練馬区にある事故物件の話

私の方が、奥さんよりずっと気持ち良いですよね……先輩?

「『マンションK』のリフォーム確認行ってきま~す」不動産会社Aの新入社員。古島智恵ふるしまちえの元気な声が社内に響く。


 社内のいたる所からの「いってらっしゃい」が食い気味に返ってくる。


 今年大学を卒業したばかりの二十二歳。


 おっさんばかりの社内で、智恵ちゃんは完全にアイドルだった。


 彼女の教育担当に僕が選ばれた時は、智恵ちゃんと少しでもお近づきになりたい男性社員たちから、やっかみ混じりのヒドイ言葉を散々投げかけられた……。


 パワハラやセクハラに厳しくなった現代。


 教育係は既婚者の中で一番若い人材。それだけの理由で僕が選ばれた。


「行ってきます」僕も遅れてあいさつしたが、返事は誰からも帰ってこなかった……。


 …………


 彼女と二人。社用車に乗り込む。


 目的の『マンションK』に車を走らせながら「智恵ちゃんは、怖いの大丈夫?」とたずねる。


 少し間があってから「……私……ホラーとか本当苦手なんですよ~」と智恵ちゃん。


 本当に苦手なのだろう。彼女は少し青ざめていた。


「東京の賃貸物件はそういうの多いし……あんまり気にしない方がいいよ」


「……はい」


 これから向かう『マンションK』は事故物件だった。


 独り暮らしの女性が、手首を切ってお風呂にはいり。


 そのまま、出血多量で……といった感じだ。


 死んだ女性は、勤めていた会社の上司と不倫関係にあり。


 その関係がこじれてというのが、自殺の理由らしい。


「それにしても信じられません。自殺した女性が可哀想です」


「まぁ不倫関係をこじらせてみたいな話は、よくあるから……」


「奥さんがいるのにそういう事するなんて、絶対に信じられません」智恵ちゃんは、不倫相手の男性が許せないらしい。


「そうだよね~」智恵ちゃんの教育係を始めてから、そういう事を一切考えなかったか?と問われれば噓になる。


 目鼻立ちのきりっとした美しい顔。若くて瑞々しい肌。服の上からでも分かる豊かな胸。


『その全てを欲望の赴くままに抱いてみたい』そう思わない日はなかった。


「その点。先輩は安心ですねぇ奥さん美人だし~」と智恵ちゃんが茶化してくる。


 智恵ちゃんにせがまれて、前に奥さんの写真を見せたことがあった。


「いやいや、智恵ちゃんの方が奥さんより美人だと思うよ」


「あ~いけないんだ~奥さんに言いつけちゃいますよ〜」小悪魔のように微笑む智恵ちゃん。


 僕は、彼女に心奪われていた。


 …………


『マンションK』に到着。マスターキーを使い、目的の501号室のカギを開ける。(※マスターキー:全ての部屋を開けることが出来る鍵の事。オーナーや物件を管理している不動産業者が所持している)


