第29話 特別な配信って
「ベアーちゃん、十万人おめでとうございます!」
先日エリザベアーはチャンネル登録者十万人を達成した。昨夜の十万人記念配信にはマレ熊もリアタイし、ドキドキしながらお祝いのコメントをした。エリザベアーはすぐマレ熊のコメントに気付いて読み上げてくれた。
「ありがとうございます。コメント嬉しかったですよ、リスナーもマレ熊ちゃんが来てくれて喜んでましたし」
「それはよかった! リスナーさん達もすごい盛り上がってて、本当にいい配信だったよ~」
「マレ熊ちゃんも……そろそろじゃないですか?」
「え?」
「マレ熊チャンネルの登録者数も五万人までもうすぐですよね」
エリザベアーはVtuberを始めて半年もたっていないマレ熊が五万人いくのはすごいことだとほめてくれたが、マレ熊はなんともいえないきまりの悪さを感じた。なぜならマレ熊の数字が増えたのは、エリザベアーのおかげだからだ。
初の二人コラボに始まり、今日も配信予定である恐竜サバイバルゲームを始めてからというもの、マレ熊の登録者数はずっと右肩上がりだ。母数の多いエリザベアーのリスナーの目に触れる機会を得たことで、エリザベアーと絡みの多いマレ熊を登録してくれた人が数多くいたのだろう。正直自分の数字はエリザベアーに底上げしてもらったようなものだ。
「うーん……。わたしは五万人いったとして何かするとか全然考えてなかったけど、それってまずいかな?」
「記念配信をするかどうかは個人の自由ではありますけど……」とエリザベアーは首をかしげながら、言いにくそうに続けた。
「たださっきも言ったように、数ヶ月で五万人はそうあることじゃないんです。新人ライバーの間ではマレ熊ちゃん結構注目の的なので、五万人いって何もしなかったら……悪目立ちしてしまうかもしれませんね」
「わ、悪目立ちか~全然考えてなかった。わたしちょっと考えが足りなかったかも」
一年間の限定活動というのは自分の中だけで決めていることなのだ。他人から見れば、マレ熊も活動を始めたばかりの新人ライバー。数字を気にする方が普通だ。
少し周りに足並みを合わせた方がいいかもとマレ熊が考えていると、エリザベアーが真剣な声で話し始めた。
「——けれど、ただ周りの目が気になるからという理由で、お祝い配信を行うんだとしたら、その気持ちはリスナーに伝わると思った方がいいです。リスナーは多くのライバーを見てますから、ライバーの熱量の違いに敏感です」
心を読まれたように感じてギクリと固まる。熱量の違い。今のマレ熊がタイトルだけお祝い、記念などと銘打って配信を行っても、きっと昨日のエリザベアーの配信のような雰囲気にはならないだろう。
「……ベアーちゃんはさ、昨日どんな気持ちで配信してたの?」
「私の場合は……二人きりだから正直に言いますけど。今でも何で自分がこんなに伸びたかわからないんですよね」
エリザベアーの弱音ともいえる発言にマレ熊は驚く。エリザベアーはゲームは上手いし、声は可愛いし、推される理由しかないライバーだ。そう反論の言葉が出そうになったが、口は挟まず黙って聞くことにした。
「自分の配信が多くの人に見られるだけの価値があるものなのか……疑問です。でもだからこそ見に来てくれるリスナーに応えたい。自分の価値はわからないままだけど私の配信を見て、楽しいと言ってくれる人たちが次回も来てくれるような配信をしていきたい。そういう気持ちが根底にはあると思います。答えになっているでしょうか?」
自分の配信にどれだけの価値があるのか、それはマレ熊にも覚えのある感情だった。エリザベアーもその感情を抱えながら、精一杯自分にできることでリスナーに誠意を見せている。
「ベアーちゃん、ありがとう。すごく参考になった」
「よかったです。なんだか色々言ってしまいましたが、あなたのチャンネルですから。自由にやってください」
「うん! 自由にゆるくは大得意だよ!」
「フフッ……そうでしたね。さぁ、そろそろ今日の配信始めましょう」
配信終了後、マレ熊はベッドに横たわりながら、自分のチャンネルについて考えていた。
自分は特別ゲームが上手いわけではないし、トークが面白いわけでもない。それでも自分の配信を楽しみにしてくれてるリスナーが今や五万人近くもいるのだ。改めて考えるとすごいことだ。
「やっぱり何かしたいな……」
ここまでチャンネルが大きくなった記念として、特別楽しい配信をみんなに届けたい。その気持ちに嘘はない。
すっかり目が冴えたマレ熊は起き上がって、本格的に考え始めた。
——特別な配信って具体的にはなんだろう。いつもはなかなかできないもの……
自分が他のライバーと比べて特別な点は一つ思い当たることがあった。それはお金だ。マレ熊は現在、会社から休職手当をもらって生活費はそこからまかなっている。Vtuberとしての収入には手を付けてない状態だ。このお金を配信に生かすことで皆に還元する。もし記念配信でそれができたら。
「えぇっと、マレ熊として稼いだお金を使ってリスナーを楽しませるような配信か……うーん、ちょっと他のライバーさんの配信を参考にしてみようかな」
動画配信サイトで他のライバーの記念配信や誕生日配信などを見てみる。大人数凸配信、長時間カラオケ配信、ゲームクリア耐久配信……
「ベアーちゃんもゲームクリア耐久やってたな。わたしもちょっと挑戦してみたいけど……」
十万人記念配信でエリザベアーは「死にゲー」として名高い超難アクションゲームをクリアするまで配信するという企画を行った。持ち前のゲームセンスを生かし、迫力ある戦いが続く見ごたえのある配信だった。マレ熊にはとても真似できない。もし耐久配信をやるとしても内容は慎重に考えねば。
「あとは……そうだ。リスナーさんからきてる要望も見てみよう」
リスナーからきたメールを確認する。応援のメッセージに加えてマレ熊にやってほしいゲームが数多く挙げられていた。
その中でマレ熊の目を引いたのは、ソシャゲをやってほしいという要望だ。みな自分がハマっているソシャゲを強く推していて、ゲームのおすすめポイントを熱く語っている。
「ソシャゲか……やったことがないからイメージがわかないな……」
マレ熊は再び動画配信サイトを開き、今度は人気のソシャゲ配信を検索してみた。
「ん? この切り抜きすごい見られてる。あ、こっちのも……」
伸びている動画はいずれも配信者がガチャをしているところを切り抜いたものだった。ガチャの結果に驚喜したり嘆いたりする配信者を見ながらリスナーも一緒になって一喜一憂している。
(ガチャって本気でやったらこんなにお金使うものなんだ……福引みたいなものかと思ってたけど、色んな演出とかあって見ごたえあるんだな……コメントもすごい盛り上がってて楽しそう)
マレ熊の頭の中で、マレ熊五万人記念配信の青写真が描かれ始めていた。
その結果——
「今日の配信では初のソシャゲで耐久ガチャ配信をします! 狙うは今実装されているキャラ全員のSSR! つまりは爆死配信です!」
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