第7話 調べ物

 朝日に照らされながら俺とユリアはミーシャを連れて教会まで戻って来ていた。明日、ユリアとエルフの森について会談をするという約束をし、グラウスとは城で別れた。


 今日はゆっくり休もう。流石に疲れた。


 そんな事を思いながら自分達の部屋のベッドへと腰掛ける。


「ここがソラの部屋?」


「うーん。他の人も一緒に使ってるし、そもそも借りてるだけだから、まあ、みんなの部屋かな」


 部屋を見渡すミーシャ。明るい所で改めて見ると、やっぱり大きくなった気がする。


 それもそうか…約一年経った訳だしな…。


 俺はミーシャを見ながらそんな感想が出てきた。まるでおじさんみたいな感想だ。

 でも、一年。一年も時間が掛かってしまった。子供の頃の一年というのはかなり大きな意味のある一年の筈だ。その一年を失わせてしまった。

 どうやらダリウス・フィールと何かあったみたいだから何か学べることがあったのかもしれないが……まさか、ミーシャが泣くとは思わなかった。今は元気なようだが…。


「取り敢えず、今日はもう休もっか」


「ああ、そうだな」


 ユリアの言葉に俺は同意した。すると、ミーシャがユリアの方へ寄って行った。


「あの、もしかして…エルフさん?」


 首を傾げながら聞くミーシャ。すると、ミーシャの目線まで合わせたユリアは、


「そうよ。でも、私は普通のエルフじゃなくて、ハーフエルフなの」


「ハーフエルフ?」


「そう。私のおじいちゃんがハーフエルフだから正確には私はハーフじゃないんだけど…って分からないよね。ごめんごめん」


 そう言って難しい顔をしていたミーシャの頭を撫でるユリア。すると、ミーシャは嬉しそうな顔をして照れている。

 

 ユリアってハーフエルフだったのか…そういえば、サイラスの奴がそんな事を言っていたっけ?


「そろそろ寝ましょうか。ベッドはまだ余ってるみたいだから空いてるのを使って寝てね。貴方ももう眠いでしょ?」


「うん」


「じゃあ、おやすみなさい」


「…あの、私はミーシャ。貴方の名前は?」


「ああ、そっか…まだ名前を教えて無かったか…私はユリアよ。よろしくね、ミーシャちゃん」


「うん!あの…ユリアと一緒に寝ていい?」


「えっ?!良いけど…狭いよ?」


「大丈夫!一緒に寝よう!」


 そう言うとミーシャとユリアの二人は同じベッドに横になった。

 俺はそんな微笑ましい光景を見ると、自分のベッドに横になる。ユリアとミーシャの内緒話が聞こえてきたが、少しするとそれも聞こえなくなった。恐らく眠ったのだろう。

 俺も早く寝よう。明日…というかもう今日だが、調べたい事がいくつかある。

 まず一つ目は魔法について。コレはユリアに聞いた方が良いだろう。明日頼んでみよう。

 二つ目は人魔大戦について。もう少し詳しく知りたい。俺が知らないのも気になる。ついでに魔王についても調べてみよう。

 三つ目はフィールの言っていたストライドについて。恐らくは地名だろう。どれも城の図書室に行けば全部調べられるかもしれない。明日起きたら行ってみよう。

 そこで俺は考えるのを止めて眠りに就いた。




 目が覚めた。窓を見ると太陽の光が強くなっている。大体、正午を過ぎたぐらいだろうか。俺は体を起こし、ベッドから出た。体を洗いに風呂へ向かう。疲れたからそのまま寝たのでスッキリしたい。

 それから俺は風呂を済ませ、部屋へと戻ってきた。ユリアとミーシャはまだ寝ている様だ。疲れも溜まっていたのだろう。向かい合って眠る二人。


 仲の良い姉妹みたいだな。微笑ましい光景だ。


 とその時、俺はふと思った事がある。ユリアの年齢は幾つぐらい何だろうか。エルフは見た目では年齢を判断出来ない。更にハーフエルフだとすると、エルフの常識が当て嵌まらない可能性もある。


 今日、起きたら聞いてみるか…怒られないよな?


