第6話 悪人の願い

 サイラスにはグラウスが付き、フィールには俺とユリアが付いた。三人対二人なので数的にはこちらが有利だが相手が相手なだけに油断は出来ない。


「俺も成すべき事がある。お前をここで殺すのは惜しいが…俺の野望の為に死んでくれ」


 俺に剣を向けてそう言うフィール。今までの怠そうな雰囲気からぴりりとした雰囲気へと変わっていた。コイツも本気という事だろう。だが、


「野望…か……お前がどんな野望を抱いているのか知らないがこれまでお前が奪ってきた命にもそれはあった」

「人生なんてのはどうなるか分からない。でも、一生懸命生きようとした。夢も…希望も…明日も…あった筈なんだ」

「もしかしたら、中には絶望していた奴も居たかもしれない。死にたいと思っていた奴が居たかもしれない。でも、だからってお前が奪っていい命なんて無い!お前は奪ったんだよ。生きる可能性を殺した。希望を殺した」

「だから、俺は今までのみんなの思いを背負ってお前の野望を殺す!ダリウス・フィール!お前はここで俺が止める!」


「フっ…そうか。まさかお前に説教されるとはな。人ってのはやはり変わらないらしい。お前、暴走した時も似た様なこと言ってたぞ」


「前に戦った時の俺と同じと思うなよ!」


 あの時はまだ力の制御が上手く出来なった。でも、今なら出来る!


「ソラ!私も貴方と一緒に戦います。貴方がくれた優しさ、温かさはみんなの希望になる筈です」


「ユリア…ありがとう。やろう!二人でコイツ〈ダリウス・フィール〉を倒そう!」


「はい!」


 俺とユリアは顔を合わせてそう言う。


「お前が報告にあったエルフか。お前も俺の邪魔をするならタダでは済まんぞ」


「望むところです!私はもう後ろは向きません!」


 ユリアは力強い口調でそう言い放つ。


「フィール!分ってるな!そのエルフは絶対に殺すなよ?」


「チっ…分ってるよ」


「随分と余裕そうだな、サイラス」


 グラウスの剣を握る手に力が入る。


「ああ…ラフィーリア家は代々、このバスクホロウの宮廷魔術師として支えてきた。僕はその中でも歴代最高の宮廷魔術師だ。貴方ぐらいになら遅れはとらない。この狭い場所でもね?」


「んん…」


 グラウスがサイラスに剣を向けながら睨み付ける。


「さっさと終わらせよう!『サンド・ゴーレム!』」


 サイラスが後ろへ距離をとりながら魔法を唱えた。すると、地面から砂で出来たゴーレムが這い出るように現れた。


「サンド・ゴーレムか。砂で出来た体が物理攻撃を受け流す厄介な相手だ」


「狭い場所だからね。僕の盾になるものが必要だろ?」


「あれがゴーレムか。実際に見たのは初めてだな」


 俺は人の三倍程ある砂のゴーレムを見ながら言った。


「よそ見するとは随分余裕だな!」


 そう言うとフィールは俺の目の前まで一瞬で移動した。そして、剣を薙ぎ払う構えをとる。早い!


