第七話 とある冒険者たち その二

 冒険者四人組は尸族しぞくの群れを視認した。


 四〇体前後の悪臭を放つ死体のような存在が、腐ってボロボロになったその体をゆっくりと動かし、迫っている。


 数だけで見れば相手の方が圧倒的に有利だ。しかし彼らは歴戦の冒険者であり、尸族との戦闘経験があったため、そういった脅威に立ち向かう勇気や実力は十分にあった。


 ところがそんな彼らでさえ驚きの声を発する。


「骸骨!?」


「それも二体だと!?」


 冒険者たちが目にし、驚いた対象は尸族の数ではなく、それらの最後尾にうっすらと見える二体の尸族の種類だった。


 それらはフード付きの激しく損傷した黒色の外套を身に纏っており、地面から四ディジタス(八センチメートル)ほど浮いて前進していた。そして何よりも大きな特徴は、先行している尸族たちと違って肉がなく、ただの骸骨であることだ。とても不気味で、恐怖心をあおられる容姿である。


 骸骨に対して警戒するのは、普通の尸族とは違って魔法を使用できるからだ。


「リーダー、これは不味い! 逃げるべきでしょう!」


 フランツが提案した。彼の表情は真剣なもので、額には汗が流れている。


 しかし、リーダーのパウルは否定する。


「俺たち以上に強いチームはヒューエンドルフにいない。ここで撃破できなければ、そこまで被害が及びかねない。冒険者の役目だ、最善を尽くそう」


 パウルの言葉を受けても三人は緊張がほぐれないが、武器を構えて戦闘の意思を示した。


 彼はさらに魔法を使用する。杖の先が光ると、今度は青く光る魔法陣が出現し、その中央には逆三角形の記号(🜄)があった。すると尸族の集団の足元が突然ゆるむ。


 彼が今回使用した魔法は水属性のもので、地面をぬかるみに変えて尸族の移動を阻害した。


 そして足がとらわれた尸族たちは、進むのが遅くなったり転んだりする。


 しかし、骸骨たちは浮遊しているため影響がなかった。とにかく先に数を減らそうという考えだ。


「行くぞエミーリア!!」


「任せて!」


 前衛の二人は魔法の効果によって弱体化しているレヴナントの群れに飛び込んでいく。それは危険な行為であるが、もともと動きの鈍い尸族が魔法によってさらに鈍っている今こそ、攻撃の機会なのだ。


 二人は器用にぬかるんでいる部分を踏まないように避けつつ攻撃する。


 フェリックスは素早く動いて両手に持つ短剣でレヴナントの首を次々に刎ねた。エミーリアは巨大な槌を振り回して複数体を同時に吹き飛ばし、上から振り下ろして叩き潰す。


 槌の攻撃は強力だ。しかしその一撃は連続で繰り出せるものでなく、また小回りが利かない。


 振り下ろした槌を持ち上げようとするエミーリアの背に、近づいた尸族の一体が跳びかかろうとする。そして彼女はそれに気づき、槌を急いで持ち上げようとするも間に合いそうにない。


 すると、そこへ突如矢が飛来し腐った肉のついた脳天を貫いた。


 矢の刺さった頭からは腐った体液が流れ出る。そしてその尸族は倒れ伏した。


「ありがと、フランツ!」


 軽い調子でエミーリアがそう言うと、気を付けてくださいと言う返事が返ってきた。


 尸族や魔獣、亜人などとの戦闘に長けた冒険者である彼らには、蓄えた経験からほとんど隙がなかった。


 一人がミスをしても、小さいものであればすぐに仲間が助けてくれる。これは決して簡単なことでなかったが、長い間互いに背中を預けてきた彼らは問題なくこなすことができた。