 そんな事を思いながら二人の顔を覗き込む。二人とも気持ち良さそうに寝ている。すると、ユリアが体勢を変え、仰向けになった。


 相変わらず綺麗な顔だな。


 そう思っているとユリアの目がゆっくりと開いた。青い宝石の様な目が俺の目にも映る。ユリアの目は少し寝ぼけている様な眠そうな目だ。すると、ユリアは目を逸らし、布団を口元まで被せた。


「ソラ…近いです…」


「えっ?!」


 どうやら俺は物凄く近くまで自分の顔をユリアの顔に近づけていたらしい。俺は慌てて離れる。

 と、その時、ユリアは体を起こして直ぐ、そそくさと部屋から出て行ってしまった。


 まずい。俺、もしかして嫌われた?目を覚ましたら、いきなり男が目の前に居る……人によっては恐怖するだろう。


 そう思った瞬間、急いでユリアの後を追おうとしたが、ユリアはもう見えなかった。


 ああ…もう駄目だ…終わりだ……。


 俺は嫌われた。せっかく、仲良くなれたと思った矢先にだ。

 俺は自分のベッドで大の字になり、天井の模様を見ていた。


 暫くの間、俺が絶望して天井の模様を見ていると、俺の手を叩く者がいることに気が付いた。


 もしかして、ユリアか!?


 そう思って急いで体を起こす。そこにはミーシャが居た。まだ、眠そうな顔をしている。


「ああ…おはようミーシャ…」


 俺は元気の無い挨拶をする。


「どうしたの?」


 ミーシャは俺の様子を見て不思議そうに聞く。


「ユリアに嫌われたかもしれない…」


「嫌われる?…何したの?」


「いや、それが…」


 俺がそう言い掛けた時だった。

 部屋に白を基調とした装束を着た女性が入って来た。その装束は所々に金を使っており、高級感があった。そして、肩と胸元は空いており、少し色っぽさを感じる。更に、ドレスの様なフリルの部分は目の色と同じ青色が使われている。

 そう、部屋に入って来た女性。それは紛れも無くユリアだった。


「わあ…綺麗だね…」


 ミーシャが感心した様に言葉を漏らす。俺も同じ様な反応だったが、どうやら声に出ていない様だ。


「ありがとう、ミーシャ。お風呂場に行った帰りにエマさんに会って、そしたら、私のこの服が綺麗になったからって言って渡してくれたの。素敵でしょ?!」


 そう言ってその場でくるりと一回転した。

 膝ぐらいまであるフリル部分と銀髪の髪がその勢いでふんわりとした。それを見たミーシャは拍手をしていた。俺もしていたつもりだったが、如何やら何も動いていなかったらしい。


「ユリアはお姫様なの?」


「ううん。私は普通の家の娘だよ。ただ、昔から銀髪のハーフエルフは特別で、生まれてから十八年が経ったら特別な儀式をするの。これはその時の衣装なの」


 ユリアは服がよく見えるように角度を変えたりしながら俺たちに見せていた。


「へ〜」


 ミーシャは目を輝かせながらユリアに夢中になっていた。俺はというとピクリとも動かず、目だけはユリアの動きを追っていた。自然と追ってしまっていた。

 それから、装束を見せ終わったユリアが自分のベッドに腰を下ろした。

 そこで俺はハッとなり自我を取り戻した。今日のこれからの事をユリアに相談しよう。


「なあ、ユリア。これからなんだけど、城の図書室に行ってみようかと思うんだ」


 俺は嫌われていない事を祈りつつ、いつも通りに話し掛ける。


「分かった。じゃあ、ご飯を済ませたら行こっか」


 俺はいつも通りのユリアの様子にホッとする。そそくさと部屋を出て行ったから嫌われたかと思ったが、思い過ごしだったようだ。

 と、そこでお腹の鳴る音がした。その音の正体はミーシャからだった。


「えへへ。ご飯の話されたらお腹鳴っちゃった」


 頭を撫でながら恥ずかしそうに照れている。もう正午を過ぎたぐらいの時間だからな。お腹が空くのも分かる。


「じゃあ、一緒に食べに行こっか」


「うん」


 この教会には食事をとる食堂がある。長机のある大きめの部屋だ。

 ミーシャは一足先に部屋から出て行った。場所分からないだろ?と突っ込みたくなったが、元気があって何よりだ。ミーシャがフィールの所に居ると知って、もしかしたら虐待でも受けているかもと思ったが、傷も無く、痩せている訳でも無く、むしろ元気なぐらいだった。嬉しい誤算だ。

