第14話 配信者、失格
エリザベアーの乱心から数日。ついに二人のコラボ配信が始まる。
あぁ、この日が来てしまった。マレ熊は運動会の延期を願う子どものような目で
パソコンを見つめた。インターネット上の開催なので雨が降ろうが風が吹こうが決行される。
【FPS配信】エリザベアー&マレ熊ペア、今夜は『最強』を目指します!
「みんな~こんばんは。マレ熊チャンネルにようこそ! 今回は素敵なゲストが来ています」
「みなさん、本日はお邪魔いたします。エリザベアーです」
「今日のコラボでは、タイトルにある通り某FPSゲームを二人でやりま~す」
シベチャチャ:アギとのコラボでもやったやつね
クッチャマ:FPS苦手のマレ熊が珍しいな、もしかしてハマった?
「そう、マレ熊さんはFPSが苦手なんですよね。それを聞き、不肖エリザベアー
マレ熊さんを一人前、いや最強の「戦士」に育て上げるべく立ち上がりました」
「あ~……やっぱりそういう感じでやるんですね」
「さあ始めましょう、マレ熊さん。今日は私をベア教官と呼ぶように!」
「え、エリザベアーさん、なんかキャラ違いすぎますよ」
「ベア教官」
「うぅ、ベア教官……」
「はい、いいでしょう。マレ熊さんは今日、マレ熊三等兵といったところでしょうか」
「うぅ、せめて一等兵になりたい……」
コメント:なんか今日のベアーちゃん声からして違う
コメント:ハキハキしてて、いつものウィスパーボイスが聞けないのさみしいな
「そうですリスナーさん! エリザベアーさんはちょっと混乱してしまってるんです! みんなでいつもの優しいあなたに戻って、と呼びかけましょう! はい、せーの」
「マレ熊三等兵、リスナーさんとおしゃべりもいいけれど今日の配信の目的を忘れてはいけませんよ。さ、時間は有限です」
マレ熊は自分の首に縄がかけられ、ズルズルと引きずられていくのを感じた。もちろん錯覚だけれど。
「ではさっそくゲームスタートです。まずチュートリアルから始めましょう。銃を撃つ感覚を覚え込むんです」
マレ熊の絶望顔はまるっと無視され、エリザベアーはさっそく訓練を開始した。
コメント:なるほど、今日はベアー様が教官、マレ熊が部下のていで進めてくんだな
コメント:ベア教官! いい響き
(あ~リスナーさんわたしより早く順応しないで。わたし、おいてけぼり)
「さぁ、好きな武器を選んでください。おすすめはありますが、結局は自分に合ったものを使うのが一番ですから」
マレ熊は迷ったが、アギとのゲームの時に使ったことのある見慣れた銃を手に取った。
「ショットガンですね、いいでしょう。では、的を撃って標的との距離感を体で覚えましょう」
パンパン、パンパン! マレ熊は懸命に撃ち込んだ。九割五分が外れた。
「あの~ベア教官。なんか当てるコツとかないんですかね?」
「コツ、ですか。エイムは私も感覚でやっていて……とにかく練習あるのみです。的が出てきたら照準を合わせて撃つ!」
ダダダダダダダッ! エリザベアーが見事な射撃を見せた。全弾命中だ。
「このような感じです。いきなり上手くはならないでしょうが、やればやるだけ成果が出ますからね。頑張りましょう」
「はい、がんばります……」
そして約三十分間マレ熊はひたすらエイム練習を続けた。
「あの~ベア教官。そろそろ実戦に行きませんか? 弾も少しは当たるようになったし、それにリスナーさんにずっとチュートリアルだけ見せてるのも……」
「む……本当はあと一時間は練習したいところですが、仕方がないですね。ではイージーモードで仮実戦を行いましょう」
イージーモードは実戦とほぼ同じ状況で戦える練習モードである。違いはただ一つ出てくる敵がNPCであることだけだ。
「さぁ、このモードではマレ熊三等兵にキルムーブを叩き込みますよ」
「キルムーブ……」
「要は敵を積極的に倒す動きです。FPSではハイドやスニーキングで逃げて生き延びる事も大切ですが、生き残れば最後は結局戦闘になります。接敵してひるまず倒しきる力は必須です」
「なるほど。あ、前方に敵が見えます。わわ、左方面にもちょっと遠いけど敵の姿が。教官、ここはさすがに退いたほうがいいのでは?」
「このモードではドンドン死んでもいいので積極的に行きましょう。まず前方の敵を倒して!」
「う、うわーーー!!」
ガガガ、ガガガッ! さっきまでの的と違い、動く敵だ。マレ熊の射撃は乱れ、焦ってリロードしてる間に呆気なく撃たれて死んでしまった。
「最初はこんなものでしょう。さ、次いきますよ。目標はキル数累計五十!」
「む、無茶ですって~!」
三十分後。マレ熊はすでに息切れしていた。キル数はやっと三。これでは夜が明けてしまう。
(ゲーム開始から一時間たっちゃった。まだ一度も実戦に行ってないけど、配信的にどうなんだろ?)
