第11話 マレ熊はじめての××配信!?

 風邪もすっかり治ったある日。仁子の毎日は一応の平穏を取り戻していた。エリザベアーとのコラボも本決定し、するゲームや配信日などについて近々話し合うことになっている。

 ホッと息をついてお茶を飲む午前十からだ」

 リア友からのラインを読む。と、仁子はいぶかしげに眉を寄せ、次に困り眉になり、一人でぐにゃぐにゃと百面相をした。

 それから飲んでいたお茶を一気に飲み干して、せきこみながら外出の準備を始めた。


 仁子が目的地に向かう道中、少し奇妙なことがあった。

 信号待ちをしていると、すっと一人の青年が横に並んだ。その青年がちらとこちらを見た瞬間、彼は飛び上がらんばかりに驚いて——


「あ、あ、こんにちは! どうもお疲れ様です……」

 あいさつをしてきたのだ。

「え! は、はぁ、お疲れ様です」

 思わずあいさつを返したが、この青年と労をねぎらい合う義理は特にない。


(もしかして私が忘れてるだけで知り合い?)

 青年を見つめていると、彼は小さく「まずい……」とつぶやき、「ひ、人違いでした。すみませんっ!」と信号を走って渡っていった。

「あ、まだ赤ですよ! ……行っちゃった。車来てなかったからよかったけど、危ないなぁ」

 ぼやきながらも、これ雑談のネタにできるかも!と配信のことを考える仁子であった。

 一方、青年。走って、走って彼女の姿が見えないところまで一気に走り切った。

(やってしまった、あれでごまかせただろうか……)

(驚いてたな彼女……当たり前か。マレ熊さんはなにも気づいてないんだから)


 ちょっとしたハプニングはあったものの、仁子は無事友世と待ち合わせをした店に着いた。店内を見回すと、黒髪ロングの美女がこちらを見てさっと手を上げた。

 友世だ。

 彼女が送ってきたラインは「マレ熊よ、世界を変える力を手に入れたくないか? 興味があれば十二時いつもの店にて」という中二心あふれるものだった。文章の意味は不明だが、Vtuber「マレ熊 茶子」に関することなのは間違いないだろう。


「友世、久しぶり。で、なーにあのラインは」

「ようやく来たか。ついに「アレ」を見せる時がきたという訳だ」


 リアルVtuberのように美しく、キャラが濃いこの友人は界隈で有名な神絵師だ。

そして何を隠そう、Vtuber「マレ熊 茶子」の絵師、いわゆるママでもあった。


「あれってなに? マレ熊関係? あ、ブレンドコーヒーひとつお願いします」

 友人の濃い言動に慣れてる仁子は中二セリフをスルーして飲み物を注文した。

「フフフ……君はこれを見てもその涼しい顔を保っていられるかな?」

 膝に置いていたノートパソコンを開き、こちらに見せつけてくる。

「えーなになに? え、本当に何?」

 そこに映し出されたのは、大量の少女のラフ画。様々な衣装、ポーズをとった女の子が紙の上にいた。


「???」

「愛らしいだろう? だが、そこにあるのは試作品にすぎない。本物は……コレさ」

 さらにもう一つデータファイルが開かれる。

「これは……!?」

 仁子の驚く顔に友世は満足げな笑みを見せた。

「さあ、受け取るがいい、マレ熊よ。これで世界を変えろ」


【雑談配信】今日はみんなに見せたいものがあります!【重大発表もあるよ】


「こんばんは~マレ熊ちゃんねるにようこそ! 今日はただの雑談配信、だけではなく重大発表があります」


クッチャマ:引退しないで引退しないで

コメント:重大発表気になりすぎ!


「クッチャマさん、そんなに怯えないで。発表はいいことなんでみんな安心してね。まずは、エリザベアーさんとのコラボが正式に決まりました!」


シベチャチャ:お~~

クッチャマ:よっしゃー!

コメント:コラボキターー!


「といっても内容も時期も未定です。これから二人で話し合って決めていくつもりなので、気長に待ってもらえると嬉しいな」


シベチャチャ:楽しみにしてるわ

クッチャマ:詳細決まったら告知して!その日休みとる


「うん、ちゃんと告知するね~わたしも楽しみ!」


シベチャチャ:で、重大発表てコラボのことでいいのか?


「はっ! いやいやまだありますよ、お客さん。うーんとね、もうちょっとおしゃべりしてからにしない?」


シベチャチャ:いいけど、なんかマレ熊ソワソワしてるな


「う~ん、この手の発表は初めてで、正直どうやったらいいかわからない。でも他のVtuberさんはもうちょっと引っ張っていたような……ブツブツ」


クッチャマ:なーんか隠し事してるな、気になるぞ


「あーそうだよね。う~ん、こういうのはある程度雑談してから発表が定石って感じだけど、正直わたしがもう我慢できません! ドーンと見せちゃいます! ちょっと用意あるので待っててくださーい」


 そのままぴょっとマレ熊が画面からフェードアウトする。チャット欄はなんだなんだと騒ぎ合う。そうしているうちにマイクのミュートが外され、マレ熊の声のみが聞こえてきた。

「用意できたけど、なんか恥ずかしくなってきた……」


クッチャマ:お~い、焦らさんでくれ!

シベチャチャ:恥ずかしいことなのか?


「いや、恥ずかしくない、恥ずかしいことなんかじゃない。み、みんないくよ!

