第13話 バビニク?なにそれおいしいの?
「お前バビニクって知ってるか?」
バビニク? バビ肉? 馬美肉? 明らかに戸惑い、誤変換を繰り返すマレ熊にリスナーの一人が解説しようとした。
コメント:マレ熊ちゃん、バ美肉ってのは……
「いや、私から説明するからコメントはすんな」
ふぅーと息を吐き、アギが説明しだした。
「一言で言えば、男が女のVtuberアバター使ってるってことだよ。バビニクはバーチャル美少女受肉の略だ」
「はぁ、まぁ、ゲームとかでも異性のアバター使ったりしますよね」
「それとはちょっと違うな。基本女のふりするんだからよ」
「女性のふり……声とかはどうするんですか?」
質問しながらも、マレ熊はアギが突然この話題を振った意味について考えていた。
「この世にはボイスチェンジャーていう便利なもんがある」
アギに辛辣でマレ熊に優しいチャット欄。女だから優しくしてくれる……。
そこから導き出される答えは——
「……あのーもしかしたらなんですけど、アギちゃんがそのバビニクってことだったりしませんよね?」
「もしかしなくてもそうだよ。じゃなきゃこんな話しない」
「えぇ!?じゃあ、アギちゃんて……男の人? そんな可愛いお顔とロリロリした声してるのに!?」
「誰がロリだ、誰が。ボイチェン通したらこうなったんだよ!」
マレ熊は想像した。美少女のアバターを使って、男性がボイチェンを使い、このロリ声でしゃべっているところを。あれ、意外と違和感ないな。
「なるほど! どおりで女性にしては大分口が悪いな、と思っていたところです」
「あぁん!? だとてめー」
「ほら、その感じ。見た目とギャップあるなって思ってたけど、中身が男性なら納得です。あ! ていうかいいんですか、配信でそんなん言っちゃって!」
コメント:ナ、ナ、ナンダッテーアギちゃんが男だったなんて
コメント:うわーん、ショックだよーマレ熊たんなぐさめて♡
コメント:スパチャ返せコノヤロー
「あぁ、チャット欄が炎上してる! みなさん、どうか気を鎮めてください!」
「勝手に炎上させるな。チャット欄は茶番だよ、中身男なこと元々隠してねえし」
「そうなんですか? よかった~びっくりした」
「……お前は?」
「え?」
「お前バ美肉自体知らなかったんだろう、抵抗はないわけ?」
どうやらアギはバ美肉の知識がないマレ熊に対して、性別を偽るような形となったことを気にしているようだ。
確かに男性と知って驚きはした。が、そもそもマレ熊にとってアギは性別とか関係なしにガラが悪くて怖い存在だった。それがパズルゲームのコラボで対戦して、そして今日二人でFPSをやって——「アギちゃん」と呼べるまでになった。
男と知って抵抗を感じるかと問われれば、答えはノーだ。
「やっぱりVtuberとリスナーさんて似るんですね」
「は?」
「ここのリスナーさんは私にFPSの常識を丁寧に教えてくれました。アギちゃんは物知らずのわたしに新しいVtuberの世界を教えてくれました。抵抗なんかあるわけないですよ! だってVtuber業界の人ならみんな知っているようなことをわたしが知らなかっただけ。教えてもらってありがたいばかりです」
「……そっか」
「そうです。さすがVの先輩です!」
「ハハッ、そういやお前新人だったな。なんか忘れてたわ。……オイ、新人。Vtuberやってくんならもっとこの世界のこと勉強するんだな」
「イエッサー!」
「あはははは! いや~なんか落ち着いちまったな、銃撃つ気分じゃねえわ。ここらでお開きにするか」
「フフッ、はい!」
コメント:[¥1,000 大団円エンドにカンパイ]
コメント:[¥2,000 アギマレおめ~]
「あ、ところでアギちゃん。素朴な疑問なんですが、なんでバ美肉の道を選んだんですか?」
「そりゃ売れてーからだな。今の時代売れっ子男性Vもたくさんいるけどよ。個人として一からやっていくこと考えると、やっぱまだまだVtuberは女主流な気がしてな」
「なるほど……」
「お前もさ、個人で後ろ盾なんもないところから始める苦労はあっただろ?」
「は、はい、それはもう……」
嘘だ。苦労は特にしていない。一年間しかやらない予定だから数字のことは考えてない、なんて答えると怒られそうだ。
「ま、でもお前は勝ち組だよな。新人でもう登録者数一万超えてやがる。クソッ、何したらそんな伸びんだよ。コツ教えろ!」
「そんなコツなんて……えーとえーと、あ、アギちゃんもなんかでバズればいいと思いますよ?」
「……今、お前色んなやつの逆鱗に触れた自覚はあるか? 言ってバズれれば、苦労はねえんだよぉ!」
「はひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
コメント:大団円とみせかけての喧嘩オチね
コメント:ギャグマンガで百回は見たわこの流れ
コメント:仲良くケンカしな
配信からはややしばらくアギの怒声とマレ熊の情けない声が聞こえていたが、ふいに「見せ物じゃねーぞ! 今日の配信は終了だ!」の声とともにブツ切りとなった。
暗い部屋。パソコンの前に座る青年。
「マレ熊さんをキャリー? 全然できてなかったじゃないですか……」
ぶつぶつぶつ。
「マレ熊さん、いつの間に「アギちゃん」なんて呼ぶように……」
ぶつぶつぶつ。
「中身は男だって知らなかったんだ……」
ぶつぶつぶつ。
「いいなぁ……」
それは思わず漏れた青年の心からの思いだった。
怒涛のFPS配信から数日後。今日はエリザベアーとのコラボの打ち合わせだ。約束の時間に通話をかけるとすぐ応答があった。
「エリザベアーさんお疲れ様です。今日はコラボの打ち合わせよろしくお願いします!」
「……お疲れ様です。えぇ……こちらこそよろしくお願いします」
なんとなくエリザベアーの声に違和感を感じる。いつも通り丁寧だけど、なにかトゲがあるような。
「実は私、二人きりのコラボって初めてなんです。」
「わ、そうだったんですか?」
「えぇ、だから二人コラボではマレ熊さんが先輩です。先日してましたもんね、アギちゃんと。」
「いや~あれはコラボって言っていいのか、ほとんどゲリラ的に始まっちゃって」
「それでもコラボはコラボです。とっても楽しそうでしたよ、マレ熊さん」
(あれあれやっぱなんか変だよねエリザベアーさん、トゲどころではなくもはや『圧』を感じるんだけど!)
「あの~なんかエリザベアーさん、怒ってません?」
「はい? 私何か怒ってるようなこといいました? 言ってませんよね、なんにも」
「あぁ、そのいいかた! それがもう怒ってるじゃないですか」
マレ熊はエリザベアーの態度の理由に何となく思い当たるものがあった。
「エリザベアーさん、あなたズバリ拗ねてますね!」
「!?」
「わたしとアギちゃんが仲良くなったから拗ねてるんでしょ、違いますか?」
「それは……」
独占欲は恋人間だけで生じるものではない。友人間でも起こるものだ。
(友世の友達によくいたなぁ、一番の友達になりたがる子)
男女双方にもてまくる友人を持ったマレ熊は女の嫉妬(友情Ver)をよく目にしてきた。そしてその対処法も心得ている。
「大丈夫ですよ、エリザベアーさん。アギちゃんと一番仲良しはエリザベアーさんですからねっ!」
「え、」
(この場合はあなたが一番だよって言ってあげて、自分は敵じゃないことを示す!)
「アギちゃんはわたしにとってVの先輩。活動期間もほぼ被っているエリザベアーさんとアギちゃんの絆にはかないませんて!」
「いや、あのどっちかといえば逆なんですけど……ゴニョゴニョ」
「逆? あーアギちゃんにとってもエリザベアーさんは大切な存在だと思いますけどね。だってこの前のコラボの時も——」
「……違います。そういうことじゃありません。そもそも拗ねてなんかいません。私はただ……」
エリザベアーが沈黙した。マレ熊はエリザベアーの次の言葉を待った。
「もういいです。マレ熊さん、コラボのゲームは決定しました、たった今」
「え、えぇ? この流れで? いったい何のゲームですか?」
「先日あなたがアギちゃんとやってたFPSです。あのゲームで私があなたを一流の戦士にしてみせます」
「えぇ!? なんですかそのコンセプト。無茶ですよ! アギちゃんの配信でも大分上手くなった方なんですよ? あれ以上はムリ……」
「これは決定事項です! マレ熊さん、コラボの日まで首を洗って待っていてください……」
「いや、コラボ相手にかける言葉じゃないですよそれ。エリザベアーさん落ち着いて一旦話し合いま——」
ポロン♪
一方的に通話を切られてしまった。
「どうしよ、エリザベアーさんがバグっちゃった」
(様子おかしかったな、エリザベアーさん。わたし何かやっちゃった? 心当たりはある気がする……)
「嫌われた……わけではないよね」
無音の部屋の中でマレ熊は放心したのち、おもむろに先日アギとやったFPSゲームを開いた。
「少しだけでも練習しとこうかな……なんて」
ゲーム音が響く中、マレ熊はコラボの日までにエリザベアーがいつもの様子に戻ることを願っていた。
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