「『ライトニング・アロー』」


 ユリアの光の弓矢がフィールに向けて放たれた。


「ふん!」


 それをフィールが剣を使って弾き切った。光の粒子のようなものが辺りに散る。助かった。

 俺はその隙を突くように右拳をフィールに向けて殴り付けた。


「チームプレイって訳か」


 フィールは俺の攻撃を両手で庇う様に受けた。


「吹っ飛べ!!!」


 フィールを殴る俺の腕に力が入る。俺の右拳は今までにない程大きく、そして、密度の濃い青い炎で覆われる。俺が持てる最大をこの一撃に乗せる。

 すると、フィールは石で出来た柱を一つ壊して壁まで吹き飛んだ。


「ふう〜…」


 俺は口から青い息を逃すように吐いた。吹き飛ばされたフィールの方からは土煙が上がり、様子がよく分からない。


「凄い力…」


 ユリアが驚いた様に言葉を漏らす。


「あの少年…一体…」


 その場に居合わせた誰もが俺に驚いた反応を見せていた。


「はっ…今のうちに支援魔法を…」


 そう言ってユリアは俺に支援魔法を掛けてくれた。


「ソラ殿にこんな能力があったとは…」


 グラウスがゴーレムのパンチを剣で受け止めながら言った。


「あの少年に少し興味が湧いた。が、今はグラウス、貴方を殺さなければならない」


「そう簡単に殺されるつもりは…無い!」


 グラウスは一旦、ゴーレムから距離をとる。すると、サイラスは持っていた杖を上に掲げた。


「余り長い時間ここに止まるのは賢明ではない。これで終わりだ!超上級炎魔法、『テラフレイム!』」


 そう言うとサイラスの杖に炎の球が出来、どんどん大きくなっていく。


「この場所でそんな魔法を使おうもんなら崩れるぞ!サイラス!止めるんだ!」


 グラウスはゴーレムの攻撃を躱わしながら言う。


「そんな事分かっている。だから、やるんだよ!」


 そう言うとサイラスは自分の何倍もの大きさになった炎球をグラウスに向けて放った。


(くそ…このままじゃ全員この場所で潰れるぞ)