『ガチャリ』


「うわぁ~凄い。新築みたいです~」部屋に入り。子供のようにはしゃぐ智恵ちゃん。


 事故物件という事で、敬遠される事を心配したオーナーが大奮発。


 フルリフォームを済ませた部屋は、築10年を全く感じさせない素晴らしい仕上がりだった。


「僕はキッチン周りを確認するから。智恵ちゃんはの確認お願い」


「…………先輩。イジワルです」涙目で訴えてくる智恵ちゃん。


「浴槽も完全に入れ替えてあるはずだから。心配ないよ」


「わ……分かりました。何かあったら絶対助けて下さいよ。絶対ですよ」


「はいはい」智恵ちゃんにバイバイと軽く手を振る。


「うー。先輩のバカ」智恵ちゃんは、散々渋りながら浴室へ入って行った。


 …………


 キッチンの扉の開閉確認。キッチン水栓の水漏れ確認。キッチン排水の漏水確認。レンジフードの動作確認。


 ひとつひとつ確認しながら、キッチン周りのチェックシートを埋めていく。


 キッチンの方は問題なさそうだ、次はトイレを確認するか……そういえば、あれだけごねていた智恵ちゃんの声が、さっきから全く聞こえてこない。


「智恵ちゃ~ん。浴室はどんな感じ~」智恵ちゃんからの返事を待つが、返事がない。


「智恵ちゃ~ん」呼びかけながら浴室のドアを開ける。


 そこには洋服を脱ぎ捨て下着姿になった。智恵ちゃんが立っていた。


「ご、ごめん。洋服でも濡れちゃったかな。本当ごめんね」慌てて浴室の扉を閉める。


 するとスグに浴室の扉が開き智恵ちゃんが、僕に抱き着いてきた。


「先輩スキ……大スキ」そう言いながら、僕の胸元にキスする智恵ちゃん。


 真っ白なYシャツの胸元に、ピンク色のキスマークがシッカリと付いた。


「キスマーク付けちゃった♡」妖艶に微笑む智恵ちゃん。まるで別人みたいだ。


「先輩……キスして」潤んだ瞳でキスを求めてくる智恵ちゃん。


 頭の天辺からつま先まで電気が流れたような感覚。僕は智恵ちゃんに求められるまま……キスをした。


 んっちゅ……。ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ……。

 

 お互い服を脱ぎ捨てながら……四度目、五度目、六度目と、繰り返し啄むようにキスを続けた。


「セ・ン・パ・イ」

 

 しばらくキスを続けていると、智恵ちゃんが口を開く。

 

「なに?」


「もっと深く……先輩と繋がりたい」


 次の瞬間。僕は智恵ちゃんに押し倒された。


「セ・ン・パ・イ……私で……気持ちよくなって」


 僕たちは深く繋がった。

 

「好き……。先輩……好き……好き」


 智恵ちゃんは僕とキスをしながら、ゆっくりと自分から腰を動かす。


 ほんの少し動かれただけで、抑えがたいほどの射精衝動がわき上がる。


「んちゅっ!」射精衝動をかき消すよう智恵ちゃんの身体を抱き寄せ、激しくキスをした。


 互いに互いの舌を絡め合わせる。肌と肌を重ね合わせながら、僕たちはひたすら口づけを続けた。


 再び沸き上がる射精衝動。


 それに合わせるように、激しく腰を上下に動かす智恵ちゃん。


「智恵ちゃん……待って……ゴム……ゴム付けてない……」


「このまま……中に出していいよ」僕の耳元で智恵ちゃんが甘く囁く。


 僕たち二人は、そのまま絶頂に至った。


 …………射精後の放心状態に浸っていると。


「私の方が、奥さんよりずっと気持ち良いですよね……先輩?」と言いながら、僕の首を優しく絞めてくる智恵ちゃん。


「智恵ちゃん……」罪悪感の波が押し寄せてくる。


「なんであのとき。私を選んでくれなかったんですか?……あんなに激しく愛し合ったのに……なんで?……なんで?……」そう呟きながら、だんだんと智恵ちゃんの両手に力がこもる。


「ち……智恵ちゃん……まって……くるしっ」必死に智恵ちゃんの手を振りほどこうと力を入れるが、物凄い力でビクともしない。


「一人は淋しいよ……」智恵ちゃんの瞳から涙が零れる。


 智恵ちゃんの背後に、髪の長い別の女性が重なって見える。


 僕はそのまま意識を失った…………。

 

 …………


 …………目を覚ますと僕は、智恵ちゃんの膝枕で眠っていた。


 目を覚ました僕に智恵ちゃんが囁く「先輩。今日の事は二人だけの秘密ですよ……」


「ごめん……本当にごめ」言葉の途中で、僕の口をそっと手で押さえる智恵ちゃん。


「謝らなくていいです。その代わりまた……愛し合いましょうね……セ・ン・パ・イ」微笑む智恵ちゃんの背後に、また髪の長い女性が重なって見えた。


 智恵ちゃんは、きっと何かに 取り憑かれている……おそらくそれは、この部屋で自殺した女性の霊だろう……。


 僕はその事に気付きながら……智恵ちゃんその女性とふたたびキスを交わした。

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