第一六話 六人で囲む焚火 その二

 パウルは視線を炎に落とし、ゆっくりと口を開く。事件について語り始めた。


「最近と言っても三年ほど前の話なんですけど、我々が今いるこのプルーゲル王国の西方にはバファリア王国という国がありまして、その国のルールフルトという都市に、錬金術師協会の幹部の大勢が集まって大がかりな実験を行ったんですよ」


 薪がパチパチと音を立てながら燃え広がる。その火の灯りが冒険者たちの顔に淡い影を落としていた。事件とはなんであるのか、少女はパウルの目を見つめたまま無言で話を聞く。


 錬金術師協会がどのような組織であるのか少女は知らないが、錬金術師なる職業の者たちが集まる組織なのだろうとなんとなく想像した。


「その実験というのが……何もないところからきんを産み出すという実験でしてね、数十人が一つの魔法を共同で使用したと言われています」


 パウルはさらに続ける。


「錬金術師協会の方々以外にも、興味を持った貴族の方や商人の方々もこの世紀の大実験を見に来られていたそうなんですが……」


 パウルは言葉を溜める。少女はごくりと唾を飲んだ。


 焚き火の炎が大きく揺らめく。


「そこを中心に周辺地域が一瞬で凍り付いて、少しの間かなり強力な冷気が漂っていたそうなんです。もちろん都市全域に被害が及んでいて、死者は数千人と言われています。遠くから見ていた人によると、その辺りは一瞬空気まで雫となって空から落ちたとか」


 少女は、心の底から驚愕した。


 まさかそれほどのことが起こっていたとは思ってもみなかったからである。しかし彼に失礼のないように、全力で驚きの表情を掻き消した。


「つまり……その実験は失敗だったんですか?」


 少女は恐る恐る質問する。


「分かりません。実際、事件が起こった後に各国の冒険者協会の最高指導者たちが調査に赴いたそうなんですが、氷漬けの錬金術師たちの中央には一デンス(一・五グラム)にさえ満たないぐらいの純粋な金の粒が見つかったそうです。その上、以降ルールフルトには沢山の尸族が現れるようになったとか。そういったことがあって……この事件以来、錬金術師に対する世間の評判が急激に悪化したんですよ。バファリア王国では国中の全錬金術師が国外追放になったほどでして」


「結果に対して犠牲が大きかったのですね……」


 少女は暗い表情で言った。全員が同じような雰囲気を出している。一同、しばしの沈黙に包まれた。


「未知の実験だったので、仕方のないことでしょう。同じことを繰り返さなければよいのです」


 フランツの言葉で場の雰囲気は少し和らいだ。


「そうよ。それにみんなが使う魔法だって、錬金術師たちのおかげじゃない」


 エミーリアは言ったが、少女にはその意味がよくわからなかった。


 そこからは一転してくだらない話が続き、空気は明るくなって話は盛り上がった。


 少女は時々相槌を打っていた程度で、ほとんど冒険者たちが発言していた。このあたりのことを知らない少女を少しでも気楽にさせようと考えての行動であった。少女は彼らの雰囲気づくりの上手さに感銘を受けたのだった。


「そういえばカミリアさんっていくつなの? あれだけの剣術を身につけるのにどのくらい時間がかかった?」

 

 突如話が少女に振られ、また全員がこちらを見てきたことに少女は一瞬戸惑ったが、すぐに返答する。


「今は一七です。剣術は……ちゃんと習ってません。雰囲気で使ってるので、かなり不恰好だと思います」


「同い年なんだ! だけど、習ってないってのは信じられないわ。あれだけの剣術を使えるのって、国内じゃ最高指導者ぐらいよね」


 エミーリアは驚いている様子である。


「そういえば、最高指導者って何ですか?」


 少女はパウルの話にもあった謎の役職名らしき用語に疑問を持った。


「各国の冒険者協会に所属する冒険者たちの中で、最も強い力を持つ存在に与えられる称号です。一応各国家に一人までと決められています。ですが一級冒険者、つまりは冒険者の最高位の地位を持つ者から選ばれるので、都市国家などの小国には存在しないこともあります。冒険者協会というのは、国内の各都市にある冒険者組合をまとめ上げる存在です」


 エミーリアに投げかけられた少女の質問は、フランツによって返答された。冒険者であるならば誰でも知っているような簡単な知識を、少女に対して紳士的な態度で丁寧に教えてくれた。


(知らないことだらけだな……)


 少女は改めてこの世界への無知を実感した。


 その後も団欒だんらんは続く。少女の彼らに対する警戒はかなり薄れ、それは冒険者たちも同じことであった。


 時々クラーラに話が振られ、自身が尸族であることを口走りそうになり、少女が慌てて口を塞ぐなどのこともあったが、それ以外に大きな問題が起きることはなく夜が更けていった。


「それでは明日、ヒューエンドルフへ向かいましょう」



 焚火の炎は灯されたまま、全員がそれを囲むような形で横になった。


「わっ、私は眠らなくても平気なんですけど……」


 クラーラは小声で少女に話しかけてきた。


「それはわたしも同じだって。変に思われないようにな」


 わかりましたという声には、少し寂しさが籠っていた。

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