不死鳥の少女カミリア(旧・不死鳥少女建国紀)

かんざし

第一章 転生と冒険者の道

第一話 小さな草原と混合獣 その一

 雲一つない明るい青天の下、こじんまりとした草原にて一人の少女が静かに目を覚ます。


 少女は仰向けの状態で横たわっていた。歳は一七で、透き通ったやわらかな金色の髪は生まれつきのものだ。僅かに開かれた瞼まぶたの奥には、濃い緋色の瞳が覗のぞかせている。


 背の下に広がる草原は直径一五パッスス(二四メートル)ほどの円状で、中央に向けて少し盛り上がり、緩やかな傾斜がついている。


 しかし、その草原は異様なものだった。


 草原の端が、ほぼ垂直な高い崖で囲われていた。そのせいで実際よりも窮屈に見える。崖は真っ平らでなく、大小さまざまな岩を重ねてつくられたような構造で、でこぼこしていた。そんな崖の高さは五〇パッスス(八〇メートル)か、或いはそれ以上だ。


 上空に太陽は見られないにもかかわらず、どういうわけか草原には影がなく、しかしながらしっかりとした明るさがあった。


 その草原の中央に少女はいる。


 体は鉛のように重く、腕は何とか動くが足はほぼ動きそうにない。首も同様だ。しかし気分は悪くなかった。


(ここは……どこだ?)


 少女は仰向けになったまま眼球を動かして周囲を確認し、自身に何が起こったのかと考える。


 重く感じる腕を無理に動かして体に触れるが、どこにも異常はなく――。


「……あれ?」


 思わず驚きを声に出した。


 少女はフード付きの純白の外套を着ていた。それはかつて少女の祖母が作ったものである。茶色く汚れてところどころ破れながらも、死ぬ最後の一瞬まで共に過ごしたもので間違いないはずだが、一切の汚れや損傷が見られない。


 また、少女は焦げ茶色のブーツを履いている。これも何故か新品同様の美しさがあった。


 仰向けのまま思考を巡らす。

 

(あの時……死んだんじゃなかったのか?)


 そう疑問に思う。


(それとも、捕虜になったのか?)


 少女は動かない首を横に振った。捕虜になれたはずがない、向けられた銃口の形はくっきりと目に焼き付いている。そして一瞬の発射炎はっしゃえんも。


(地獄にでも落ちたのか?)


 少女の疑問は一向に解決されないままどんどん増えていく。


「はぁ、どうしたものかな……」


 そして溜め息をつき、一旦考えるのを止める。


 ここでは銃声どころか小鳥の囀さえずりさえも聞こえない上に、見慣れない光景を目にしていることで大きく心を動かされ、少女はかなり気が抜けていた。言うことの聞かない体を起こそうとして、腕をいろいろな方向に動かす。


 すると少女の手は冷たく硬い何かに触れた。


 触れた瞬間、形容し難い何か特別な繋がりのようなものを感じた。そして少し動くようになった首をそちらへ向ける。


 少女の目には、一振りの剣が映った。


 剣と言ってもそれはかなり特徴的な姿をしており、片刃であることが何よりも目を引く。


 そこには全身を剝むき出しにした刀身そのものがあった。柄つか、鍔つば、そして鞘さやなどは施されておらず、剝き出しのままであったのだ。


 傷一つない三日月のような美しい曲線を描くその刀身には、よく見なければわからないほどのかなり薄い真紅の色を宿しており、茎なかご(持ち手のこと)には不可解な文字が彫られていた。


 少女にはこれが一体何であるのか、心当たりがあった。

 

「これは……」


 少女は重い体を無理に起こして胡坐あぐらをかき、剝き出しの刀身をじっくりと観察した。


 それは戦時中に少女が父から預かっていたものであった。しかし、結局返すことは出来なかった。彼は太陽爆弾によって死亡してしまっていたのだった。


 その片刃の剣は代々受け継いでいるかなりの逸話がある一振りらしい。科学技術の発展した世界に住んでいた少女でも、内側に何か危険なものが存在していると確信していた。確信できるだけの気を感じていたのだ。


