第28話 ダンジョンで閉所地獄

 横穴を前にフリーズするエリザベアーにマレ熊は問いかけた。


「ベアーちゃん、もしかして狭いところ、苦手?」

「……!? いえ、そんなことありません!」

「でも今なんか放心してなかった?」

「えっとですね、実は急に眠気が来てしまって、ちょっとボーっとしてたんです。

このままじゃ足手まといになるので、私はここでクマたちと待っています」

「え~! でもこの先が多分このダンジョンの最終点だよ?」

「申し訳ございません、マレ熊ちゃん」


 エリザベアーが深々と頭を下げて謝罪した。どうあっても行く気はないらしい。

 マレ熊はむーと眉を寄せて「やっぱりおかしい……」とつぶやいた。エリザベアーがピクリとなる。


「ここまできて一緒に来ないなんてベアーちゃんらしくない」

ギクリ。

「どうしても行きたくない理由……。なんだろ?」

ドキリ。

「この狭いところを通るのがイヤ、しかわたしには思い浮かばないな……」

「マレ熊ちゃん!」

 エリザベアーが急に大声を出した。

「このまま立ち止まってると、また虫たちが復活して襲ってきますよ。ウニュウニュ地獄ですよ!」

「それなら大丈夫、虫は所詮ゲームですもん。ベアーちゃんが前言ってたように」

「っ!?」

「ベアーちゃん、この狭い穴もゲームだよ。そうだよね?」

「むむぅ……」


 エリザベアーがようやくクマから降りて、横穴の近くまできた。かがんでその幅を確かめている。その沈黙には明らかな焦りがあった。顔を流れる汗が見える気がする。


「ふふふ……」

「マレ熊ちゃん?」

「あはははっ! ごめんなさい、いじわるし過ぎちゃった。無理しなくて大丈夫だよ」

 ごめんごめんと謝るマレ熊に、エリザベアーは訝しげだ。


「ベアーちゃんが狭いところ苦手なのはとっくに気づいてたの。でもベアーちゃんが必死に隠そうとするから、ついさ」

「……」

「ベアーちゃん、苦手なことはわたしに任せていいんだよ。だってわたし、ずっと

ベアーちゃんにフォローしてもらってきたんだから。今度はわたしが助ける番!」

「そんな……今までも私マレ熊ちゃんに十分助けられてきましたよ」

「そうかな? わたしよく焦ってミスするし、そのたびにベアーちゃんに助けてもらってばっかな気がするけど……とにかく今回はわたしに任せて! パーッと行ってくるよ」


 そう言って、マレ熊は狭い穴をスルスルと通っていった。

「あ、マレ熊ちゃん!」と焦るエリザベアーの声が聞こえたが、どんどん進んでいく。


「よいしょっと。着いた! さぁ、どんなもんですかねーっと」

 穴の先に広がる空間を見渡す。奥の方にわかりやすく宝箱が置いてあった。ダンジョン攻略のごほうびだろう。しかし、そこにいたる道は細く、道の両側は断崖絶壁で下にはごうごうと川が流れている。


「最後はバランスゲーってことか……」

 よしっと気合を入れて細い道を進んでいく。

「あ、見た目より余裕あるかも……」

 意外と簡単だ。操作ミスさえしなければ、落ちることはないだろう。

 そうして、ついにマレ熊は宝箱のところにたどり着いた。


「やった!宝箱ゲットォ!」

「マレ熊ちゃん、大丈夫ですか?」

 エリザベアーが心配そうに声をかけてきた。

「ぜーんぜん大丈夫! 今からそっち戻るよ」

「いえ、やはり私もそちらに向かいます。ダンジョンの最終地点を見届けなければ」

「えぇ!? 無理しないで!」


 しかしエリザベアーはもう穴を通り始めていた。姿は見えないが、フーッ、フーッという荒い呼吸音がそれを物語っている。


「これはゲーム、これはゲーム……あ」

「どうしたの?」

「……限界を超えました。もう動けません」

「え、限界ってそんないきなりくるもの!?」

「ゲームに過ぎないって必死に自分に言い聞かせたんですが、このゲームのリアルさに負けました。この閉塞感。さすがに我慢なりません」

 エリザベアーは落ち着いた声で話しているが、一本調子でよく聞くと不自然だ。実はかなり動揺しているらしい。


「待ってて! すぐそっちに向か——」

 焦ったマレ熊は走り出して、そしてすぐに、まずい!と思った。


(道は細いんだったぁ~~!!)