 炎球はどんどんグラウスへ迫っている。


「こうなったら焔斬りで…いや、私が自ら受けるしか…」


 その時だった。ユリアがグラウスを守る様に前で立ち塞がる。


「ユリア殿!何を!」


「ユリア?!」


 そんな二人の言葉を気にもせず、ユリアは両手を前の方へと翳した。そして、


「『マジックバリア!』」


 その瞬間、ユリアの前に薄い紫色をしたガラスの様なものが現れる。すると、サイラスの放ったテラフレイムとユリアの作り出した障壁が打つかる。


「魔法軽減の壁か…流石、魔法が得意な長耳〈エルフ〉族なだけあるな」


 ユリアの作り出した障壁に打つかった炎球はそこで分散し、辺りの壁や天井に打つかった。


「上手く力を分散されたか…」


「助かった、ユリア殿」


「はい」


「ふう…」


 取り敢えず何とかなったか…。


 しかし、俺が安堵しているとさっきの衝撃からか壁や天井に亀裂が入り、どんどん大きくなっていく。


「これは…ここはもう崩れる。ソラ殿!ユリア殿、一旦、ここから脱出を。さっきの道まで戻れば大丈夫な筈だ」


「僕がそうさせるとでも?」


 そう言うとゴーレムは両腕を上に上げた。そして、ユリア目掛けてそれ振り下ろした。


「?!」


 ユリアはその場にしゃがみ込む。目を閉じ、両手で自分を庇う様にして。しかし、ゴーレムの攻撃が来ない。そこでユリアは片目をゆっくりと確かめる様に開ける。


「ユリア…大丈夫か?」


 俺は両手と頭を使いゴーレムの攻撃を受け止めた。


「…っ?!ソラ!」


 俺の額に赤い血がすぅ〜と垂れる。初めて血を流したが、今はそんな事はどうでもいい。ユリアが無事なら。


「俺がユリアを守る!」


「ユリア殿!サンド・ゴーレムは水に触れるとその部分が固まり、砂の状態を維持出来なくなる弱点があります。私がサイラスを止めている間に二人でそいつを倒して下さい」


 そう言ってグラウスは走り出す。


「分かりました。『バブルウォーター!』」


 ユリアが手を前に翳しながら言うと、地面からシャボン玉の様なものが次々と生まれていた。そして、そのシャボン玉はゴーレムの方へ集まっていく。


「ソラ!ゴーレムから離れて!」


「分かった!」


 俺は上手くゴーレムから離れた。すると、ゴーレムに集まっていたシャボン玉が一斉に割れた。シャボン玉に入っていた水がゴーレムを濡らし、砂で出来た体の色が変わる。


「ここまで邪魔が入るのは予想外だ…『ウィンドカッター!』」


「そうはさせん!」


 風魔法を発動しようとしたサイラスをグラウスが剣で切り付け阻止する。


「くっ…グラウス…」


 サイラスは顔を顰める。


「『アイスブリザード!』」


 ユリアはその隙を突く様に魔法を唱える。すると、冷気を帯びた強風がゴーレムに直撃する。見る見るうちにゴーレムの全身が凍っていく。


「氷魔法?!」


 そんな魔法は無かった気がしたが…。


 俺がそんな感想を抱いているとゴーレムが完全に動きを止め、カチカチに凍った。すると、ゴーレムにヒビが入り、次の瞬間、粉粉に砕け散った。


「何とか倒せました…」


「後はサイラスだけか」


 そう言ってサイラスの方を向く。どうやらグラウスの方が少し押していた。魔術師は近距離が得意では無い。この狭い場所では上手く戦えないのだろう。


「こんな形で殺り合うとはな」


「僕の研究は合法でやるには時間が掛かり過ぎる」


 サイラスがグラウスに押されながらも魔法を上手く使って捌いている。


「今は亡き両親もさぞ悲しんでいるだろう」


「フンっ、それはどうかな?」


「どう言う事だ?」


 二人の攻防が一旦途切れる。


「僕の研究はそもそも父上、ラフィーリア・コンセントの研究だった」


「何だと?!あのコンセント殿が?!」


 驚きを隠しきれないといった表情のグラウス。


「父上は亡き母上をこの世に呼び戻そうと蘇生魔法の研究を始めた。まるで何かに取り憑かれたかの様にね」

「研究に没頭する父上は見るに堪えなかった。そして無理が祟り、母同様、病に倒れ、そのまま死んだ」

「それから僕は父上のその研究の後を継いだ。蘇生魔法については興味があった。もし、蘇生魔法について何か解読出来たならそれは人類にとって新たな可能性の大きな一歩になる」

「病に苦しむ者、永遠の命を欲する者、家族の死を惜しむ者。様々な者にとって希望になる。どうだ?素晴らしいとは思わないか?」


 俺はこのサイラスの話しを聞いた時、心の中がモヤモヤしていた。生き物には必ず死が存在する。生まれたものはやがて死ぬもの。コレは当たり前の事だ。でも、もし、永遠の命、病の無い世界になったら?それは幸せな事なんじゃないだろうか…悲しみの無い、死の無い世界…。


「確かにお前の言いたい事も分からなくはない。だが……」


「だが…?なんだろう?」


「私はこの国の騎士団長として、そして、一人の人間としてお前のその犠牲を伴うやり方を許す訳にはいかない」


「研究には犠牲が付き物だ。何も今回の事に限った話では無い。犠牲があるから我々の今があるんだ」


「それでも私はお前をこのままにする事は出来ない!」


「そうか…ならばこの場で死んでもらおう。『インフェルノ!』」


 サイラスは後ろへ飛んでグラウスと距離を離しながら、杖に炎が渦を巻く様に集まっていき炎球を作る。赤い炎の球が段々と小さくなり、赤から白へと色を変えていく。


「グラウスさん!」


「間に合わない。ソラ、私の後ろへ!『ハイネス・マジックバリア』」


 ユリアが自分と俺を囲む様に球状の障壁を作る。それから炎球は拳よりも一回り小さくなると、グラウス目掛けて発射された。


「くっ…私はこの国の民を守り、王を守る騎士団長、シリオン・グラウスだ!ここで死ぬ訳にはいかない!」


 グラウスは腰を落とし、サイラスの放った魔法に集中する。


「天級魔法だ。いくら貴方でも死は免れない。私も死ぬかもしれないがここで捕まるぐらいなら共に死のうじゃないか」


 サイラスの放った魔法は俺が見た事のある魔法の中で一番魔力の密度が濃いのを感じた。

 アレを食らったら本当にグラウスは……『ユリア』そう言おうと俺はユリアの方に顔を向けた。しかし、ユリアは辛そうな顔を浮かべている。そのユリアの顔を見た時、俺は話し掛ける事が出来なかった。そのユリアの顔が全てを物語っていた。俺はもう一度グラウスの方に目をやる。腰を落としたグラウスがその瞬間に備えていた。そして、


「は”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」


 グラウスは掛け声と共に走り出す。そして、剣を下の方へ構える。


「『焔ぎ』っ…!?」


 その時、何者かがグラウスを蹴り飛ばした。すると、その者は腰を下げ、グラウスと同じ様な構えをとる。


「『合技・焔返し!!!!!』」


 そう言うとその者は剣で魔法を真っ二つに切った。


「貴様!どういう…!」


 サイラスがそう言い掛けた瞬間、切られた魔法から白い炎が一気に燃え広がった。その勢いはまるで爆発でもしたかの威力だった。目の前が真っ白な世界へ変わっていく。その中で俺は銀髪の剣士の背中を見た。




