第二話 小さな草原と混合獣 その二

 化け物の咆哮に少女は身震いをする。

 

 突如現れたそれは、少女にとって見たこともない姿をしていた。


 しかし、全く見覚えのないようなものでもない。知っているいくつもの動物の要素が、一体の内に集約していた。


 輪郭は四足歩行動物であるが、その化け物はいろいろな動物の特徴を持っていた。体は大きなたてがみを持つ獅子、ところがその背には曲がった角を持つ濃い紫色の山羊やぎの頭が生えており、尻尾は見るからに固そうな鱗を持つ深緑の大蛇といった、混合獣と呼ぶべき姿であった。


 だが、化け物を化け物たらしめているのは見た目だけでなく、その大きさにもある。獅子の部分だけで全長は四パッスス(六・四メートル)、そして高さは二パッスス(三・二メートル)弱に及んだ。


 ――そして、雄叫びを上げた化け物は少女を睨みつけると、間髪入れずに跳びかかる。

 

 もともと大きなリーチのある体を持っているにもかかわらず跳びかかったのだ。ただの人間に避けられるはずがない。


 しかし先ほどの大きな咆哮によって、少女は我に返っていた。


 尻もちをついたままの体を何とか横に転がし、重い一撃を回避することに成功する。


 そして素早く立ち上がり、手に持つ片刃の剣を正面に構える。


 少女はかなり狼狽ろうばいしていた。狩人でない少女にとって、肉食動物にはどう対処してよいか知らなかった。獣に話が通用するとは到底考えられない。


 草原の周囲は断崖絶壁であるため、まるで獣と同じ檻に入れられているかのような気分であった。


 少女が剣を構え終える前に、獅子の尻尾の位置についている大蛇が鞭を打つかの如く少女へ向かって来る。


 少女は咄嗟に迫り来るそれへ剣を向け、剣の背であるみねの部分を左腕で抑えることによって、大蛇の攻撃を防ごうとした。それは片刃であるからこそできる芸当だ。


 蛇の鱗と鋭い刃が激突する。


 ――そして、硬いものが折れたような、嫌な音が周囲に響く。


「うああっ!」


 ――痛い。


 少女の防御は全く効果がなかったわけではない。大蛇の強硬な鱗はなんと少し砕けており、隙間から僅かばかり出血している。


 しかしその程度で、大蛇を両断することは出来なかった。


 大きな傷を負ったのは少女の方であったのだ。


 大蛇の一撃は、刀身を後ろから抑えていた左腕を砕き割っていた。


 少女の左腕からは、真っ二つに折れて先を尖らせた骨が服を突き破って姿を見せる。そしてそこから真っ赤な血が溢れ出ていた。少女は元より我慢強い性格であったが、今まで一度も経験したことのないような、理不尽とも言える激しい痛みに涙ぐむ。


 少女は握っていた剣を地面に落とした。そして痛む左腕を抑える。


 ――その瞬間、少女は頭上から熱気を感じた。


 何が起こったのかと、少女は見上げる。

 

 すると、そこには口を大きく開けた化け物の姿があった。


(し、死ぬ……)


 少女は死を悟った。何か足掻あがこうとすることもできなかった。


 そして、混合獣の獅子の部分が少女にかぶりつく。


 獅子の頭は体相応に大きく、少女は腹のあたりまで獅子の口にくわえられ、少女は腹に強い圧迫感を感じる。それは次第に大きくなっていった。獅子はあごに力を強めていく。


「うっ、ああああ!!」


 少女は獅子の口の中で叫んだ。


 抵抗しようとするが、余計に腕が痛む。


 ――そして、バキッという嫌な音が響く。


 少女の苦痛は限界に達し、遂に気絶した。背骨が腰のあたりでへし折れたのだ。


 獅子は少女の抵抗が終わったことを確認し、咥えたまま顔を上げる。それは少女を飲み込むためだ。少女は気絶した状態で逆さまになった。


 獅子は顎の力を緩める。少女の頭は重力に引かれて、獅子の喉のあたりに到達した。


 獅子の口先には、ブーツの底程度しか見えなくなった。


 ――ゴクリ。


 獅子は咀嚼することなく、少女を丸呑みにする。


 混合獣の足元には、刃に欠けのない剝き出しの刀身が横たわっていた。

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