第5話 地下水路

 俺とユリアは夜になるまで部屋で少し休憩をとっていた。


 この下にミーシャが……一刻も早く助け出してあげたい。


 自然と拳に力が入る。あの時、もっと俺に力があれば…そう思って奴隷としての日々を過ごしていた。でも、チャンスは来た。絶対助ける。


 そう思っていると、ユリアが俺の隣に腰を下ろして手を握ってきた。


「どうかしたのか?」


 ユリアは心配そうな何処か不安に思っている顔をこちらに向けている。すると、ユリアは俺の手を握ったまま自分の胸の前まで待っていき、祈る様に目を瞑った。

 ユリアは暫くその態勢から動かない。

 長耳〈エルフ〉族の祈りか何かなのかと思った。しかし、何処か違う気もする。暫くこの態勢を続けていると、如何してもユリアの方に意識が行ってしまう。そして、特徴的なサファイア色の目を閉じていると、他の所にも自然と目が行く。長いまつ毛、薄い桃色の唇、少し赤くなった頬。銀色の長い髪が腰辺りまであり、腰掛けているベットにまで届いている。胸は大きいのに体は細身で、ちょっとした事で吹き飛んでしまいそうな感じだ。

 そんな事を思っていると、一つ気が付いた事がある。それはユリアの胸から俺の手に心臓の鼓動が伝わって来ていた。かなり早い気がする。大丈夫だろうか……。


「あの…ユリア…?」


 俺がユリアに話しかけた瞬間、ユリアのサファイア色の目が俺の事をしっかりと見つめた。その瞬間、俺はドキッとした気がした。

 ユリアは俺の手を元の位置に戻すと、また目を閉じて、再び手を胸に当てて深呼吸をした。すると、何かを決めた様な顔付きになった。そして、ユリアは立ち上がると窓の方へ近づき、ベランダに出た。


「ユリア…?」


 俺は戸惑いながらユリアの後に続いてベランダに出た。ベランダに出ると、夕陽がユリアの後ろ姿を照らしていた。赤と銀が俺の目に写る。俺が見てきたものの中で一番綺麗だった。

 すると、ユリアが俺の方へ振り返る。長い銀髪が風に吹かれ、ふんわりと風に流れる。

 俺は今日、赤い世界に微笑む銀髪のエルフを見た。




 夜になると、俺とユリアはグラウスに連れられて城内の中庭まで来ていた。中庭に着くと、武装をした騎士が集まっていた。


 かなりの数だな。


「集まったな。では、早速だが、これより地下水路の調査を行う。戦闘になる事も十分に考えられる。皆の者、心してかかれ!」


「「「はっ!!!」」」


 話し終えたグラウスがこちらに戻って来た。


「では、行こうか。編成はもう決まっている」


「分かりました」


 それから俺たちは城内の一階にあるとある階段まで来ていた。


「二人とも、準備は良いか?」


 俺とユリアは首を縦に振る。


「これより、我々は地下水路へ侵入する。入り口はここの階段の踊り場、そして、もう一つは図書室だ。こちら側は私とソラ殿とユリア殿。そして、向こうは騎士副団長のバレットと宮廷魔術師のサイラス、そして、私の信頼出来る知り合い数名がいる」


「分かりました」


「うむ。我々三人は固まって行動しよう。二人は奴らの奴隷だった。もしかしたら、君たちを狙って襲ってくるかもしれない」


「はい」


「では、行こう」



 それから俺たちは階段の踊り場から地下へと進んだ。騎士達は十人前後のグループを作り、先に地下水路へと向かっていた。


「前にも話したがこの地下水路は長らく使われていない。我々もどんな構造なのかを大まかに知っているだけだ。今は奴らの方が詳しい可能性がある」


「はい」


 アイツらの庭って事か。


「もしかしたら、罠もあるかもしれない。気を付けて進もう」


「はい」


 暫く階段を降りると、水の流れる音がしてきた。


「よし。ここからだ」


 グラウスが手に持っていたランタンを前へ構えて言った。


「これから我々は南東方向へ向かう。奴らの奴隷アジトから逃げて真っ直ぐ向かうとその方向だ」


「行きましょう。アイツらをこのままにはしておけない」


「ああ」


 待ってろよ、ダリウス・フィール。ミーシャを返して貰うぞ!