 一体ずつ確実に撃破し、数を減らしていく。残りの尸族の数は二〇を下回った。


 チーム全員の真剣な表情には少しずつ明るさが出てきており、それは勝利を期待するものであった。


 ――その瞬間、突如飛来した炎の塊がフェリックスに直撃する。


 冒険者たちの一瞬の希望はすぐに打ち砕かれた。


 フェリックスは、近くにいた尸族もろとも爆発によって吹き飛ばされた。炎を受け止めた腕はかなり損傷しており、皮膚がただれている。


 横たわる彼に意識はない。


 この事態を引き起こしたのは、後方にいた一体の骸骨によるものであった。前衛の二人は、ゆっくりと奥の方から向かって来ていた骸骨の射程圏内に入ったのだ。


「フェリックス!!」


「エミーリア、集中しろ!」


「わかってるわよ!」


 突然の事態に彼らは各々声を出した。


 そしてパウルが言う。


「エミーリアは骸骨の攻撃に気を付けつつ戦闘しろ! フランツ、早く倒れたフェリックスをこっちへ運んだ後エミーリアの援護を頼む!」


 リーダーの素早い指示に二人は了承の意を示し、素早く行動を開始した。


 フランツは負傷したフェリックスをパウルのもとへと届けた後エミーリアの少し後方で弓を構え、戦闘を続行した。


「この魔法は苦手なんだがな……」


 パウルは杖の頭を横たわるフェリックスに向けて、魔法を使用する。生じた魔法陣は白く、中央には六芒星の記号(✡︎)があった。


 すると意識を失ったフェリックスが白色の光で包まれ、傷口が目に見える速さで修復されていった。


 そして彼は目を覚ます。


「はっ! わ、わりい……手間かけたな」


「具合はどうだ?」


「問題ない、もう大丈夫だ」


「そうか、悪いがまだ奴らが残ってる。戦ってもらうぞ」


 フェリックスは立ち上がり、そして駆け出した。二人の元まで到着すると、フランツはリーダーの元まで後退する。


 その頃には既に近接戦闘する尸族が全て撃破されており、残るは二体のスケレトスのみとなっていた。


 しかし、骸骨はもともと滅多に見かけるものではなく、簡単に出現するようなものでもなかった。多くの冒険者は一度も目にすることなく冒険者人生を終えるほどで、撃破するには最低でも二級冒険者の実力が必要だと考えられており、記録されている勝率はかなり低い。


 パウルは顎に手を当て、状況の挽回方法を画策する。


 その間スケレトスは火の玉や氷の槍など、様々な魔法を前衛の二人に向かって使用したが、彼らは機敏に避けた。二人は接近しようとするが度重なる魔法の飛来を避けるのに精一杯である。


 フランツの弓矢は隙間だらけの骸骨に対して有効でなく、なかなか戦えずにいた。


 そして彼は少しの間悩んだ後、三人に命令を出す。


「俺の合図で離れろ、魔法を使って一撃を加える。フランツは弓矢を使って奴らの気を逸らしてくれ。俺が魔法を使った後、エミーリアとフェリックスは一気に攻撃を叩き込め。いいな?」


 全員がリーダーの判断に了承する。弓矢は現在の敵に効果を発揮しないが、気を逸らす程度には使えるのだ。


「一、二、三」


 パウルが三を数えた瞬間に前衛の二人はスケレトスから離れ、パウルが魔法を使用すると、彼の正面には二つの赤い魔法陣が現れた。その中央には大きな三角形の記号(🜂)がある。


 それは火属性の魔法だ。


 大きな火の玉が二つ出現すると、一瞬にして加速し、そしてそれぞれ二体の骸骨に直撃した。


 骸骨は少しの間炎に包まれる。それらは身動きが取れていないようだ。


 そして燃焼が終わった瞬間、すかさず離れていた二人がそこへ飛び込んだ。


 フェリックスは二本の短剣で頭蓋骨を突き破る。エミーリアの槌はもう一体の全身を砕き、そのまま地面にまで衝撃を与えた。


 致命的であろう一撃を与えた二人はすぐさま後ろへ下がり、警戒を続ける。


 四人は倒れてばらばらになった二体の骸骨を凝視し、少しの間武器を構え続けた。


 そして、完全に動きが止まったことを確認する。


「た、助かったああぁぁ!」


 エミーリアが気の抜けたように槌を放り、そのまま仰向けになって倒れた。


 それに続いて全員が肩の力を抜き、武器を下げて溜め息をつく。心の奥では勝利に対して喜びの声を出したい気分であったが、目の前にあった死の恐怖からの解放に何よりも安堵していた。


「いやぁ、激戦でしたね」


「だな。これで俺たちもさらに有名ってところだろうよ」


 全員の警戒の色は完全に失われている。


 ――これで無事に帰れると、そう思った時だ。


 先程よりも多くの鳥の群れが飛び去って行くのを、月明かりが照らすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る