第5話 Vtuberたるものお月見を

【お月見】遅くなったけどみんなとお月見したい【終わったけど】


マレ熊茶子を待っています。

シベチャチャ:マレ熊遅刻か

クッチャマ:珍しいな

コメント:まだかーマレ熊

コメント:風呂入ってきてもいい?


 マレ熊、初の配信遅刻。リスナーは生ぬるく見守る気持ちでマレ熊を待っていた。


 時間はその少し前にさかのぼる。


「やばい、遅れる……!」


 マレ熊の中の人である仁子は必死で走っていた。お月見の日は終わってしまったが、季節のイベントをみんなで過ごしたい。そんな訳で有名バーガー店の秋限定メニューを食べながら、お月見雑談配信をすることにした。

 できるだけ熱々で食べたいため、配信の始まる少し前に買いに行ったのだが、思いのほか店が混んでいた。このままでは開始時間に遅れてしまう。

 仁子は猛ダッシュで家まで戻ろうとしたが、普段の運動不足がたたってまるでスピードが出ない。

 息が苦しい。でも急がねば。みんなが待ってる。フラフラ走る仁子の前方から男性が歩いてきた。

 そしてすれ違ったその時、ポトと音がした。

 え、と仁子は音の方向を見る。ケースに入ったICカードが落ちていた。間違いなく今すれ違った男性が落としたものだ。

「あ、落としましたよ!」

 しかし、男性は止まることなくスタスタと歩いていく。どうやらイヤホンをしているらしい。短髪の黒髪からのぞく耳にそれらしきものが見えた。

 迷うことなくカードを拾い、仁子は来た道を戻った。


「落としましたよ~~~!」


 必死に声をあげ、追いつこうとする。しかし、男性はかなりの速度で歩いており、対する仁子は疲れ切ってヘロヘロの走りしかできない。

 差は開いていく。時間も経過していく。けれど、諦めようという気持ちにはならなかった。結局信号で男性が止まって、ようやっと仁子は追いつくことができた。


「ゼエェーー……ゼエェー……あの、ゴホッ、すみません……」


 そっと男性の肩に手をかける。そこでようやく男性は仁子の存在に気づいたようで、ハッと驚いた顔で振り向き、仁子の顔を見てさらにぎょっとしていた。恐らく仁子の顔に死相が出ていたのだろう。

 ICカードを差し出す。男性は驚いた顔のまま「……あ、ありがとう、ございます」とボソッとつぶやいた。カードを受け取り、その後どうしたらいいかわからないようで所在なさげだ。


「で、では!」

 仁子は気まずい雰囲気に耐えられず、きびすを返した。

 そうすると男性が慌てた様子で「あ、あの……!な、何かお礼……」とつっかえながら話し出したが。

「いえいえ、気にしないでください。では、私は先を急ぐので!」

 旅人かのようなセリフを残してペコっと一礼し、仁子は再び走り出した。


(落とし物渡せてよかった。なんか私いいことしたんじゃない?)

 男性の驚いた様子を思い出す。

(大人しそうな人だったな。声も小さかったし。あーでも何かいい声だったかも。Vtuberに向いてそう。は、Vtuberといえば配信! 配信やばい!)

 そのあとはもう無の境地でひたすらヘロヘロダッシュだ。そんな仁子の後ろ姿を男性がじっとみつめていた。


 画面にケモみみの少女が映り、少しの間の後、マレ熊が話し出した。

「ごめんなさーい! 遅れました、ゼェゼェ……こんばんは、皆……ゼェゼェ」


シベチャチャ:お、きた。こんばんは

クッチャマ:こん!なんか息切れてね?

コメント:こんばんは

コメント:何かトラブル?


「いや、ちょっと思ったより時間かかっちゃって……改めましてこんばんは!

マレ熊ちゃんねるにようこそ! 今日は遅れてすみません!」


クッチャマ:マレ熊初の遅刻回

シベチャチャ:貴重だな

コメント:しばらくネタにするぞ~


「はい。まごうことなき遅刻です。もういくらでもネタにしてください……では配信始めます! 今日はね、お月見ぽいことしたくて。まぁ、もう終わっちゃってるんですけど、えへへ……」


シベチャチャ:お月見って何するんだ?