 砂煙が収まった頃、辺りがやっと見えてきた。壁や天井もボロボロで柱は辛うじて一本残して全て壊れていた。ここでユリアが障壁を解いた。


「酷い有り様…」


 辺りを見渡しながら言うユリア。


「ユリアはグラウスさんを探してくれ。俺はアイツを…」


「分かった」


 それから俺達は別れた。


 アイツ…どこに行った…。


 瓦礫の上を進んでいく。


「アレは?!」


 前方の壁に倒れている人を見つけた。俺は急いでその者まで近づく。そこには全身火傷と傷だらけで右腕が無く、血を大量に流した状態のダリウス・フィールがいた。これはもう…一目見ただけでそう思わされる程に悲惨な状態だった。


「どうしてお前は…」


 俺はフィールの行動について考える。

 

 何故、グラウスを庇う様な真似をしたんだ。お前は一体、何がしたかったんだよ…


「くはっ……!」


「!!?」


 血を吐きながら咳き込むフィール。


 この傷でまだ息があるなんて。


「おい!大丈夫か!?」


「…お前…か…」


 今にも消えそうな声で言うフィール。


「ミーシャなら…この先の…部屋にいる…」


 虚ろな目で俺を見ながら言うフィール。


「どうして…」


「本当は…分かってたさ………妹が…いたんだ…だが死んだ…火事で…」


 荒い呼吸をしながら何とか絞り出した声で話す。


「でも…火事は…事故じゃない…」


「どういう事だ?」


「何者かの……はぁ…はぁ……」


「おい!」


 そこでフィールは左手で俺の服を引っ張った。死にかけている人間とは思えないほど力強く。


「頼む……ストライド…そこに…奴らは……」


 そう言うとフィールの目から光が消え、俺の服を掴んでいた左手は地面へと落ちた。あんなに力強いと思えた手がだ。俺は初めて人の死を目の当たりにした。何とも言えない気分だ。俺達に散々な事をやってきた奴なのに。

 俺はフィールの目を閉じてやると、さっき言っていた部屋へと向かった。木製の簡易的な扉。鍵もしてなく簡単に開いた。


「ミーシャ!!!」


 部屋には怯えた感じで小さくなっていたミーシャがいた。


「ソラ?…ソラ!!!」


 俺は駆け出してきたミーシャと抱き締め合った。


 久しぶりに見るミーシャの姿に自然と嬉しさが込み上げてくる。


「大丈夫か?怪我とかは?」


「ううん、平気」


「そうか」


 元気そうなミーシャを見てホッとする。と、その時、大きな音と共に地面が揺れ出した。


「さっきのでもう限界なんだ。ミーシャ、ここは危険だ。一緒に逃げよう」


「でも…」


 そう言って下を向くミーシャ。


「どうした?」


「フィールのおじさんは?」


 心配そうなミーシャの表情。それは予想外の言葉、反応だった。俺は返答に困る。


「ミーシャ……ダリウス・フィールは…死んだ」


 俺はミーシャの肩に手を伸ばし、目を見て言う。


「そんな…」


 涙を浮かべるミーシャ。


「今は…とにかく行こう」


 俺はそう言ってミーシャを抱き抱える。




 それから俺は涙を流すミーシャを抱き抱えてさっきの場所まで戻って来ていた。すると、グラウスがユリアの肩を借りる様にして立っていた。


「その子がミーシャか」


「はい」


「よし、では、一先ずここから離れよう」


 俺はここでミーシャを地面に優しく下ろした。


「先に行っていて下さい」


「何を?」


「ダリウス・フィールの体を上まで持って行きます」


「……そうか…では、私はそこのサイラスを上まで連れて行こう」


 グラウスはユリアの肩を借りるのを止めると一人でサイラスを担いだ。

 それから俺達はサイラス、そして、フィールも一緒に城内まで戻った。途中、騎士達と合流した為、サイラスは身柄を拘束された後、その騎士達が連れて行った。

 城内に戻ると、窓から見える空は明るくなり始めていた。

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