ソレィ!!」

 バーンと画面に巨大なマレ熊が現れる。

「あ、大きすぎ、大きすぎ。もっと引かないと」

 画面のマレ熊がきゅーと縮小され、その全身が現れていく。全容が映し出されるにつれチャット欄が盛り上がる。


クッチャマ:おおおおおおお

シベチャチャ:これは!

コメント:すげええええええ


 画面に現れたマレ熊はいつものカジュアルな恰好ではなく、重厚なアンティークドレスを身にまとっていた。緑色のベルベットの生地。胸元には暗褐色のブローチ。肘までの袖口には豪奢なレースが縫い付けられている。ふんわりと広がったスカートは

ふくらはぎほどまで長いが——


コメント:ああドロワーズ! ドロワーズじゃないか!?


 以前の配信に来ていたドロワーズ大好きオタクが悲鳴を上げた。

 マレ熊はドレスの下に真っ白なドロワーズをはいていた。スカートの前部分はサイドにたぐり寄せられるようになっていて、段々のレースがついたドロワーズの可愛らしさをよく見せるようなデザインとなっていた。

「じゃーん! 重大発表とは、新衣装のことでした! どうですか、この恰好」


シベチャチャ:すげーいいじゃん!

クッチャマ:推しの新衣装キターーー!

コメント:ドロワーズありがとうございます神です


「えへへ。このドレスいいよね。この前マレ熊のママから連絡が来て、この新衣装をプレゼントされたのでした!」


シベチャチャ:マレ熊の好きなアンティーク仕様だな

コメント:そういえばマレ熊のママって誰なの~?


「あ、えっと、(言っていいのかな。リア友だし特定とかになったりしないかな)」


クッチャマ:もしかしてあんま追及しないほうがいい系?


「そ、そーね。ママは秘密。ご想像におまかせってやつで。ヨロシク!」


シベチャチャ:OK

クッチャマ:ヨロシクされた。ところでなんか制作秘話とかはないん?


「実はね、ママはこの前の着せ替えゲームのロリータ服姿を見て、衣装を思いついたらしいよ。このドロワーズとか。あのときドロワーズを推してくれたリスナーさん、ありがとうね! あとは、私のアンティーク愛なんかもこのアンティークドレスにつながってます」


シベチャチャ:風邪配信からって一週間もたってないぞ

クッチャマ:その期間でこのクオリティ……ママ有能!


「えへへ~実はもらったのはこの一着だけじゃなくて、色々バージョン違いもあるんだよ」


クッチャマ:なにぃ!?


「他の衣装は今後の配信でぽつぽつ披露していくね! いや~ほんと素敵だよこのドレス。なんかゲームもうまくできる気がする」


シベチャチャ:ドレスでゲームはむしろやりにくそうだが

クッチャマ:まぁ、新衣装によるテンション上がりバフってことかな

コメント:他の衣装も早く見たい! このあとまた配信してもいいのよ(コソッ)

コメント:深夜配信待ってなんかないんだからね!


「なんかコメントにツンデレが発生してる。……頼まれたってわたし自分の好きなことしかしないんだからねっ!」


シベチャチャ:お~マレ熊のツンデレだ

クッチャマ:まて、この発言はツンデレか? おれはツンデレにはうるさいんだ

 そのまま話題はツンデレ談義に移行し、マレ熊とリスナー達の夜は更けていった。


「あーもうこんな時間。楽しかったけど今日はここまでにしときますか。じゃあみんな、おやすみなさい」


シベチャチャ:楽しかった。お疲れ

クッチャマ:新衣装マジありがとう。おつ!

コメント:ドロワーズ……まぶしかった。また見たいです

コメント:他の衣装も楽しみにしてるな~

この配信は終了しました。


「は~お披露目緊張したな。でもみんな喜んでくれたみたいでよかった! 友世は配信見てたかな? お礼のライン入れよーっと。うん?」


大神:おい、配信見たぞ。どういうことだテメー


「大神さんからチャット!? な、なんかいきなり怒られてるし……。とりあえず返信……」


マレ熊:お疲れ様です。あの、私何かしましたか?

大神:自覚ないのかお前! あーチャットだとまどろっこしい、通話いいか?

マレ熊:あ、はい大丈夫です。


 その瞬間通話音が鳴った。早いな……と思いながらマレ熊は通話に出た。


「おいマレ熊、あの配信どういうことだ!?」

「え、わたし何か変なことしました?」

「フー……お前配信で何言ったか覚えてるか?」

「えーと……」

 大神の気に障りそうな発言があったか必死で自分の発言を思い返す。

「あ! あれですか、リスナーにつられて言った適当なツンデレ発言がよくなかったんでしょうか?」

「ちげーよ! コラボの件だよ!」

「え? コラボ? あ、エリザベアーさんとの?」

「は~、お前この前のコラボで最後に私となんて会話したか覚えてるか? 今度こそは私と対決するって言ったよな! なのに、なんっでまたエリザベアーとゲームすることになってんだよ」

「あ、そうゆうこと」

「そうゆうこと、じゃねえよ! テメー約束破る気か」

「そ、そんな滅相もない。大神さんとの約束は決して忘れてなんか……ただ、エリザベアーさんとの件は色んなことの積み重ねで決まっちゃったというか」

「言い訳なんか聞きたくねぇ。お前に通す仁義があるんなら、」そこで大神はすうっと息を吸い込んで——


「いますぐ私と勝負だ!」

 バカでかい声で宣言した。

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