


「お騒がせしました、主人はわたくしがしっかりと管理いたしますので」

 そういうと見事なカーテシーを披露して、回りを黙らせる。


「時に、このキチガ……ご主人様の傷を治していただいた、心優しき女性は貴女でございますか?」


 メイは馬鹿丁寧に言葉を選んで、俺にヒールを掛けてくれた優しいエルフに質問した。

 何か俺に対する呼称が怪しかった気がするが。


「傷ついた方がいらっしゃるのですから、当然の事をしたまでです」

 エルフもなんだか丁寧にそれに返している。


「主人が礼をしたいと仰っています。お時間はございますか?」

「いえいえそんな滅相もございません」

 両手を振って遠慮しているエルフはさて置き、俺にとっても寝耳に水の話だ。


「おい、メイ! 俺は礼をするなど一言も……ぐはぁ!」


 俺の言葉を遮り、メイのかかとが未だ地面に片ひざをついている俺のあごにクリーンヒットした。

 しかもこやつ、自らのフリフリとした裾の広いスカートで巧妙にそれをごまかしてやがる!

 何て性能だ!

 作った自分の才能が憎い!


「ああなんてこと、まだ怪我が残っていたのですか?」

 しかも、顎を押さえてのたうち回る俺に対して、わざとらしく驚いて心配する顔を作ってやがる。


「だが棒読みが過ぎる!」

「しかも先ほどお礼をしたいと言っていたのも忘れるなんて、記憶も混乱しているのでしょうか?」


 どうやらメイは無理やりにでも俺を従わせたいようだ。

 屈んで同じ高さになった目には有無を言わさぬ迫力がある。

 こういう時のメイは手段を選んだりしない。


 断ればもう一発顎に良いのを入れられて、気絶したところを運ばれそうな気がする。

 これ以上痛い目を見るのは御免だ、結果が同じになるのであればここは従っておく方がいいだろう。


「わかったよ……礼をしたい」

 これで良いんだろ、ったく。


 無理やりその言葉を引き出したメイは満面の笑みを、ヒールしてくれたエルフに向けた。


「ご主人様もこう言っておられます、これも何かの縁ですから」

「いえいえ、そんな受け取れませんよ」

 エルフはそれでも奥ゆかしく断ってくる。


「それではこうしましょう、私達はこの街に到着したばかり。どこに何があるのか把握しておりません」

 ぶっちゃけ到着は数分前だ。


「この町を案内していただけませんか? お礼はその正当な報酬としてお渡しさせていただくというのはいかがでしょう?」

「はぁ、それであれば構いませんが」

「どうもありがとうございます。もしあなた様が良ければ……そういえば名乗ってもおりませんでした。これは失礼しました」


 そういうとメイは改めて頭を下げると、自己紹介を始める。

「後ろにおりますのが、わたくしのご主人様に当たります、四目よつめ博士、そして給仕をやっておりますメイ・ド・フレーズと申します」

 うやうやしく頭を下げて、敵意がない事や常識的であることをアピールしているのだろうか。


「これはご丁寧にどうも、私はライフ・グリンベル、治癒師の見習いをやっています」

 ライフと名乗ったエルフもやはり釣られて頭を下げる。

 名乗り終わって上げた顔をまじまじと見ると、年齢はまだ10代のようで、整った顔立ちに人の良さそうなタレ目が印象的な美少女だ。


 眼鏡を掛けたい!

 と思った心が何故かメイに伝わったらしく、顎に二発目の踵が寸止めされて、俺はたらりと冷や汗をかいた。


 俺は誤解だと言わんばかりにライフから目を逸らす。

 そこでようやくあたりを見回すと、ここは俺があのワームホールから覗いていた町並みそのものだった。


 目抜通りに露天が並び、活気がある。

 行き交う人の顔も幸せに溢れた街のど真ん中だ。

 それは、この場所に文明があり幸せに彼らが生きていることがうかがえるものだ。

 あのワームホールから眺めただけでも楽しめたが、やはり間近に人間以外の種族を観察したり、見た事のない物が売っている店などを見てしまうと、俺の知的好奇心がグツグツと煮え始めた。


 俺は改めて、異世界へ来た実感を噛み締める。


 俺がキョロキョロしているうちに二人の間で取り決めがなされたらしい。

 完全に蚊屋の外ではあるが、メイのやることに間違いはないだろう。


「では半時後、そこに向かわせていただきます」

「はい、私は用事を済ませてきますね」


 そういって美少女ライフは人混みの中へ消えていった。


 そこでようやくメイが俺の方へ振り返ったので、俺は並べれるだけの不平不満をぶつけてやろうとしたのだが。

 その表情を見てたたらを踏んでしまった。


「──なんだ、その顔は?」

「申し訳ありませんご主人様、メイは本気で反省しております」

 目が合った瞬間、普段は鉄仮面のはずのメイの顔が今にも泣き出しそうな表情だったからだ。


「ご主人様の特性を知っておきながら、後先を考えずに真に受けてしまうような冗談を言ってしまったことを、今では心から後悔しております」


 このロボットにもそういう気持ちがあったのかと驚く反面、こうして俺を追いかけてこの世界へ来てくれた事を少し嬉しく感じた。

 あの穴は一方通行だ、簡単に戻ることは出来ないだろう。

 それを知っても尚、自分からそれを通る決断をしてくれたのだから。

 

「その、なんだ……追いかけてくれてありがとう」

 俺の礼の言葉に頭を横に振るメイ。


「心配で心配で……気付いたら飛び込んでしまっていました」


 俺にとってメイは残された一人の家族。

 俺が彼女を大切に思うように、彼女もまたロボットの身でありながら俺を心配してくれた、そして自分の身を投じてこの場所にやってきてくれたのか、と。


「現地の方がご主人様に迷惑を掛けられないか、心配で心配で……」


「おいおい一瞬で冷めたわ。異世界でも通常運行だなお前は……ちょっとだけ感動した俺の心を返してくれ」

「すみません、心を返却することはできません」


 また鉄仮面に戻ったメイ。

 わめき散らす俺。


 異世界に来ても変わらない二人がそこにいた。

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