第15話 100の謝罪よりも配信を
楽しくない。自分の放った言葉が、エコーになってずっと響いている気がした。
エリザベアーは沈黙しているが、彼女の緊張が伝わってくる。
「みんなごめんなさい、せっかく配信見に来てくれたのに……エリザベアーさんと
もっと打ち合わせの時に話し合うべきでした。本番でこんなこと言っちゃうなんて、本当にごめんなさ——」
「それ以上謝らないで、マレ熊さん」
謝罪し続けるマレ熊をエリザベアーが制止する。
「みなさん、ちょっと私達に時間をもらえませんか? 少し離席して二人で話し合います」
シベチャチャ:了解
クッチャマ:思う存分話し合ってこい!
「ありがとうございます、ではしばし失礼いたします」
2人は離席して裏で通話し始めた。が、マレ熊は何を言ったらよいかもわからず、ただ俯いていた。謝罪は先ほど止められてしまった。でも今の自分に謝罪以外何を伝えることがあるだろう?
「……打ち合わせの時、有無を言わさずゲームを決めたのは私、ですよね。今回のコラボのコンセプトも私の独断からきたものです。だからこの事態の責任はそもそも私にあると思います」
それを聞いたマレ熊は俯いていた顔を起こしてポツポツとつぶやくように言った。
「でも、そもそもコラボを言い出したのはわたしの方です。なのに、いざゲームしたら思ってた感じと違うから楽しくないなんて……まるで子どもです」
エリザベアーは少し沈黙したあと、堰を切ったように語り出した。
「マレ熊さん。私、あなたに一緒にゲームしたいってお願いされて本当はすごく嬉しかったんです。でもアギちゃんとゲームするあなたを見て——別に私じゃなくてもよかったんだって。マレ熊さんには楽しくゲームする相手が他にもいるんだって。そう思ったらなんか悔しくて、寂しくて……。私とのゲームはアギちゃんとのゲームより楽しいって思ってほしい、いや思わせてみせるって私むきになっていたんです」
「そうだったんですか……」
マレ熊は、エリザベアーが本当は隠していたかったであろう本音を聞いて深く安堵していた。打ち合わせの時からずっと、いつもと違う彼女の態度に不安を抱いていた。エリザベアーに嫌われてしまったのではないかと。その暗い気持ちが今、ほどかれた。
「……マレ熊さん、このあとどうしましょうか? リスナーの皆さんに私からも謝りたいです」
「そうですね。二で謝って、でもそこからどうするかが本当に大事なところですよね」
「ここから取り返しがつく方法なんてあるんでしょうか?」
「それは一つしかないですよ、エリザベアーさん」
「え」
不安から解放されたマレ熊にもはや迷いはなかった。
「配信するしかないんです、わたしたちは。配信の傷は配信で癒す。皆が納得できなかったとしてもわたしたちに配信以外道はありません! 大丈夫、わたしに任せてください。ここはマレ熊チャンネルです!」
コメント:まだかな二人
コメント:配信やめないでほしい
シベチャチャ:マレ熊ならやってくれる
クッチャマ:いつもの調子に戻ってくれ~さっきまでの死にかけのマレ熊はいやだ~
「みなさんお待たせしました!」
クッチャマ:戻ってきた! 生きてるか?
シベチャチャ:腹割って話してきたか?
「割ってきました、しっかりと。まず、まじめなお話から。先ほどは本気で「楽しくない」なんて言って配信を盛り下げちゃって、本当にすみませんでした」
「私の方からも謝罪させてください。今回の企画は私が独断で決めたものなんです。それに付き合わせてマレ熊さんにストレスを与えて……リスナーの方にも不快な思いをさせました。すみませんでした」
「はい! ここからは提案になります。わたしが百回謝ろうが焼き土下座しようがリスナーさんには一利ぐらいしかないと思うので、二人で今度こそ楽しい配信をお届けしてお詫びにしたいです。そしてここはマレ熊チャンネルです。FPSゲームと違ってびっくりするほどゆるい配信になります。どうでしょう、ついてきてくれますか?」
クッチャマ:いいともー!
