第4話 ヘラりからの復活

 前回のあらすじ

 初見のゲームで神プレイしたら、チャンネル登録者数が激増した。

「また増えてる……」

 自分のチャンネルページを見てつぶやく。

「どうしよう……こんなに注目されるなんて想定外だよ」

 登録者が増えるのは嬉しい。もっとたくさんの人と一緒にゲームしたり雑談したり……でもマレ熊は今までのゆるい雰囲気の中で行われる配信が好きだった。 

 今の自分にはこの登録者数はプレッシャーにしか感じられない。


「今日の配信、どうしよう」


(どんな雰囲気なんだろう、やっぱり今までより多くの人が来るのかな? コメントは増えるよね? 上手く反応できるかな? あ、荒らしなんかもきたりするんだろうか……)

「うぅ~……」

 久しく感じてなかった圧迫感。

「やだ、やだ、わたし好きなことしかしないって決めたのに」

 好きなこと、の配信が今怖く感じてしまっている。

「頭痛してきた……」

 だめだ、こんな状態で配信なんてできない。

「寝よ……」

 現実から逃げるようにベッドにもぐりこんだ。


『仁子さんて正直トロいよね、今までやってこれたの奇跡だわ』

『いやwwこれできないの?マジで言ってる?オレちゃんと期限言ったじゃん』

『他の仕事もあったんです~とか、言い訳は立派なタイプだ?』

『みんな優しいから言わないだけでオレと同じこと思ってると思うよ~』

『オレはさ、あえて厳しく言う人も必要だと思ってるわけ。必要悪なのオレってw』

『あーでた。泣けばいいと思ってるヤツだー勘弁してよー仁子さん仕事してーお願いーwww』


「ッハ!」

 夢だ。あの頃の夢だ。でも夢と思えないほどその声はリアルで、今まさに自分に浴びせられていたような感覚がする。


「夢、夢なんだから」

 自分に言い聞かせるが、声が涙で濡れていく。

「いまわたしはじゆうなんだから」

「ゆめでなくなんておかしいでしょ……」

 あぁ、もう二度と自分をおかしいなんて言いたくなかったのに。

「……ゥゥ……ッ……ズッ……ハァ……」

 涙が幾筋も頬を流れていく。鼻が詰まって息が苦しい。胸に重たいもやもやした固まりがとりつく。


(おかしいな。わたしは好きなことしかしないって決めたはずで。だから苦しいことなんかなんもないはずなのに)

「そうだよ、わたし好きなことしかしないんだから」

(わたしの好きなことって何?)

「ゲーム」

(じゃあゲームすればいいじゃん)

「でも配信が……」

(配信なんかしなくたってゲームはできるじゃん。配信にこだわる意味ある?)

「みんなとゲーム、して、楽しくて、ゲームのはなし、人とするのが」

(これからはみんな神プレイ求めて見に来るんじゃない? わたしとたるい話なんかしたくないって)

「そんなことない、そんなことない」

(じゃあ配信して確かめてみれば?)


 頭痛がする。頭を押さえながらそれでもパソコンの前に向かう。自分のチャンネルを開く。登録者数は2000人近い。

(これ、消しちゃえば……それでまた一から始めるんだ、マレ熊 茶子として)

「あれ、それでいいのかな? 名前って変えなきゃだめ? 配信のアーカイブも消えちゃうんだよね……」

カチカチ……

 バズりのもとになった野菜パズルゲームのアーカイブを開く。画面の中では楽しそうにマレ熊がしゃべっている。十人に満たない人数で構成されるチャット欄。とても暖かい雰囲気だ。

 視聴回数に目を落とす。一万回を優に超えていた。切り抜きを見た人達がアーカイブを再生したのだろう。そのまま画面をスクロール。コメント欄が表示された。


「コメントもたくさんついてる。何書かれてるんだろ、早く二回目やれ、とか?」

 息を飲んで覚悟を決める。


コメント:これが元動画か。カボチャめっちゃ早くできてんのに本人全然すごさわかってなくてわらった

コメント:チャット欄とのテンションの違いw

コメント:ゆるっとしてるな~普段は農場ゲームしてるんだっけ?テンション好きだからそれも見よ

コメント:さすがにビギナーズラックとは思うけど、本人が終始落ち着いてるのがよかったんだろうな。オレも落ち着いてもっかいカボチャ挑戦してみるわ

コメント:またこの人のカボチャゲーム見たい。ダブルカボチャ達成してほしい!

コメント:もっと色んなゲームしてほしい。見たい!

