第一七話 森林北東部

 プルーゲル王国南部に広がるアルト大森林はかなり広大なものであり、複数の国家にまたがって存在している。樹々の茂る深緑の森が果てしなく続き、時折木漏れ日が地面を照らしていた。


 森の北東端のとある場所、そこにある木々の生えていない開けた部分には沢山の生命体の姿があった。彼らは各々小さな輪を作って話し合っていたが、表情は暗いものであった。全員がうつむき加減に顔を垂れ、不安の声を漏らしている。


 普段であればもっと散らばって過ごしている彼らは、現在ほとんど全員が偏った位置にいた。


 その生命体の姿は、人間からかなりかけ離れている。


 まずは彼らの巨体。身長は低いもので三ペース(九六センチメートル)で、高いものは一二ペース(三八四センチメートル)になるものもいる。その腹にはたっぷりと肉がついていた。


 次に、顔を一言で言うならば豚だ。目は瞼についた肉で半分ほどしか開いておらず、鼻は正面に大きく突き出しており、尖った耳は高い位置についている。口元には上向きに牙が突き出ていた。


 腰のあたりにはボロボロの布が巻かれており、また、彼らの一部は棍棒を所持していた。


 そういった姿の生命体は、オークと呼ばれる。


 数にして千ほどが一か所に集まっていた。しかし好んでここへ集まったわけではない。そうせざるを得ない状況に陥ったからだ。また、彼らにここで過ごし続けるつもりは無い。


 というよりも、それだけの数のオークがこの狭い領域で過ごし続けられるはずがなかった。


 数週間もすれば周囲の食糧は底を尽きるだろう。


 逆に言えば、数週間分の食糧は準備されている。


 ここへ集まったのは、オークたちが新たな生息地を求めるための、大移動に備えるためであったからだ。


「全員聞けー!!」


 突如中央付近にいた一人のオークが、大きな声を出した。彼の肉体は他のオークたちに比べるとかなり大きく、手に握る棍棒もそれ相応に大きい。


 彼こそがこの千ものオーク達の首領だ。厚い薄茶色の肌にはたくさんの傷跡があり、多くの修羅場を乗り越えてきたことを物語っている。彼の屈強無比の肉体は、誰をも圧倒するに十分だった。


 喧嘩では負け知らずで、同年代のオークには一度も負けておらず、大人になるころには誰も相手にしたがらなかった。


 彼の存在はオークたちの間に轟いており、何度か遠くからわざわざ決闘に来たオークもいたが、誰も勝利できなかった。


 また、彼自体喧嘩が好きだったというわけでもなく、突っかかってきた相手を全員ねじ伏せていただけで、自分から仕掛けるようなことはなかった。


 実際、温厚な性格だ。また聡明でもあった。


 一週間ほど前のこと、オークたちに緊急事態が発生し、森林東部は混乱状態に陥っていた。しかし、唯一オークの首領たる彼だけは冷静だった。そして森林の生息域を回ってほぼ全てのオークを一か所に集め、これから新たな生活拠点を探しに出るつもりだ。


 オークたち全員が簡単に彼に従った理由、それは人間なら十分理解できるであろう。集団全体が不安を感じている時、誰もが求めるもの。


 強い指導者だった。


 力の強大さは既に知られており、特別誰かに悪さをしたなどという噂が一度も流れたことがなく、また聡明であった彼が最も望ましかったのだ。


 彼はその思考力と判断力を十分に生かし、これから自身の種族のためにすべきことを誰よりもよく考えていた。


「一週間前、俺たちの生活域に強大な化け物が出現した」


 首領の一声に、オークたちの視線が一斉に彼の方へ向けられた。険しい表情に怯える者もいれば、真剣に聞き入る者もいた。


「あれはお前たちに、そして俺にだって相手できるような存在じゃない。初めに戦った一〇人は一瞬で殺された。だからこそ、今すぐにでもここを出発して新しい生活の拠点を見つける必要がある」


 静かに話を聞くオーク達は、頷いて賛成の意思を示す。


「しかしすぐには出発出来ない。まだ同胞が取り残されているかもしれないし、行き先も決まっていないからだ。俺は仲間を見捨てていくつもりは無い。捜索隊が帰還し、行き先が決まり次第ここを出る。いいな!」


 オーク達は覚悟を決め、誰よりも強く賢い彼ならば必ずや導いてくれると確信した。


 そして棍棒や拳を力強く上に振り上げ、大きな咆哮を上げる。その信じられないほどの大きな声は、森の中に響き渡っていった。

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