 気づいた時には、もう遅い。雑な操作で走り出したマレ熊は見事に足を踏み外し、暗い川へと落ちていった。流れは速く、身動きが取れない。ただ、流される。


「おぼれ、おぼれる~! もうだめだぁ……あれ?」


 おぼれ死んで終わりかと思ったが、川の終着点は思いのほか早かった。

「あ、ここ見覚えがある。なんだ、ここにつながっていたんだ」

 川は恐ろし気な見た目に反して、実は洞窟内部に戻る近道だったらしい。


「マレ熊ちゃん、マレ熊ちゃん……」

「あ、ベアーちゃん。ゴメン、わたし川に落ちちゃって。でも大丈夫——」

「わかってます。私も今流されています……」

「え!?」


 なんとエリザベアーはマレ熊が川に落ちる音を聞き、焦りの気持ちが勝って穴を脱出することができたらしい。そして川に流されていくマレ熊の声を聞き、錯乱して自身も川に飛び込んでしまったようだ。


「暗く狭い洞窟の川の中……ここが私の死に場所なんですね」

「ベアーちゃん。その川ただのショートカットだったよ、大丈夫だからね」

「せめて最期まで声を聴かせてください、水音しかしない暗闇の中で死にたくない」

「やばい。現実とゲームの区別がつかなくなってる……!」


 ブツブツと暗いつぶやきを漏らすエリザベアーに、マレ熊の声は意味のある音として届いていないらしい。まぁ、ここまで流されてくれば正気に返るでしょとマレ熊は楽観的に考えた。

「うーん。この位置ならマレ熊ジュニアに合図すればここまで来てくれるかな」

 横穴の前に取り残されているクマたちを呼ぼうとしていたところで、エリザベアーが流れ着いた。


「あ、きたきた」

「……ここがあの世ですか。洞窟で命を落としてその先に行きつくところも洞窟なんて……地獄、ここは地獄なんですね」

「まだ現実だと思ってる。おーい、これはゲームだよ。架空の世界に帰ってきて」

「マレ熊ちゃんも地獄に来てしまったんですか、あなたはとてもいい子なのに……

うぅ、私の巻き添えになってしまったんですね……」

 エリザベアーはまだ囚われたままだ。マレ熊は苦笑して、仲間のクマたちに合図を送った。


「あーやっと外だー! ほらほら、ベアーちゃんお外ですよ~」


 あの後マレ熊達のもとに駆け付けたクマに乗り、(エリザベアーはマレ熊が無理やり乗らせた)二人はダンジョンを脱出した。ちょうど夕日が沈むところで、世界はオレンジに染まっている。洞窟とは違う爽やかな風が心地よい。


「はっ! ここは……」

 外の空気が意識を正常にしたのか、エリザベアーが我に帰った。


「ベアーちゃん、気づいた? もう外だよーダンジョン無事攻略!」

「え、外? なんだか私狭い穴に入っていってから、記憶がほぼないんですが」

「そこからないんだ……でもベアーちゃん、ちゃんと穴抜けられてたよ。だから二人ともダンジョンクリア! おめでとう!」

「あ、ありがとうございます。あの私、なんか変なこと言いませんでした? マレ熊ちゃんを困らせるような……」

「ううん、何にもなかったよ。ねぇそれよりさ、早く拠点に帰って宝箱開けようよ」


 川に流されてもしっかり持っていた宝箱をエリザベアーに差し出す。エリザベアーはまだ戸惑いが残る顔で、それでも宝箱を見て微笑んだ。

「……そうですね。とりあえず夜が来る前に拠点に戻りましょう」

 洞窟で汚れた二人を夕焼けが祝福するように優しく包み込んだ。


 拠点に戻ってきた二人は早速宝箱を開けてみた。その中身は金銀財宝でも強力な武器でもなく——


「トロフィーですね……」

「えーと説明文には、供物の一つとあるけれど……?」

「これは確か、このゲームのボスに挑むのに必要なアイテム……だった気がします」

「ボス! ありましたねーこのゲームにもボスというものが。以前のプレイでは挑戦すら考えたことなかったけど」

「ダンジョンも行けたし、いつかボスにも挑戦したいですね」

「ベアーちゃんと一緒なら倒せるかも! じゃあそのためにもっとレベル上げなきゃ」

「強い恐竜を大勢仲間にしたり、武器の強化もしなければ……やることはまだまだ

たくさんありますね」

「あ~でもとりあえず、ダンジョン無事攻略できてよかった! ベアーちゃんお疲れ様!」

「はい、マレ熊ちゃんもお疲れさまでした。今日はここまでにしておきましょうか」

「うん、そうだね。じゃ、ベアーちゃんおやすみなさい。リスナーの皆も見てくれてありがとう。ではおやすみ~」


 配信を止めたマレ熊はそのままベッドにダイブした。ゲームを終えたら猛烈な眠気が襲ってきたのだ。寝落ちしなかったのが不思議なくらい眠い。ダンジョン攻略の満足感に包まれて、マレ熊は眠りに落ちていった。

 今日のダンジョン配信が、エリザベアーとのしこりをなくす作戦であったことも忘れて、マレ熊は本気で怯え、戦い、笑った。

 感じていたしこりはその中で自然と解けていった。







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