第一八話 最期の記憶

 ――バン、バン。


 両手で握りしめた拳銃の引き金を引く。


 発射された鉛弾は間違いなく直撃したが、目の前にいる鉄の塊はびくともしない。


 ここは某所地下壕。細い道が何処までも続く入り組んだ鉱山内部の採掘現場のようなこの壕は、普段からここで生活している者でなければ容易に最奥部までたどり着くことができないようなつくりであった。


 余裕のない状況だったのだ。


 少女の属するヴラファラーシュ帝国は国土のほとんどが敵の手に落ち、今や組織的抵抗など不可能な状態であった。野蛮な敵兵は帝国皇帝をも殺し、女や子供へも手をかけている状態である。


 少女は戦火から逃れてここへ辿り着き、身元を隠してかくまってもらっていた。


 しかし、敵の自立型二足歩行兵器が、内蔵された探知機でこの壕を調べたところ、不幸なことに壕の奥の方から心音を感じ取ってしまったのだ。


 その出入り口付近で待機していた数名の番人は既に撃ち殺され、自立兵器は避難民が多く隠れている奥の中央広場へと迷うことなく進み、そこにいた数十名の痩せこけた人々を虐殺した。


 砂埃すなぼこりや土煙で茶色くなった外套を身に纏い、布で包まれた細長い何かを腰のベルトに差し、両手で拳銃を構える少女はこの壕の最後の生き残りだ。


 偶然食糧を運び出すために奥の倉庫の方へと向かっていた少女は、大きな銃声と悲痛な叫び声を聞いて全員がいる広場へと走って行った。


 そして、惨状を目にしたのであった。


 老若男女関係なく全員が血を流し、地面に伏している。全員の頭には、大きな穴が空いていた。


 その大量の死体の中央付近に二体の化け物を見つける。


 モーターの回転する音が小刻みに響いた。


 それらは誰が見ようとも決して人ではないと断言できる存在であった。シルエットは人型であるが、全身が金属でできており、頭は探知機類で埋め尽くされていた。


 また、両手で大きな半自動小銃を握り締めており、腰の位置に構えているものの、銃口はしっかり相手の頭を撃ち抜けるように照準されている。


 殺人が専門の二足歩行兵器だった。


 なぜ半自動小銃かといえば、開発構想が〝脳天を一撃で〟であったためだ。


 いくつもの実験と数多の厳しい試験を乗り越え、何度も繰り返し改良された自立兵器は、銃にとっては不利な肉薄した戦闘においても、的確に相手の脳天を撃ち抜くだけの技術を持っていた。


 少女は逃げられないと悟った。そしてここで確実に死ぬだろうとも。


 しかし、その心に秘めた恨みは相当なものであった。


 父や国民。


 罪のない彼ら全員に手をかけた奴らに対する憎悪が、少女の体を動かす。


 慣れた手つきで拳銃の引き金を素早く引いた。取り敢えず数を減らそうと一体に向けて二発撃ちこむ。


 全く通用しない。


 装甲に関して一切の知識がない人間であっても、少女の撃った弾丸が相手に損傷を与えられていないことは十分わかるだろう。


 その瞬間、自立兵器が少女に探知機を向け、そして照準する。


 耳をつんざくほどの大きな銃声とともに、直径四分の三ディジタス(一・五センチメートル)の弾頭が射出され、少女に迫る。


 しかし、少女はただ突っ立っているわけでなかった。既に拳銃は足元に投げ捨てており、腰に差してあった包みからあるものを取り出していた。


 片刃の剣だった。それは柄、鍔、鞘のない、剝き出しの刀身だった。


 銃弾が効かないのならばと取り出したのだ。奴らに接近できるか分からないが、運よく懐に潜り込むことさえできれば勝機はあるかもしれない。


 少女は二体に向けて走り出していた。少女の正面にはこちらを向く弾頭がある。


 ――そして、なんと少女は、自身に向けて迫り来る大口径の弾丸を一刀両断して見せる。


 普段の少女にはこれほどのわざを成し遂げるだけの技量を持ち合わせていない。


 ただ運が良かっただけであり、構えた剣の位置が丁度射線に重なったのだ。


 切った弾頭の欠片が頬をかすり、傷をつけた。傷口から血が滴る。


 僅かな隙に少女は自立兵器に対してかなり接近していた。大口径の半自動小銃は、直撃すれば確実に相手をほふれる。しかしもし外せば、反動でずれた照準を正すために、次の射撃まで少しだけ時間がかかる。


 そのほんの少しの時間でそれらに詰め寄ったのだ。


 そして、一体を思い切り斬りつけた。


 先ほどは銃弾を弾いた胸部装甲であったが、今回は火花を散らしながら両断される。


 少女の力強さも要因の一つではあったが、何よりもその剣の切れ味が異常であったのだ。斬った少女自身も驚いていた。


 剣の切っ先は内部の制御回路を損傷させ、自立兵器は姿勢を崩して地面に倒れた。


 その時、隣のもう一体の弾丸が、背後からまた少女に迫る。


(痛っ!!)


 少女は銃声を聞いて避けようとするも、今度は頭を掠り、大きな痛みを感じた。


 もし仮に倒せたとしても、結局餓え死にするのは知っている。それならば、ここで撃ち殺された方が楽だというのも無論知っていた。


 それでも少女の心はくじけておらず、もう一体に切りかかろうとする。


 ――しかし、胸を斬られて倒れたはずの一体が、少女を背後から射撃した。


 姿勢を維持する機能は完全に崩壊していたが、射撃に関する機能は少し損傷していたのみで、頭を狙うことは出来なかったものの、腰を打ち抜くことに成功した。


 寝そべったままの片手での射撃であったため、強烈な反動を受けて半自動小銃は手から離れ、後ろへ飛んでいった。


 また、その衝撃で寝そべっている自立兵器は完全に機能を停止する。


 少女は突然足の力が抜けた。脊髄を撃ち抜かれたために足を動かせなくなったのだ。もう一体の目の前で倒れてしまった。


 すぐさま少女は顔を上げたものの、そこにあったのは先ほどよりも大きく見える銃口だった。


 ――バン!


 一発の銃声が鳴り響く。


 同時に少女のおでこには大穴が空き、完全に意識を失った。


 その後、死んだ少女に握られたままの剝き出しの刀身は、一瞬だけ薄く赤色に光る。



「うわぁぁぁっ!!」


 まだ空は薄暗く、日の出が始まりつつある早朝、少女は大声を出して飛び起きた。


「ど……どうかされましたか?」


 クラーラが少女に恐る恐る聞いた。


 隣で横になっていたクラーラは眠れていなかったらしく、少女から受け取った分厚い本を読んでいた時に横から大声が聞こえたため、驚きの声を小さく発して肩をびくりと震わせた。


「すまない……。悪い夢を見ただけだ」


(もう疑ってなかったけど、やっぱりここは夢じゃないのか……)


「そ、そうでしたか……」


(あんな生き方をしたんだ。こうなるのも運命なのかな……)


 少女の叫び声は大きいものであったにもかかわらず、冒険者たち四人は昨夜の疲れからか、まだすやすやと眠っているようだった。

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