不安に思ったマレ熊は、一度本番をやりたいとエリザベアーに訴えた。
「まだまだ戦場に出すには不安が残りますが、ここでNPCと対人の違いを知るのもいいかもしれませんね」
(よっし。ようやく戦場に出れる)
「戦場では私はカバーに回ります。できる限り生き残ることを目標に進みましょう」
「はい!」
(実戦はアギちゃんとのFPSで経験してるし、大丈夫)
「では戦場に出撃しますよ。まず索敵……とりあえず近くに敵はいなさそうですね」
「は~とりあえず安心」
「敵とはち合わせないうちに有利な場所を取りに行きましょう。隠れながら撃てる遮蔽物があるところや高所がおすすめですね」
「あ、じゃあ、あの塔みたいなところは?」
「悪くないですね。移動しましょうか——待ってください、足音がします」
「え? え?」
「きますね、左の方です。数を確認して不利でなければ積極的にキルしていきましょう」
「は、はい。数は……一人」
「ではマレ熊三等兵、イージーモードでの動きを思い出しながら。でもここでは死なないように慎重にキルを目指しますよ」
「わ、わ、来た」
ガガガ、ガガガ!
「外れちゃった……わぁ~やられる!」
ダダダダダダダッ!
エリザベアーがすかさず仕留めた。
「マレ熊三等兵、エイム力と同じくらい相手に対する位置取りも重要です。常に有利な場所から撃つことを心がけてください」
「うぅ、すいません」
「さ、戦闘音を聞きつけて他の敵が来ることもあります。素早く移動しますよ、私についてきてください」
「速い、速いです~ベア教官~」
コメント:なんか大会とかの練習みてる感じ。レベルは違うけど
コメント:ベア様やっぱうめ~
「なんとか塔に着きましたね、ここなら安全」
「油断は大敵ですよ」
塔にひそんで五分も経った頃か。下方に敵が一人で走ってくるのが見えた。
「あ、ベア教官。あの人ならここから倒せそうじゃないですか?」
「そうですね、有利な立ち位置ですしやってみましょう」
「はい、では頭……頭を狙ってエイ!」
ガガガガガガ!
「よ、よし当たった。追いつめてキルします!」
逃げていく敵を追ってマレ熊は塔から飛び降りた。
「マレ熊さん、ちょっと待って!」
「やった一キル! ……あれ、嘘、囲まれてる!?」
目の前の敵に夢中になりすぎたマレ熊はすぐそこに別の部隊が迫っていることに気が付かなかった。エリザベアーがカバーに入るが間に合わず、マレ熊はキルされた。
「あぁ、やっちゃった……」
「これが初心者がやりがちなミスです。キル欲しさに突っ込みすぎるのは厳禁。常に周りの状況を見る癖をつけましょう」
「はい……」
「では、わたしは離脱します」
「え? ベア教官はまだ生き残ってるんだからそのままプレイ続けたらいいんじゃ」
「今回の私の任務はあくまでマレ熊三等兵を強くすること。マレ熊三等兵が死んだら、私だけプレイしても意味ありません」
「でもでもリスナーは見たいかもしれませんよ。ベア教官のスーパープレイ。てかわたしが見たいです」
「それは私の単独配信で見れますよ。今はマレ熊三等兵の特訓優先です。さぁ、もう一度チュートリアルに戻りますよ」
「え」
「実戦を体験してわかりましたが、やはりまだエイムが足りていません。キャラコン、キャラクターの操作もおぼつきませんね。やはり基礎からみっちりやらなければ」
「……」
「マレ熊さん?」
「エリザベアーさん、あのっ。……いえベア教官、わかりました」
マレ熊はチュートリアルに戻り、一時間前と同じく的を撃ち始めた。
シベチャチャ:なんかマレ熊元気ない?
クッチャマ:マレ熊~楽しんでるか~?
「ベア教官。チュートリアルはどれくらいやったらいいんでしょう……?」
「三十分は必要でしょうね。マレ熊三等兵の今の実力だと」
「……そうですか」
(ゲームが上手くなるのは嬉しい。教えてくれようとするエリザベアーさんの気持ちも嬉しい。なのに胸がもやもやする)
「……エリザベアーさん、なんかわたし苦しいです。このゲームは苦しい」
「え」
「教えてくれてるのにごめんなさい。でもわたしたち今本当に二人でゲームしてるんでしょうか? わたしにはどうしてもそう思えないんです。一人でやってるみたい、ううん一人よりもずっと寂しいんです」
「マレ、熊さん」
「エリザベアーさんは今楽しいですか?」
自分は今配信者として言ってはいけないことを言おうとしている。でも言葉は、思いは止まらなかった。
「わたし、わたしは今、楽しくない……!」
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