「気分だけでも味わいたいな~と。そんなわけで買ってきました。ジャン!」

 画面に写真が現れる。マレ熊が先ほど買ってきた期間限定バーガーだ。

「これを買ってきて遅れました、すみません! 今日はこれのレビューがてら雑談したいと思います」


シベチャチャ:これ美味いよな~あの店で一番好きだわ

クッチャマ:これも好きだけどおれは冬限定バーガー派だわ

コメント:おれ今回三回食った

コメント:おれ食えてない~泣


「みんなは夜ご飯食べた?わたしは今日期間限定バーガーとさらに限定のデザートパイも買ってきちゃいました。いや、買いに行ったら思いのほか店内が混んでてね……」


シベチャチャ:てか、早く食べないと冷めたら味半減だぞ?


「は、そうでした。それではいただきまーす! では、バーガーを、ハムッ……

うーん!たまご、ベーコン、パテそしてソース最高!」


シベチャチャ:マレ熊レビューして

クッチャマ:おまえがしてるのはただの食材の羅列や


「確かに。いやでも美味しい!としか言えない。年中食べたいけどこの時期だからいいのかな」


シベチャチャ:それな


「パイもいきまーす。……サクリ。うあ、中からあんこがもちが」 


シベチャチャ:さっきから美味そうに食うなー食べたくなってきた

クッチャマ:スマホで配信聞きながら買いにいこっかな

コメント:おれはもう家出た。配信はちゃんと聞いてるから!

コメント:歩きスマホすんなよ~


 マレ熊のレビュー?後、いつもどおりゆるーい雑談が始まった。秋に美味しい食べ物、涼しくなって捗ること、秋の新作ゲームなどなど……

 その時マレ熊はみんなに相談したいことがあることを思い出した。

「あーそういえばさ、最近DMが来てさ……」


クッチャマ:なに、お気持ち?


「ううん、それが実は……コラボのお誘いだったんだよね~」


シベチャチャ:え! コラボすんの?

クッチャマ:だれだれだれ!?


「あーまだ未定だから詳細は伏せるんだけど。言える範囲でいうと、またカボチャゲームに挑戦するかもしれない」

 チャット欄がなんともいえない雰囲気になる。

 マレ熊は以前「カボチャゲーム」という野菜パズルゲームで初見で神プレイを見せ、バズり、登録者数が激増してプレッシャーでヘラッたことがある。


シベチャチャ:マレ熊はそれでいいの?

クッチャマ:パズルゲームもうやらないって言ってなかった?


「や、それは大丈夫だよ。パズルゲームもいつかまたやりたいとは思ってたし。前はちょっと混乱してて、もうやりたくないって感じに言っちゃったけれど」

 リスナーの間では、マレ熊にとってあのゲームはトラウマという認識だったが、それは杞憂だったようだ。

「それより、みんな的にコラボってどう思う?」


シベチャチャ:マレ熊がやりたいことならいいよ

クッチャマ:前もいったけど好きにやれ。ついてく

コメント:コラボは正直見たい! でもマレ熊の好きなように


「あ、なんか好感触。よかった。わたしとしてもお話いただいたのはよい機会かもと思ってたんだ。うん、みんなにいい報告ができるようDMくれた方とお話してみる。もしコラボなくなっても、パズルゲームは近々やる予定だからまた見に来てね~」


シベチャチャ:お、いくいく

クッチャマ:今度は遅刻するなよ


「はい! 気を付けます!」

 画面の中でマレ熊が敬礼ぽいポーズを取る。

「じゃあ本日はこの辺で! また遊ぼうね~おやすみなさい」


シベチャチャ:おやすみ

クッチャマ:おつ!おやすみ~

コメント:おやすみ~

この配信は終了しました。


「コラボ見てみたいか・・・」

 コラボへの興味は正直ある。DMに書かれていた参加予定メンバーは女性Vtuberばかりで女性限定コラボ企画らしい。参加者の配信を見に行ったら、みんな明るくていい人そうだった。

 今までゲームは独りでやってきた。Vtuberを始めた今でもリスナー参加型の配信すらしたことがない。

(そんな私がいきなり複数人とゲーム? 楽しくできるかな?)

「あ~悩んでても仕方ない!」

 パソコンを開いてDMへの返信文を打ち始めた。


『お疲れ様です、先日お話いただいたコラボの件ですが——』


「もしコラボするんなら楽しめなきゃ損だよね」

 好きなことをやる、頭の中でそうくりかえしながら秋の夜は更けていった。

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