コメント:この配信からまだ新しい配信してないみたいだけど今度いつかな?リアタイしてみたい

コメント:マレ熊のファンになりました。顔がいい。次の配信待ってます


 そこには信じられないほどの暖かいコメントがあふれていた。危惧していた二回目を望む声や神プレイを望む声もあるが、それ以上に——


「みんなわたしのゲーム見たいって言ってる。色んなゲームしていいの? わたしと話してくれる?」


 アーカイブを再び見る。ちょうどカボチャを達成して2個目のカボチャを作ろうと皆で奮闘している時だ。画面の中でマレ熊の瞳がキラキラと輝いている。


「このマレ熊 茶子もいろんな人に手伝ってもらってわたしのところに来たんだよね……簡単に消していいものなんかじゃないよね」


 マレ熊 茶子のアバターを起動する。

「言っても伝わらないこと、たくさんあるけど。まず言わなきゃ絶対伝わらないんだ」


【緊急】いきなりすみません。【ちょっとお話】

「みなさん、こんにちは。マレ熊 茶子です。や~急ですみません……」


コメント:リアタイ初!

コメント:まじいきなり。リアタイできてラッキー!


「や、ほんと急ですよね。でもどうしてもみんなに伝えたいことがあって……」


コメント:え、何。引退じゃないよね!?

コメント:なんかこわい。声のトーン暗くない?


「あ~不安にさせちゃったらすいません。引退とかじゃないです! や、今回

わたしその~バズったじゃないですか……」


コメント:ビビった~

コメント:なんでそんな自信なさげなのwバズった本人が


「いや、ほんとですよね。すみません。いや、正直言ってわたし今めちゃくちゃビビッてまして」


コメント:え、なんで?

コメント:切り抜かれ方やだったとか?


「いやバズらせてもらったのは、ありがたいんですけど! それでわたくしの登録者数が激増しました件につきましては……」


コメント:口調いつもと違うしwどしたんw


「いや~はは、ですよね~……」


(だめだ。全然いつもどおりしゃべれない。こんなんじゃ伝わるものも伝わんないよ)


シベチャチャ:配信してるし!リアタイセーフ!

クッチャマ:お話って何!? 引退はヤメテ!


 あ、いつも来てくれる二人だ。シベチャチャさんとクッチャマさん。告知もちゃんとしてなかったのに来てくれた。リアタイしてくれた。

(……そうだ。ここはマレ熊のチャンネルなんだ。わたしが作った、わたしが好きなことやるためのチャンネルなんだ)


「あの! 話っていうのは! わたし自分の好きなことがしたいんです! これからも自分の好きなことしかしないと思う、ってかしない! そういう訳で次回の配信は農場ゲームに戻ります。パズルゲームやりません! よろしく!」


 一気に言って顔を伏せた。

(チャット欄見れない。どんな反応されてるんだろう。てかわたしいきなり叫んじゃって何やってるんだろ)

 視界の端でチャット欄が動いてるのがわかる。コメントが書き込まれている。このままでいることもできず、薄目でそーっと確認した。


シベチャチャ:いや、マジでどうした

クッチャマ:そりゃマレ熊の好きにしたらいいよ。ちゃんと告知してくれたらまたリアタイするし

コメント:なんかバズって変な奴にからまれたの?

コメント:自分パズルゲームで入った新規だけどマレ熊の好きにしたらいいと思うよ


 ブワっと自分でも驚くほど急に涙が出てきた。

「いや、まじであったかいし……なにこれ……ズッ……」


コメント:え、泣いてる!?

コメント:どしたんマジで?やっぱなんか粘着されたんか?


「あ、やばい。マイクでしゃべっちゃった。あ、これも聞こえちゃってるし。

いや~もう、へへへ……」


コメント:今度は笑ってるし!?怖いぞ


「フーー……はい。こっからは泣きナシです。マレ熊立ち直りました。もう大丈夫! あ、ちなみに荒らしとか粘着とかされてません。マレ熊ヘラってました。心配してくれた人ありがとう」


シベチャチャ:ヘラってたのか。何かあったかいものでも食べて寝ろ

クッチャマ:マレ熊メンヘラ属性もありか


「でも好きなことやるって思い出せたのでもう大丈夫。古参の方も新規でチャンネル登録してくれた人も、よかったらまたマレ熊のやること見に来てください」


シベチャチャ:立ち直れたのならよかった

クッチャマ:ムリすんなよ~

コメント:次も見にくるよー


「では緊急配信終わります。次回配信はちゃんと告知します。それではみなさんまた次回!」


シベチャチャ:お疲れ

クッチャマ:おつ!


この配信は終了しました。


「あ~緊張した。こんなに緊張した配信初めて。……うん、でもやってよかったな」


 荒らしも粘着もいない。私が自分の中で勝手に敵を作っていた。

「宣言したらすっきりしたな。ふふ、みんなにとっては意味不明だっただろうけど」

(安心したら、お腹すいたな。なんか作ろうかな……あ、そうだ)


「チーズトースト作ろ! ハチミツもかけて!」

 配信でリスナーに教えてもらった味を食べたらきっと元気がわいてくる。好きなことをやるにも元気は必要だ。


「さ、食べたらひと眠りして配信に備えますか!」


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