シベチャチャ:いつもの配信に戻るのな、安心した
コメント:FPSやめちゃうの
「FPSはやめて今から別ゲーやります、FPS楽しみにしてた方はごめんなさい!ベア教官とマレ熊三等兵は戦場から逃げ出した逃亡兵となりました」
「では、私エリザベアーがゲームの説明をします。逃亡兵二人の農場運営ゲームか、服屋を経営するおしゃれ着せ替えゲームか。正直決めかねているので、ここでアンケートをとって皆さんに私達の今後を決めてもらいたいのです。投票お願いします」
あなたはどっちが見たい?
・農場運営ゲーム
・着せ替えファッションゲーム
「はいアンケ出しました! どんどん票が入っていきますね。……うーん、そろそろいいかな? さぁ、結果はどうなる!?」
・農場運営ゲーム47%
・着せ替えファッションゲーム53%
「おぉ僅差」
「着せ替えゲームに決定ですね。こういう系統のゲーム初めてやります」
「わたしはエリザベアーさんに凸した時の配信で一度やってますね。さぁ、時間は有限です。さっそく始めていきましょう!」
「ふふ……はい!」
「よし、ゲーム内アバター完成っと。さてどうしますか? 美容院やメイクショップに行って自分を可愛くするのもよし、自分のショップで服を売るもよし。ベア教官は何がしたいですか?」
「そうですね、まず店の経営を体験したいです」
「じゃあ、自分のショップに行きます。お客さん何人か来てますね。話しかけると、欲しい服を言ってくれるので要望通りの服をうまく選べたら、気に入って買っていってくれますよ」
「なるほど、ニーズを満たすんですね。ではやってみます」
『思ってた感じと違う』
『私が頼んだのってこれじゃないと思うけど』
『センス最悪~!』
これらは全てエリザベアーが接客した客たちの言葉である。
彼女なりに客の要望に応えようとまじめに接客したのだが、服はまだ一着も売れていなかった。
コメント:ベアちゃんの選ぶ服やばーww
コメント:ふざけてるんじゃないんだよね? マジでやってそれなんだよね?w
コメント:さっきの緑のタートルネックに緑のスパッツのコーデやばかった。完全
カマキリだろw
「くっ、何故です要望を聞いて真剣に選んでるのに……一度も成功しない」
「ベア教官、フグッ、だいじょぶです、んっく、まだお客さんはいますブフッ」
「いや、マレ熊さん笑ってますよね完全に。リスナーさんも散々言ってくれますね。私のセンスそんなにおかしいですか!」
「やだな、笑ってなんか、ブハッ、あははははは!」
「もういいです、私は引退します……隠居してあとはマレ熊三等兵のプレイを見守ります」
「いや、やめちゃダメです!あなたにはこのゲームの才能がある!」
コメント:ベア様やめないで
コメント:ベアちゃんのプレイもっと見てたい
コメント:楽しい配信お届けしてくれるんでしょう!?
「……あ~わかりました。やればいいのでしょう、やれば。思う存分笑いものにすればいいんです」
そのあとはすねるエリザベアーをなだめながら、ゲームを続けた。エリザベアーの繰り出す強烈なコーディネートにマレ熊は笑いを耐えようとして、呼吸困難に陥り、最後は結局爆笑してた。チャット欄はエリザベアーのコーデいじりと彼女のセンスを称える言葉が絶えず書き込まれ、予定を大幅に超えた長時間配信となった。
「ゼェ……ゼェ……笑い過ぎて体力の限界です」
「えぇ、私も笑われて精神がキテます。いや、冗談ですよ……でも今日はそろそろお開きにしましょうか」
「みんな~今日前半は色々やらかしちゃったけど楽しい配信お届けできたかな?
今日楽しかった人はまた遊びに来てくれると嬉しいです。では本日はマレ熊三等兵と」
「ベア教官の二人でお送りしました」
「みんな、おやすみなさ~い」
シベチャチャ:長時間お疲れ
クッチャマ:最高だったぞ、FPSもな
コメント:めっちゃ笑ったわ~おつ
コメント:ベアちゃん今度自分の配信でもこのゲームしてねwおつかれ
この配信は終了しました。
エリザベアーと解散し、疲れ切ったマレ熊はすぐ寝入ってしまった。その日は、夢の中でも配信を続けていた。
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