 そんな事を考えながらベッドから立とうとする。すると、ユリアが俺の前に近付いてきた。


「どうした?ユリア?」


 緊張からか少し裏返った声になった。

 ユリアが俺の耳に顔を近付けてくる。心臓がドクドクと異常に早く波打っている気がする。ユリアさん、近いです。


「あんな近くに顔を近付けたらダメですよ?」


 ユリアの囁き声で耳朶に残る。ユリアは少し悪戯っぽく微笑みながら、けれど恥ずかしそうに顔を離す。ユリアの頬と耳がさっきより赤くなっている気がする。

 俺はどきどきする。心臓が波打っている訳でも無いのに。自然とどきどきしている事がありありと分かる。

 もし、俺が人間の心臓を持っていたら破裂しているのでは無いだろうか?


「後、お風呂に入っていない時に近付くのは禁止です」


「……」


 そう言うとユリアはミーシャの後を追うように部屋から出て行った。


 なんだよそれ…


 俺は再びベッドに横になり、天井を見上げる。

 今でも頭に残っているユリアの囁き声。顔を近付けた時にしたほんのり香る花の様な良い香り。恥じらいながら見せたあの悪戯っぽい微笑み。全てが俺の脳裏に焼きつく。


「顔を近付けたらダメなんじゃないのかよ……」


 俺は片腕を目を覆うように被せる。


 自分は良いのに俺はダメなのはズルいだろ……。


 俺は今あった事を頭の中で何回も思い出しながら、一人ベッドで横になり、そんな事を思っていた。




 それから俺達は城の図書室に来ていた。騎士達が地下水路の調査の為、出入りしていたが特別に入れてもらう事が出来た。邪魔をしない様にしよう。

 因みにミーシャはエマの手伝いでここにはいない。まあ、調べものをするだけなのでミーシャにとって暇なだけだと思うので良かったと思う。

 それで俺はまず、ストライドという地名について調べる事にした。本棚に並べられた無数の本から地名について書かれた本を探す。


「あっ、これじゃない?」


 そう言ってユリアは一つの本を取り出した。表紙には『世界の地名』と書かれている。


「おお、ありがとう」


 俺達は机に本を広げて一緒に見た。最初のページにはこの世界の全体図が書かれていた。俺達の居るライザレンジ大陸は世界の西側に位置している。バスクホロウはその中で南西だ。ここら辺はドーパン村でドリアに聞いていたので大丈夫だ。

 俺は目次を見て、ストライドという地名を探していく。


「あった」


 俺は一つ隣の中央の大陸、シレジット大陸北部にストライドという地名があるのを見つけた。それからストライドについて書かれたページまで本を捲る。

『 ストライド

 中央大陸とも呼ばれるシレジット大陸北部に位置する商業が盛んな街。

 最近はその市場の大きさから一つの国と言う者も少なくない。ここでは人族だけでなく、様々な種族が利用する為、珍しい物もよく出回る。ここ数十年で急成長した街、それがストライドだ。

 しかし、その一方で黒い噂もある。闇市なる非合法な取引が行われているというものだ。金が集まる所にはそういう輩が必ず湧いてくる。もし、この街に行くなら気を付けた方が賢明だ。それと防暑も忘れない様に。

