第八話 とある冒険者たち その三
嫌な予感に駆られる。
生還すれば一級への格上げが期待できる戦果をあげ、完全に疲れ切った様子の四人の冒険者は、皆先ほどと同じような警戒の表情を浮かべると、すぐに立ち上がって武器を構えた。
その対象は、森の奥から突如として現れた明らかに悪い気配だ。
それは倒した二体の骸骨以上のものであった。
「リーダー! どうする?」
真っ先に声を発したのは、巨大な槌を構えたまま森の奥への視線を一切離さないエミーリアであった。声色には恐怖が含まれており、今にも逃げ出したいという感情に支配されているのは明確である。
「こ、これは……あの速さなら逃げられはするだろう。何が出現したかだけは確認して、撤退した後組合に報告しよう!」
パウルは即座に行動方針を決定し、仲間に伝える。素早いものではあったが、顔には少しひきつった表情を浮かべていた。
このチームは結成以来、戦う前からこれほど戦意を削がれ、撤退しようとまで思わされるようなことはなかった。
彼らは既にかなり消耗している。そんな状態で先ほど以上に強大な存在と戦えるはずがないのだ。
「ですが、放置すればヒューエンドルフの住民が危険にさらされるのでは?」
「申し訳ないが……どうしようもないだろう。俺たちが責任をもって事態の深刻さを伝えるべきだ。低級冒険者を大勢連れて防衛するのが得策だろう。それに、都市まで来ると決まったわけじゃない」
「確認するだけなら隠れたほうがいいんじゃないか?」
そうフェリックスが提案する。
「いや、この気配は尸族だ。だからどこにいようと見つかる。逃げやすい場所にいたほうがいいだろう」
四人はじっと正面を見続ける。
先ほどの戦闘と違って、パウルによる武器や身体強化の魔法は使用されない。戦闘する意思は一切ないということだ。
四人は誰一人として声を出していないにもかかわらず、森はかなり騒がしい。大きな足音が地面を揺らし、その都度付近の小動物が逃げるように移動しているのがわかる。
自分たちに危害を及ぼすであろう存在の接近に、皆が覚悟を決めて待ち受ける。あまりにも不吉な気配が漂って来る。
そして、敵は現れた。
「し、尸族の母…………だと!?」
視認した瞬間、パウルは動揺してそう言った。
「なっ、何それ?」
冒険者は敵の異様な姿に瞠目し、恐怖している。
現れた尸族の姿は、あまりにも醜いものだった。
身長は三パッスス(四・八メートル)弱であり、背丈に不釣り合いなほどの贅肉がこれでもかというほど纏わりついていた。肉体のどの部分も腐っており、ひどい臭いを周囲に漂わせている。
何よりも特徴的なのは、その肉
「かなり不味い! ……話によるとあいつは、走る尸族を大量に召喚できるという話だ。それにいくつかの魔法を使えるという。俺たちじゃ相手にできない! 全盛期の組合長で……互角に戦えるかどうかだろう……。早く逃げるぞ!!」
そして、全員が走り出そうとしたその時、その尸族は全員の恐怖に追い打ちをかける。
尸族の母が上を向き、全身を振動させた。
グチャッという音を何度も何度も立て、なんと一〇体もの尸族を腹の裂け目から吐き出す。
それらは気味の悪い汚れた液体を体に付着させたまま地面へと産み落とされ、そしてゆっくりと立ち上がった。
その尸族たちはすぐに
冒険者たちはその瞬間を見ていたことに少し後悔した。
「はっ、速い!」
「逃げるぞ!!」
冒険者たちは敵に背を向け、そして一目散に逃げ出した。
エミーリアは走りながら後方を確認する。一〇体の走る尸族はこちらに向かってかなり速い速度で迫ってきており、今にも追いつかれそうなほどだ。そしてその奥にはゆっくりと歩く尸族の母の姿があった。
――彼女は恐怖し、そして
「エミーリア!!」
巨大な槌は体重の軽い人間にとって扱いの難しい武器だ。重心をうまく操れなければ、今のように転ばされてしまう。
三人は仲間の危機に気づいて足を止め、そしてエミーリアの方を見る。倒れ、頬に擦り傷ができた彼女の後ろには、忌々しい尸族の群れが獲物を捕らえる瞬間の肉食獣のような勢いで、前傾姿勢をとって腕を伸ばしながら跳びかかっていた。
もう彼女は助からないと、全員が覚悟した。
――その瞬間、一〇体の尸族の進行方向右側から異常な熱気を感じた。
それは、実体となって全員の目の前に現れる。
巨大な炎の渦が近くの草木を燃やし尽くしながら急速で接近し、走る尸族の群れに直撃した。
それはそこで止まることなくそのまま尸族たちを引きずって直進し、森の深くまで進んだあたりで大きな音を轟かせながら爆発が起こった。
木々に囲まれた森の中であっても十分に視認できるほどの、大きな火柱を上げている。
「いっ……いったい何が……」
冒険者全員は唖然とし、そして視界を歪めるほどの熱気を放つ爆炎に、しばらくの間魅了された。
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