 それからグラウスの後に付いて行き、地下水路の南東方向へと進んだ。地下は水が流れている部分と人が通れる部分で分かれており、思ったより早く進めた。

 暫く進んで、ふと後ろのユリアの事を見てみた。居なくなってるなんてこと……。


「?」


 不思議そうにこちらを見てくるユリア。


 まあ、足音も聞こえてたし流石にな。


「何があっても俺が絶対助ける。だから心配するな」


 何となく心配になってそんな言葉が自然と出た。


「…」


 ユリアは少し驚いた顔をしていたが、首を縦に振った。彼女の微笑んだ顔を見ると何だかホッとする。


「二人とも、この先にちょっとした空間がある。音の反響が変わった。もしかしたら、奴らかもしれない」


「分かりました」


 それから俺達は慎重にその音の反響が変わった方向へと進んで行く。気付かれない様にランタンの灯りを消した為、殆ど見えない。壁に手を触れながらゆっくりと確実に進む。すると、前方にうっすらとだが、明かりが見え始めた。


「当たりの様だ。二人とも行くぞ」


 俺とユリアは首を縦に振り、合図する。それから三人は音を立てないよう慎重に近づく。


「騎士団の奴らがここに入ってきたらしいぞ」


「こことも遂におさらばか」


「さっさと行こうぜ」


「まだ頭が来てねぇ」


 そんな黒翼団の会話が聞こえてきた。グラウスは俺とユリアに目で合図すると勢いよく奴らの前に飛び出した。


「そこまでだ!」


 グラウスに続くように俺たちも飛び出す。


「くそ!もう来やがったか」


 そこにいた奴らが武器を構える。


「コイツ、騎士団長のグラウスじゃねぇか!」


「ついてねぇぜ」


「お前達はここで私が捕える!」


 そう言うとグラウスは勢い良く黒翼団の奴らに向かって走り出した。グラウスは一人、また一人と黒翼団の奴らを倒していく。そして、最後の一人を負かし剣を向けた。


「ダリウス・フィールは何処にいる」


「くそ……頭はこの先にある隠し扉の先にいる」


「そうか」


 そう言うとグラウスはその男を気絶させた。


「俺たちの出番は無かったな」


 俺とユリアは呆気に取られていた。


「急ごう。逃げられてしまう」


「はい」


 それから俺たち三人は隠し扉を見つけ、奥へと進んだ。通路は等間隔で明かりが灯されており、走って奥へ向かうことが出来た。そして、暫く走ると開けた場所に着いた。


「ここが奴らの言ってた場所か」


 警戒しながら辺りを見る。そこそこ広めの空間で柱が数本あり、松明が辺りを照らしている。


「思ったより早かったな」


 声がした方を向く。


「鉱山のアジトが襲われたって聞いてな。ここも直ぐにバレると思っていたが…」


 そこには剣を抜いた銀髪の男が居た。


「ダリウス・フィール!!!」


「よお。久しぶりだな。元気か?」


「ミーシャは何処だ!」


「…あの少女か?さあ?何処だろうな?」


「くっ…お前…」


 得意げに言うフィール。すると、そこでグラウスが間に割って入る様に言った。


「お前は…やはり!」


「これは…お久しぶりです。シリオン・グラウス殿」


 どう言うことだ?二人は知り合いなのか?


「ダリウス・フィール。その名前を聞いた時、もしやと思ったが…やはりダリウス家の長男だったか」


「ダリウス家か…懐かしい響きだな」


「ダリウス家?」


 俺は疑問を漏らす様に言った。


「ダリウス家は十年程前に無くなった我が国の貴族だ。火事で家は全焼。住んでいた者は長男を残して全員亡くなったと聞いた」


「そうだ。俺はダリウス家唯一の生き残り」


「火事の後、行方が分からなくなっていたが、まさかこんな事になっていたとはな」


 グラウスは剣をフィールに向けて構える。


「騎士団長と戦えるなんて光栄だな」


「俺も居る」


「ああ、そうだったな!」


 そう言うとフィールは腰を落とした。辺りに緊張が走る。

 俺はここで全身に青い炎を纏う。


「今度はちゃんと意識があるみたいだな」


「お前を倒す為に色々と試したからな!」


「そうかい…じゃあ、グラウス騎士団長も居る事だし、俺も本気でいくか!『スピードウェイト!』『パワーウェイト!』『ガーディアンボディー!』」


 そう言うとフィールの体を三色のオーラが一瞬纏った。そして、次の瞬間、フィールは俺に向かって駆け出した。


 速い!