 著者:ファンシー・バンドラ 』

 と書かれてあった。ここにフィールの言っていた”ヤツら”がいるのか?それに闇市か…少し気になるな…。


「ここにダリウス・フィールの言っていた何者かが居る」


「ストライド、この街に行けばダリウス家で火事があった日の手掛かりが分かるかも」


「ああ」


 フィールのやった行為は許される事じゃない。でも、俺は最後まで妹の事を考えていたお前の為に少し手を貸してやりたいと思った。

 それにもし、フィールの言った”ヤツら”が居るなら放っておくとどうなるか分からない。情報は少ないが、一段落ついたらストライドへ向かおう。俺は心の中でそう決めた。

 今度は人魔大戦についての本を探す事にした。さっきと同様、本棚からそれらしい本を探していく。


「人魔大戦の歴史についてはサイラスの言っていたこと以上は分からないと思うよ?」


「なんでだ?」


「私の知っている人魔大戦の話と同じみたいだったし、もっと知ろうと思ったらかなり時間が掛かっちゃうと思う」


「ん〜」


 俺は顎に手を当て考える。新しい情報は出てこないか…。

 俺が難しい顔をしていると、ユリアが何か思いついた様な顔をして、


「魔王とかルーンとかについて調べた方が良いんじゃない?」


 そう言われて思い出した。俺は魔王についても調べようと思っていたんだった。

 それとルーン。サイラスが星の恵みと言っていた。俺の記憶にはルーンというものについての情報は無い。せいぜい名前は知っている程度だ。よし、調べるか。


「そうだな。じゃあ、探すか」


 それから俺は魔王とルーンについて調べた。

 魔王。名をガラムーアという。これはサイラスが言っていたので知っていた。

 魔王は膨大な魔力を持つ魔人と呼ばれる者の王らしい。

 魔物を従えることの出来る魔人。魔力を有し、言葉を話すことの出来る人間に近い種族らしい。しかし、禍々しい外見な者が多く、それに加えて殺傷を娯楽とする文化があるらしく、人間だけでなく、他の種族からも恐れられた存在それが魔人。

 そして、魔王とはその魔人の中でも特に特別な存在らしい。

 魔人とは比べ物にならない程の魔力、怪力、知力を持つ唯一無二の存在。それが魔王らしい。つまり、魔物を従える魔人。魔人を従える魔王という事だろう。

 二千年程前、五つの種族が魔王ガラムーアを倒そうとしたが、絶大な力を持つガラムーアを倒す事は出来なかったらしい。そこでルーンの力を借りて封印したというのが歴史のようだ。

 倒そうとしたのに出来なかったというのを知れたのは新たな情報だった。でも、これはつまり、封印するしか手段がなかったという事だ。あまり知りたくない情報だったかもしれない。

 次は星の恵み〈ルーン〉について。

 ルーンはこの世界に火、水、風、土、光の五つある。ルーンは大きなクリスタルの様な見た目をしており、膨大な魔力を有しているらしい。

 現在は五つのルーンそれぞれを守る種族がおり、それがサイラスが言っていた長耳〈エルフ〉族、妖精族〈フェアリー〉、魚人族〈ウンディーネ〉、巨人族〈ギガンテス〉、龍人族〈サラマンダー〉らしい。

 それと、何故、ルーンが星の恵みと呼ばれているのかというと、この世界には元々ルーンは存在していらしい。でも、そんなに崇められてはいなかった。

 だが、ある時、世界は大災害に見舞われた。それによって多くも者が死んだらしい。このままでは世界が崩壊してしまう。そんな時、五つのルーンが輝きを放ち、世界を元の状態まで戻すという奇跡を起こしたらしい。

 それから種族関係なく、この世界に生きるもの全てがルーンを崇めた。その時に星の恵みという名が付けられたということだ。


「なるほど。大体、分かった」


 俺は満足して本を元の場所に戻した。


「調べたい事は全部調べられた?」


 ユリアが顔を傾けながら聞く。そういえば、ユリアに魔法について教えてもらおうと思っていたんだった。

 俺の力は魔法では無い。なので、上手く魔法を使い合わせる事が出来たらもっと強くなれるかもしれない。守りたい者を守れるようになろう。特訓だ。


「ユリアに魔法について教えて欲しんだけど、ダメかな?」


「魔法?」


 ユリアは不思議そうに聞き返す。


「もっと強くなりたいんだ!大切な人を守れるように!」


 俺は心からの声を言葉にした。


「分かった。まだ、暗くなるまでには時間があるからいいよ」


「ありがとう」


 それから俺とユリアは図書室を後にした。

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