第三話 不死鳥の目覚め その一

 少女を飲み込んだ巨大な混合獣は、少し時間が過ぎてから歩き出した。


 どこか行き先が決まっているというわけではなく、自身が何処へやってきたのか疑問に思っていたのだ。周囲を見渡し、ここから脱出する方法を模索している。


 突然少女を襲い、そして殺害したのは、ただならぬ生命力を感じ取り、恐怖したからであった。心臓を食い破るだけでは撃破できないような気がしたため、全身を消化することによって殺害すると決めたのだ。


 少女を撃破したことにより、混合獣は内心安堵していた。


 そして腰を折られた少女は、化け物の腹の中で意識を失っている。


 しかし――。


 少女は突如意識を取り戻し、そして胸いっぱいに息を吸い込む。


 窮屈で薄暗い場所に少女は困惑したが、少し揺れていることと生温かいことからすぐにここが化け物の腹の中だと理解した。幸いまだ胃酸は出てきていないようだ。


「私は……生きて…………!?」


 少女は自身に起きている現象に驚いた。視界の左側あたりが少し騒がしかったのだ。


 ――左腕が、炎を出して燃えていた。


 ところが熱くはない。


 そして、少女は何となくその理由を察する。自身を修復しようとしているのだと理解した。


 普通なら理解できないようなことを、少女は理解している。それは少女にとって当然のことであったからだ。いや、当然のことになったという方が正しいだろう。


 当然のことが何故当然なのかと問われても、答えることなど出来はしない。


(不死鳥の……魂?)


 少女の脳内にはある程度の情報が補完されていた。情報というよりは感覚に近いかもしれない。


 自身に何が起こったのか、今の自分には何ができるのか。そういったことをある程度知っていた、分かったのだ。


 偶然少女が対象になり、そして与えられた特殊な能力。


 偶然というのは少し間違いかも知れない。


 ほんの僅かの間眠っていた不死鳥は目を覚まし、久しぶりの新たな宿主の登場に、存在しないはずの意識が意気込んでいる。


(不死鳥が……私に?)

 

 少女の頭上にはまたもや疑問符が浮かんだ。不死鳥自体は少女にとって〝常識になった〟にもかかわらず、如何にして、そして如何なる理由で自身に宿ったのかが一切不明であったのだ。


 自身に不死鳥の魂が宿っているということは知っている。それによって自身は何ができるのか知っている。それが本来の不死鳥の力に比べてあまりに劣っていることも。


 しかしどうして――。


(不死鳥の魂がどうして宿った? そもそもここはどこだ? それにこの化け物は……)


 少女はいきなり与えられた膨大な情報に混乱していたが、ここが化け物の腹の中であることを再認識してふと冷静になる。


 今考え事をしている場合ではない。化け物の養分となる前にここを脱出する、それが最優先事項だ。


 腰を折られたせいで動かないはずの足が動く。既に腰の骨は修復済みのようだ。


 そして少女は自身にとって当然となった不死鳥の力を試すため、右手に力を込める。


 理解しているはずなのに、少しばかり疑う心もあった。


 ――炎が現れた。


 何を燃やして出来ているのかは分からないが、少女は自身がつくり出したことを知っている。


 手に炎を灯したまま少女は脱出方法を考え、すぐに妙案を思いつく。


 それは不死鳥であるからで、思いついたままにすぐ実行する。


 一度手の炎を消して狭い胃の中で姿勢を整えると、右のてのひらを正面に向けた。


 そして先ほどよりも強い力を加える。


 すると少女の掌からまたも炎が現れたが、それは勢いが激しく、胃袋目掛けて直進した。


 炎は胃壁へと衝突する。


 途端に、少女は強い揺れを感じた。


 混合獣は激しい腹の痛みに耐えかねて動き回っていた。それは獅子だけでなく、山羊や蛇も同様であったため、痛覚は共通と見える。


 少し経つと、混合獣の横腹のあたりが赤く光り出し、そして火山の噴火のように炎が噴き出してきた。付近の皮膚がただれだしている。


 その時点で混合獣は動くのをやめており、小さくうずくまって息を荒げている。その姿に先程までの勇ましさはなかった。


 やがて混合獣の横腹に大穴が空く。


 すると炎は収まり、そこから少女がうように姿を現した。


 そして足元に落ちていた剝き出しの刀身を拾う。


(やっぱりわたしは足掻くんだな……。一回死んだくらいじゃ変わらないのか)


 少女は少し疲労感を覚えていたがすぐに回復し、化け物から距離を取った。


「死んだ……のか?」


 少女は動かない化け物の様子を窺っている。皮膚は焼け焦げ、一部の臓器が見えていた。胃袋に大穴が空いていることもよく分かる。


 その瞬間、混合獣の三体の獣は、それぞれのまぶたを同時に開いた。


 少女の赤い瞳をじっと睨む。少女は威圧され、額に汗が滴る。


 胃が裂けること自体即死には繋がらないかもしれないが、弱体化していたとしても自身より大きな化け物に睨まれるのは心に来るものがある。


 すると、濃い紫色の山羊は突然大きな鳴き声を発する。


 鳴き声は普通の山羊の鳴き声で、なんら違和感はないがかなり大きかった。


 そして突然、その周囲を禍々まがまがしい気に包まれる。黒色の粒子のようなものが山羊の頭のまわりを素早く飛び交った。


 山羊は鳴くことをやめない。少女はその光景に驚き、絶句した。


 そんな少女をよそに、山羊の頭は変化を続ける。


 角の先が黒くなり、少しずつ崩れていく。


 飛び回る黒い粒子と同じように、空中を舞う。


 その間、他の二体の獣はじっと体を動かさずにいた。体の一部に起きている変化を気にも留めていない。それはまるで当然であるかのように。


 少女はその状況を静かに見守ることしかできなかった。


 やがて獅子の背の山羊の頭は、全体が一切の光を反射していないほどの真っ黒な色へと変化し、叫ぶのをやめた。


 そして、一度に崩壊する。


 獅子の背には、真っ黒な砂の山ができた。


 しかし驚くべきことはそれに留まらない。


 なんと、獅子の横腹に空いた穴が修復しつつあった。少女は気付いていなかったが、先ほど砕いた蛇の鱗も修復されつつある。


 少女はどうすることもできず、言葉を失ってただその神妙を眺めていた。


 やがて修復は完全に終わる。時間にしてものの十数秒、草原はその間静寂に包まれていた。


 満を持して、獅子はゆっくりと立ち上がる。背の黒い砂山はその振動で崩れ、草原へこぼれ落ちた。獅子の背には大きな楕円形の黒っぽい跡が残っている。


 少女はようやく動いた。ここに来てから驚かされることばかりで、先手を取れていないと自覚していたが、それでも遅れてしまっていた。


 片刃の剣を正面に構え、獅子の目を見つめる。左腕は既に完治しており、それどころか破れた服さえ修復されている。それに関して少女は気付かなかった。


 また、少女は獅子に飲み込まれる前と比べ、格段に心の余裕ができている。


 痛みに関する恐怖は全く変わっていなかった。しかし、何よりも死に対する恐怖心がなくなっている。


 構成する獣が二体となった混合獣は正面を向き、少女を睨みつけた。


 ――そして、一度目とは比べ物にならないほどの大きな雄たけびを上げる。


 第二回戦の開幕だ。

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