 一瞬フィールの姿を見失ったが、こちらに近づいているフィールを捉えると俺は右手に力を込める。すると、フィールはあっという間に間合いを詰め切り、剣を上から俺に向けて振り下ろした。


「そうはさせん!」


 それをグラウスが剣で受け止めた。剣と剣が打つかり、カンという音と共に火花が散る。


「まあ、そう簡単には行かねぇわな」


 二人が押し返そうと剣に力を入れる。


「ガラ空きだぞ!」


 俺はそれを見て右手に力の全てを込めてグラウスの後ろから出ると、空いているフィールの脇腹を目掛けて右手を殴り付ける。


 これならいける!


 自分の右手が相手の脇腹に近づきながらそう思った。しかし、


「ソラ!危ない!」


 俺はその声がした瞬間、自分に近づいて来ている炎球に気が付いた。その瞬間、伸ばしていた右手を無理矢理その炎球に向けた。すると、青い炎の拳と炎球が打つかる。


「はああ!!」


 青い炎と赤い炎が辺りに散る。


「遅かったな!」


 そう言ってフィールは剣を弾き後ろに下がり、グラウスから距離をとった。


「お前だったか…」


 俺たちの前に居たのはラフィーリア・サイラスだった。


「利害の一致というやつですよ。僕は足の付かない駒が欲しい。フィール君には場所と情報の提供をする。そうやってここ数年は上手くやっていたんですがね」


「なるほど。ここ数年、黒翼団がこの辺りで活動していたのもそういう事か」


「まあ、そういう事です。フィール君がドーパン村の人間をそのままにした時は如何なるかと思いましたが…今となっては如何でも良い事…」


「どういう意味だ?」


「僕はとある魔法に関する研究を行っている。それは生に関する魔法。簡単に言うと蘇生魔法です」


「そんなものが本当に存在するというのか…」


「ええ。しかし、研究は困難を極めました。死んだ者を蘇らせるのはそう簡単ではない。色々調べていく中で僕がこの研究を成功させるにはとある人物が必要不可欠だった…」


「……ユリア殿か」


「ユリアが…」


 生に関する魔法、蘇生魔法…聞いた事が無い。そんなものがこの世にあるのか?それとユリアにどんな関係があるっていうんだ…。


「多くの史料を調べていく中で蘇生魔法は長耳〈エルフ〉族が知っているのではと仮定した。とある文献に一人のエルフが不思議な魔法を使い、死んだ人間を生き返らせた事があるという文献を見つけたからだ」

「それから僕はエルフについて調べ漁った。しかし、蘇生魔法の記述が無い。隅々まで調べた。しかし、やはり見つける事は出来なかった。長耳〈エルフ〉族が知っているという仮説は間違っているのか?そう思った僕は考え方を少し変え、そのエルフについて調べる事にした」

「すると、そのエルフに該当する人物が一人だけ浮かび上がって来た。それは人魔大戦の時代、魔王を封印した一人、エルフのブリキッドでは無いかと。彼女ならば死んだ人間を蘇らせる魔法を知っていても不思議ではない」

「そこでブリキッドの事を詳しく調べた。すると、そこで分ったのはどうやら彼女は銀髪のハーフエルフで装束を身に纏っていたということ」


「銀髪のハーフエルフ…」


 俺はユリアの方に目をやる。


 確か着ていた服も特別感のある服だった。まさか…。


「結局、何故長耳〈エルフ〉族に伝わっていないか分からなかったが、伝統的な魔法か何かの決まりで一部の長耳〈エルフ〉族しか知らないのだろう。まあ、僕の目の前にはその魔法を知っているエルフがいる。調べた特徴から見るに間違いない。どうだろう?話せる様になった様だし何か言ってくれないか?」


「確かに私はその魔法について知っています。でも、教える訳にはいきません」


「まあ、そうだろうね」


「この魔法を必要とする者は多いでしょう。しかし、この魔法は持つべき者が正しい使い方をしなければなりません。私は私が信じた者の為に魔法を使います。貴方のような者に教える魔法はありません!」


 俺はユリアの怒った声音を初めて聞いた。


 ユリアも怒るんだな。当然といえば当然か。


「フン、後で無理にでも聞かせてもらう。フィールやるぞ」


「分かってるよ。俺もこんな所で捕まる訳にはいかないしな」


「私がサイラスを抑える。ソラ殿とユリア殿はフィールを頼む」


「分かりました」


「はい!」

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