第26話 失敗もゲームがあれば
雑談配信の翌日。いつも通りマレ熊は恐竜ゲームにインした。エリザベアーはすでにオンラインだ。
(今日の配信が始まる前に、ベアーちゃんにオフラインコラボのこと聞いてみよう)
少し緊張する。エリザベアーはなんて言うだろう。自分と同じ気持ちだといいな、とマレ熊は願った。
「ベアーちゃん。配信前にちょっといい?」
「はい、どうしました?」
「あのねー昨日わたし、久しぶりに雑談配信したじゃない。そこで今やっているゲームについて二人で振り返るような配信してほしいって要望があって……」
雑談でのリスナーとのやりとりをエリザベアーに話す。
「なるほど。私は構いませんよ、面白い配信になりそうですね」
エリザベアーからの色よい返事にマレ熊は一気に調子づいた。
「それでね! ちょっと提案なんだけど……その配信、オフラインでやってみる、てのはどう?」
「オフライン」
「私直接ベアーちゃんと会ってみたいなって。せっかくこんなに仲良くなれたし。
もちろん集まる場所とか色々考えなきゃいけないことはあるけどさ」
「……オフライン」
「あれ、なんか声の様子おかしいよベアーちゃん。急に声低くなって……マイクの調子が——」
「マレ熊ちゃんと私でオフライン? そ、それって直接会うってことですよね?
いや、ぜっっったいムリ!あり得ません、そんなこと!」
ヒュッ。自分ののどが鳴る音がいやに大きく聞こえた。
「あ……」
一瞬激昂したエリザベアーはすぐ我に帰り、気まずげな声をもらした。
「えと、あのですね」
「いや、ベアーちゃん。気にしないで!」
心臓がドクンドクンと嫌な音を立てている。けれど無理にでも明るい声を出して、マレ熊はしゃべり続けた。
「ごめんごめん、オフラインとか急な話だったね! いやーなんか私一人でやる気になっちゃってさ。ベアーちゃんが焦るのも当然だよ」
「マレ熊ちゃん、私……」
「だから気にしないで! オフラインの話は忘れて、今日も楽しくゲームしよう」
「そう、ですね……わかりました」
「うんうん! じゃあ、そろそろ配信始めようか」
その日は、二人とも普通に振舞おうとしていたが、どこか不自然なギクシャクした雰囲気が消えなかった。
「じゃあ、今日はここまでかな。ベアーちゃんお疲れ!」
「はい、お疲れ様です」
「リスナーのみんな、今日も遅くまで見てくれてありがとう。ではおやすみ~」
配信後、マレ熊が明日の予定を聞くと、エリザベアーは私用でゲームする時間がとれそうにないとのことだった。それじゃあ、次の配信は明後日で、と約束して二人は解散した。
「あ~どうしよう……やっちゃたよ……」
オフラインコラボを提案した時のエリザベアーの言葉が忘れられない。直に会うことを拒否されたこともショックだったが、いい返事がくるものとどこかで信じ切っていた自分の思い上がりもショックだった。そのせいでエリザベアーにも気まずい思いをさせてしまった。
「は~……人生そんな甘くない。わかってたはずなのにな」
オフラインコラボなんて言い出さなきゃよかった。このままエリザベアーとギクシャクが続くのはあまりに寂しい。どうしたらいいだろうか。マレ熊は眠りにつくまで元の二人に戻るにはどうしたらいいか考え続けた。
暗い部屋の中、青年が呻いている。
「どうしてあんなキツイ言い方してしまったんだ」
暗闇の中で何かをずっと悔いている。
「彼女があんなこと言い出すから」
彼女の発した息を呑む音が耳から離れない。きっと傷つけた。
「彼女ならもしかして受け入れてくれるかも……いや、それはあり得ない」
「結局僕のエゴで傷つけただけだ、ごめんなさい、マレ熊さんごめんなさい」
この時の後悔は彼の心にずっと残ることになる。
再びやってきた恐竜ゲーム配信の日。マレ熊には計画があった。
(ベアーちゃんとのわだかまりなくしたい! それには、思いっきり楽しいことして、盛り上がって——いつも通りのわたしたちに戻るんだ!)
いつもより早い時間にインして計画の準備を進める。作業をしていると、エリザベアーがインしてきた。彼女もいつもより早い時間だった。
「ベアーちゃんお疲れ!」
(よーし、言うぞ言うぞ!)
「あのね、ベアーちゃん」
「あ、マレ熊ちゃん、えっと」
「今日はダンジョンに挑戦しない?」「今日はダンジョンに挑戦しませんか?」
マレ熊とエリザベアーの声がほぼ被った。そして案も被った。二人は少し固まって、そして自然と笑いだしていた。
「なんだか私たち同じようなことを考えていたようですね」
「だね」
「それでは同意見のようですし、今日はダンジョンに挑戦してみますか!」
「オー!」
ダンジョンは基本的に洞窟になっていて、地上にはいない危険な生物がたくさん出没する。特に厄介なのは、毒を持つ虫が多くいることだった。
「実はわたし、そのための解毒剤を作ってたとこなんだよ。今これぐらいなんだけど」
「すごい! これだけあれば、最初のダンジョンなら十分な量ですよ」
「ほんと? いやー頑張って作った甲斐があったなぁ」
「連れていく恐竜はどうしましょうか? あまり大きいのは洞窟に入れませんが」
「なら、マレ熊ジュニアたちでどう?」
マレ熊ジュニアとは少し前に仲間にした古代クマだ。マレ熊とエリザベアー。お互いクマミミVtuberとして、この動物を捕まえないわけにはいかないと使命感に燃えて仲間にした。
ネタとして捕まえた部分が大きかったが、強いし、俊敏だし、エサは何でも食べるし、と実に優秀な仲間だった。一人一頭ずつ捕まえたのだが、マレ熊は栗毛のクマの方をマレ熊ジュニアと呼んで可愛がっている。
「確かにあの子たちなら、ちょうどよいサイズかもしれません」
「よーし、連れていく仲間も決まったし、あとなんか足りないものは——」
その後、暗所探索に必須のライト、たっぷりの食糧と回復薬、マレ熊お手製の解毒剤と今用意できる最高の武器・防具を装備して、二人はダンジョンへと旅立った。
しばらくしてたどり着いたダンジョンの入口は、不気味な雰囲気をたたえて獲物を待っていた。
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