 すると少女は少し体が軽くなったように感じ、ゆっくりと立ち上がった。


 決して剣を杖になどしなかった。それだけ大切な宝なのだ。


 周囲をよく見渡す。


 足元には影ができていないが、少女はその異変に気づかない。


 そして、自身のすぐ近くに椅子が不必要なほど低い石造りの机のようなものを見つけた。それに足はついておらず、複数の丸石の隙間をモルタルで埋めて作られたような不格好なものだ。しかしそれでも、表面部分はかなり平らに磨かれていた。


 机というよりは台である。


 石造りの台の上には、くすんだ無地の紙が置かれていた。その紙は一般的な紙でなく、羊皮紙である。


 もしこれが置かれていなければ、椅子と間違えて座る人があらわれるくらいにその台は低かった。具体的には一ペース(三二センチメートル)ほどだ。


 その隣には、リベット打ちで半円筒状の蓋を持った木の箱、いわゆる宝箱の形状をした木箱が草原の上に直接置かれている。


 少女は石造りの台の前でしゃがみこみ、右手で片刃の剣を握ったまま何も書かれていない羊皮紙を左手で持ち上げる。


(なんだ……これ?)


 少女は不思議そうな目をしつつ、本当に何も書かれていないのかと、そっと裏面を確認した。


 そして、そこに書かれてあった内容に少女はぎょっとする。


 何重にもなる謎の円と、その中央には大きな逆五芒星(⛧)が黒いインクのようなもので描かれてあった。また、複数の文字列も記されている。


 少女にはその文字を読むことができた。少し古い文体だが、大まかな意味は掴める。


「召喚……混合獣……」


 少女はじっくりと文字を見つめる。どういったことが書かれてあるのか解読しようとしているのだ。


 ――そして、少女は意識せず羊皮紙にほんの僅かな力を加える。


 すると、突如その文字列と多重の円、逆五芒星が黒紫に光り出した。


「うわっ」


 謎の文字列と円盤は、少女の目の前で宙に浮きあがって見せる。羊皮紙の上に先ほどの黒い円盤の姿はなく、全く同じ形状のものが羊皮紙の上で光って浮遊している。それは書かれてあったものより少し大きくなっていた。


 少女は突然の事態に驚き、紙を落として尻もちをついた。


 光る円盤は紙に随伴し、草原の上にひらりと落ちる。


 そして地面に触れた瞬間、羊皮紙は姿を消した。突然端の方から燃えるように一瞬で失われたのだ。


 ところが光る円盤は草原の上に寝そべるかの如くそのまま残り、そしてさらに大きく膨らむ。直径は少女の背丈を優に超え、草原の表面でゆっくりと回転している。


 少女は尻もちをついたまま目を見開き、その光景をただ絶句して眺めていた。そのような少女の驚きと混乱を気にも留めず、巨大な光の円盤はさらに変化を見せる。


 ――上昇した。


 ゆっくり、ゆっくりと、草原の表面から空中へと上昇していく。


 ゴクリ、と唾を飲み込む。

 

 そして、円盤が通過したところからは嫌な空気が流れ出ている。直接何らかの気体が生じているのではなく、そこに何かがいるかのような雰囲気が漂って来るのだ。


 少しずつ何かが姿を見せる。


 そして、上昇していく光の円盤の下に四本の足が見えた。それはネコ科の肉食獣のようなものだ。


 少女は危険を感じるが、体は言うことを聞かない。あまりの恐怖心から動くことが出来なかった。少女は冷静さを失っているのだ。


 四パッスス(六・四メートル)程だろうか、上昇を続けていた光る円盤は間もなくして動きを止め、そしてあっさり砕け散った。しかし少女はその点に対して驚く素振りを見せない。


 そんなことに驚いていられるような状況ではなかったのだ。それ以上に危険を感じる存在が目の前に存在するからである。


 ――そして、地響きとでも言えるような大きな雄叫びが少女を正面から襲う。


 瞠目すべき大きな化け物の姿が、少女の目の前にたたずんでいた。

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