第22話 水族館の私(福井美緒視点)

「あー……」


昨日の水族館での疲れを癒すかのように、俺はぐっすりと眠っていた。

――のだが、突然、視界がブラックアウト。


「う、うぅ……く、苦しい……」


「にぃに?くるしい?どうして?」


顔の上でキャッキャと笑っているのは、我が家の末っ子、鈴だった。

なんかこう……俺の顔に、鈴のちっちゃいお尻が、思いっきり乗ってるようなんだが。


これ、見る人が見たら通報案件である。


「す、鈴〜。どいてくれ〜。にぃちゃん、このままじゃ死ぬ〜」


「ダーメ!にぃには、ごめんなさいって言わないと、どかないの!」


なぜか勝ち誇った声でさらに圧をかけてくる鈴。ぐいぐいとお尻の重みが増してくる。


いや、物理的には軽いんだが……精神的には重罪である。


「なっ、何に対して謝れば……」


「昨日、わたしをおいて、すいぞくかんにいったでしょーーーっ!」


「ッ!な、なぜそれを……!?」


完全に予想外の糾弾。しかも正確に核心を突いてくる。まさかこの子……名探偵か?


「ふふふ……調べはついているのだよ、ワトソンくん!」


「いや俺、ワトソンじゃないから!」


「台所で、にぃにがチケットの半券を落としていったの、わたしは見逃さなかったのだー!」


ぴらっ、とスカートのポケットから紙切れを取り出す鈴。……だがまだ俺の視界はお尻でふさがれている。証拠が見えない。


「ぐっ……もう、ブツは挙がってるのか……」


「ゆえに、きょう一日、にぃには……わたしの、ド☆レ☆イ!」


「えっ」


なんでそんな語彙だけ覚えた!?


「へんじはー?」


「……はい、鈴様」


「よろしい!」


やっとお尻をどけてくれた鈴。俺はようやく自由の身となったが、同時に“奴隷契約”という枷を背負って、日曜の朝を迎えることになった――。


***


階段を降りてリビングに向かうと、麗香に出くわす。


「おにぃ、おっはー。……って、その顔どうしたの?真っ赤だよ?」


「鈴に顔面アタックされた……」


「えっ、なにそれ、面白い」


すると、後ろからすかさず鈴が割り込んでくる。


「おねぇちゃんとにぃにの会話、禁止ーっ!」


「ええっ?なんでよ?」


「きのう、にぃにといっしょにいっぱいしゃべって、いっぱいあそんだのは、おねぇちゃんでしょ!きょうは、わたしの番なんだからっ!」


まさかのガチ嫉妬モード。小さな体に、メラメラと炎のオーラが見える。


「ふっふっふ、鈴。残念だったね〜。昨日はね〜、めっちゃ楽しかったんだよ〜♪」


と言いながら、スマホの写真を見せびらかしてくる麗香。

水族館の記念写真を見た鈴の目が、うるっと潤む。


「うっ、うわぁああああん!!」


泣いた。


「あ、ごめんごめん、鈴っ!おねぇちゃんが悪かったから!」


慌てて頭をなでなでする麗香。泣きスイッチが入ると止まらないのが鈴の仕様である。


「ど、どうしたら許してくれる?」


「……それならね、おねぇちゃんも、わたしのドレイにごう!」


「えっ」


「おねぇちゃん、さっき“なんでもする”って言った!」


「うっ……ズルい……でも……」


麗香はぐぬぬと唸った後、深いため息をついてこう言った。


「はいはい。麗香、鈴様のドレイになります……」


こうして、鈴に忠誠を誓う奴隷がもう一人増えたのであった。


「ではドレイたち、朝ごはんが終わったら、にぃにのお部屋にしゅーごーう!」


「「かしこまりました、鈴様!」」


地獄のような一日が始まる音がした。


***


朝食後、俺と麗香は覚悟を決めて階段を上がる。


「にしてもさ、なんでチケットのことバレたわけ?」


「台所にチケット落としてたらしい。探偵スキル持ちだよ、あいつ」


「ほんっとに……おにぃって、抜けてるんだから!」


「はい、面目ないです……」


部屋のドアを開けると――


そこには、クレヨンで書かれた文字が目に飛び込んできた。


 

「レンアイ ごっこ」


俺と麗香の、いや、鈴の奴隷生活がここから始まる――!

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