第16話 水族館での私たち①(七瀬勝視点)
部屋の窓から強烈な光で目が覚める。
「おにぃ、おはよ?」
「うぅん?おはよ」
気がつくと麗香の顔が目の前にある。どういうことかわからない俺。そもそも、何で麗香が俺の部屋にいるかはわからない。
麗香はそれにしても、俺の方をじーっと見つめている。
「勝にぃ、ジョンのお散歩」
「ああ、ジョンのお散歩な」
なるほど。ジョンは、最近ウチで飼い始めた柴犬だ。人懐っこい性格だ。でも、ジョンの力は強く、力一杯、リードを引っ張る時がある。それを考慮して、麗香はジョンの散歩を頼みにきたのだろう。
「それじゃあ、ジョンの散歩、行くか?」
「うん」
麗香はスマホを片手に持ちながら、小さく頷く。少し挙動不審に見えたのは気のせいだろうか?
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俺たちは玄関を出て、しばらく歩った川の近くまで来た。
「外は気持ちいいな」
へっへっへっとジョンも一目散に川の土手を歩いている。
「ジョンも、気持ちよさそう」
昨日は不機嫌だった麗香もなぜか楽しそうだ。
「ジョンのリード持ってみるか?麗香?」
「えっ」
麗香は少し躊躇う。まぁこの勢いでリードを引かれると麗香はすぐに引っ張られるちゃうか。
「やめておくか...?」
「やってみる」
普段控えめな麗香は、リードをよこして、と手を出す。
「それじゃあ、これ」
するとジョンは、リードを渡した瞬間、それを見計らっていたように、駆け足になった。
あっという間に麗香の手からリードが離れていて、ジョンは川の土手の向こうに行ってしまった。
「おい。ちょっと待てー。ジョーン」
ジョンは、しばらく走る。ほんと逃げ足だけは速い。
「あら、どこから来たわんちゃんかしら?」
品の良い声が向こうから聞こえてきた。
女の人はジョンと自身が連れてきた柴犬を撫でていた。俺が来ても、ジョンはクゥーンと言いながら、女性が連れている柴犬をスリスリしている。この女性の犬は雌犬だろうかと思ってしまう。
「すいません。リード、はなしちゃって」
「いえいえ、わたしもたまにやっちゃうから」
凛とした声の持ち主は明らかに聞いたことのあるような声だった。
「えっ咲さん?」
「勝くん?」
そう言って、顔を上げた女性は咲さんだった。上は灰色のカーディガンで下は白のフロッキープリントのスカートで整えた服装だった。
「咲さんも、柴犬飼ってるんですね」
「そうなのよ。勝くんの家も飼ってるのね?」
「最近、飼い始めたジョンです」
「ジョンくんね。私の柴犬。渋い名前だけど。
少し苦笑しながら、咲さんが答える。
「よくこちらを散歩するんですか?」
「ええたまにね。勝くんもなの?」
「今日はたまたま散歩に来て、いつもは街中を散歩してますよ」
「じゃあ、今日はラッキーだったね。勝くんに会えて」
そうにいう咲さんは、茶目っ気たっぷり微笑む。本当に俺はこの人と会うと胸の高鳴りが抑えられない。
そうこうしているうちに向こうから声が聞こえてきた。
「おにぃー?ジョンいる〜?」
「あぁこっちこっち」
俺が手招きすると、訝しむ顔でこちらに来る。
ここに麗華にとって知らない咲さんがいるからだろうか。麗香はすぐに俺の後ろに隠れて、警戒している。
「おにぃそちらのお姉さんは誰?」
麗香は不躾に俺の後ろから質問をする。
「ああ、そういえば麗香は初めてあったんだな。病院で知り合った大学生の三条咲さん。うちの近くの神社の巫女さんもやってる人なんだ」
「ほら、麗香も咲さんに挨拶」
俺が少しだけ、麗香を前に出す。
「七瀬麗香です。よろしくです」
それでも相変わらず麗香は警戒しているようで俺の服をぎゅっと握って、後ろに下がる。
「可愛い妹さんね。小学校何年生なのかな
?」
「四年です」
ぶっきらぼうに答える麗香。余程、咲さんを警戒しているらしい。
「すいません。咲さん。いつもはこんな感じではないんですけど」
「わたしも小学生の時はお姉ちゃんの後ろいつもついていたわよ。そういうものよ」
咲さんは、麗香に気をつかって優しく微笑みかける。
すると、咲さんは自分のデジタルウオッチを見る。
「あっ、もうこんな時間。私もう行かないと。勝くんまたね」
咲さんは思い出したことがあるらしく、杏子を連れて行ってしまった。
その背中を名残惜しそうに俺は見送る。
すると、横から麗香の冷たい目線を浴びる。
「おにぃ、何デレデレしてんの?」
麗香は怒ったような口調で服をより引っ張る。
「咲さん今日も綺麗だな」
「いってーーー」
麗香に腰をつねられる。
「おにぃは私だけのものなのに」麗香は勝に聞こえないくらいの小声で言う。
俺を置いて、麗香はすぐに散歩コースに戻る。
今の麗香はジョンのリード強い力で引っ張り、ひきづるように連れて行く。ジョンも観念したのか麗香のリードを恐る恐る見ながら、歩き出していた。
「何なんだ。麗香は?」
それにしても、昨日からの麗香の挙動がおかしいこともあって、不思議に思うが、難しい年頃だということなのだろう。
置いて行かれていた俺は麗香を追いかけて、やっと隣を歩く。
「それで、おにぃは今日、家にいるの?」
「今日は美緒と里奈で水族館に行く」
「へっ?」
麗香は急に止まる。ジョンも急に止まったせいか、恐る恐る麗香の顔色をうかがっている。
「なんか、チケットが余ったらしくてな。頼まれたんだよ」
「ふーん。デート行くんだ?」
麗香はすぐにジョンの方に振り返り行くよと合図し、散歩を再開させる。
「デートじゃないだろう?だって、美緒の妹、里奈も行くんだぜ。また、昔みたいな遊びみたいなもんだよ」
麗香が少し不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか?
すると麗香は下から覗き込むように言う。
「デートじゃないんなら、私も水族館に行ってもいいよね?イルカさんのショー見たかったんだ」
年相応のわがままに聞こえる。でも、俺はなぜか、麗香の話した言葉はまるで、イルカショーなんて興味がないけど行きたいと言ってるような気がした。
でも、この年頃の女の子は気持ちを表に出すのが苦手というのも事実だ。
本心は麗香も水族館に行きたいはずだ。
思い返せば、俺らの両親は共働きで水族館や遊園地にそれほど行けてない。
連れて行ってあげたい。
「それじゃあ、里奈に聞いてみるか?麗華も連れて行っていいかと?」
「うん、聞いて」
俺は里奈にラインを飛ばすと、既読になるが、返事がすぐにくる。
「オッケーだってよ」
「やった。これでイルカショーが見れる!!!《美緒さん里奈さんに、おにぃは渡さないから》」
麗香は先ほどとは違って嬉しそうに言う。
やはりまだまだ、幼さが残る妹だと思ったのであった。
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