赤いリボンの女の子 3/3
ー 工事4日目 ー 204号室
滞りなく工事も進み、明日でこのアパートも最後だなと、ぼんやり考えていた。
さつきにもそろそろ、お別れを言わないといけないな……。
「フフッ」
美味しそうに唐揚げ弁当を食べるさつきを思い出して、笑いが込み上げる。
唐揚げを口いっぱいに頬張った顔が、リスそっくりなんだよなぁ。
「そろそろ昼飯にするか~」親方の声がする。
「親方は今日も定食屋っすか?」
「もう少しで、この現場も終わるからな、食べ収めだ」と笑いながら、定食屋に向かう親方。
「さーて、俺も飯にすっかな」時計を見ると11時58分。
そろそろ来る頃かなぁと思っていると「お兄ちゃん」昨日と同じようにまた真後ろから声がする。
「うおっ、だから驚かすなって」今日は用心していたのに、全くわからんかった。
「えへへ~さつきはかくれんぼ得意なんだよ~」と得意げだ。
「まったく、心臓止まるかと思ったわ」と言いながらさつきに唐揚げ弁当を渡す。
「ありがとうお兄ちゃん」満面の笑みで、唐揚げ弁当を受け取るさつき。
「じゃあ、冷めない内に食べるか」
「は~い」
二人で唐揚げ弁当を食べ始める。
今日もまたリスのように頬張って、唐揚げを食べるさつき。
そんなに詰め込んで、喉に詰まらせるぞと思っていると、案の定「むぐっ」と喉に詰まらせて、目を白黒させるさつき。
「ホラよ」紙コップに麦茶をいれてさつきに渡す。
麦茶を全部飲み干してから「ふう助かった~お兄ちゃんありがとう」とさつき。
「最近は暑いからなぁ、水分はしっかりとっておけよ」さつきの紙コップにお替りの麦茶を注いでやる。
『ピピピ ピピピ』スマホにメールが届く。
送り主はカミさんだった。
『もういつ陣痛が来てもおかしくない状態だって、心の準備をしておいてね……パパ❤️』
メールを見て笑みがこぼれる、そっかぁ俺もついに父親か……。
にやけてる俺を見て「何々、どうしたの?」とさつきが聞いてきた。
「子供がそろそろ生まれそうだって、カミさんから連絡が来たんだ」
「赤ちゃんが生まれるの?すご~い!男の子、女の子どっち?」
「今は前もって分かるらしいんだけどな、生まれてからの楽しみにしてんだ」
「え~~」不服そうなさつき。
「なんだよ~いいだろ」さつきの頭をなでる。
普段は『セットが乱れる』と言ってぷんすか怒るんだけど、今日は嬉しそうにしている。
「いいなぁ、さつきもお兄ちゃん
人様の家の事をとやかく言うのは好きではないが、あまり良い家庭環境ではないのだろう。
「さつきみたいに可愛い子だったら、俺も嬉しいなぁ」俺は、さつきを励ますつもりでそう答えた。
「ほんと?本当に嬉しい?嘘じゃない?」びっくりしたような顔で、矢継ぎ早にさつきが聞いてくる。
「もちろん、本当だ」小さな女の子が『大きくなったらパパのお嫁さんになりたい』みたいな話は、よく聞くし。
俺の子供になりたいって言ってくれたさつきの気持ちも、素直に嬉しかった。
「お願いお兄ちゃん、指切りして」とさつきが言ってきた。
最初は「また今度な~」と言って、笑ってごまかそうかなとも思ったが、さつきのまっすぐな瞳を見て、それは違うなと思い直した。
「分かった」俺はさつきと誓いの指切りをした。
「やった~うれしい~」さつきはぴょんぴょんと飛び跳ねて、嬉しそうにしてる。
赤いリボンが、それに合わせて揺れていた。
…………
「おーいアカバネ~そろそろ始めるかぁ」親方の声が聞こえる。
やべっ、もうそんな時間か、時計を見ると13時10分だった「さつきすまん、続きは明日……な……」俺は自分の目を疑った。
今までぴょんぴょんと目の前で、飛び跳ねていたさつきが、いつの間にかいなくなってしまったのだ……。
「親方ぁ、小学生位の女の子見ませんでした?」
「いやあ、見てねえな」
さつきが……煙のように消えてしまった……。
…………
ー 工事5日目 最終日 ー 205号室
さつきは今日もお昼を食べに来るだろうし、そのときにでも昨日の事を聞いてみようとぼんやり思っていた。
「アカバネ、ボケっとすんな、仕事中だぞ」と親方。
「すんません」いかんいかん、今は仕事に集中しよう。
201~204号室までは未入居だったが、205号室は住人が住んでいるとの事だった。
205号室のチャイムを押す。
『ピンポーン』 『ピンポーン』
……しばらく待ってみたが、返事がない。
「内田さ~ん、工事の業者です」声をかけるが、やはり返事がない。
仕方がないのでオーナーに連絡を入れる。
…………
30分位たった頃、オーナーがマスターキーを持ってやって来た。(※マスターキー:全ての部屋を開けることが出来る鍵の事。オーナーや物件を管理している不動産業者が所持している)
「お待たせしました。内田さんからは、勝手に入って工事していいと、言われてますから、すぐ開けますね」
そう言ってオーナーがマスターキーで部屋を開ける。
部屋の中は、足の踏み場もないくらいゴミが散乱していた。おそらく生ごみも混ざっているのだろう、とんでもない悪臭だ。
部屋の壁を沢山のゴキブリが這いまわっている。
俺たちは外に逃げ出した。
…………
とても工事ができる感じではない、とりあえず玄関扉を開放して臭いを外に逃がす。
少し時間をあけてから、親方と二人マスクをしてから再度部屋に入る。
オーナーは「ちょっと吐きそうだから、外にいます」と言って、さっさと逃げてしまった。
ゴミの山をかき分けて部屋に入ると、部屋の奥……子供がうつぶせで倒れている……。
その子の頭に……
「あああああ、さつきいいいいいいい」
俺はゴミを必死にかき分けて部屋に入り、さつきを抱きかかえる。
さつきは信じられないくらいに痩せていて……もう……息をしていなかった。
…………
さつきは母親とここで、2人暮らしをしていた。
母親は交際相手に会うため、鹿児島に旅行中だったそうだ。
さつきに十分な飲食物を与えないまま、このゴミだめに置き去り……9日間も。
脱水症と飢餓でさつきは……。
警察の調べでは、死後
…………
「親方ぁ、まだ信じられないっすよ。昨日まで俺と一緒に弁当食べて、麦茶飲んで、嬉しそうに飛び跳ねてたんすよ」
「俺の子供になりたいって、言ってたじゃねえか……」
俺はさつきと弁当を食べていた部屋で、まだ立ちなおれずに蹲っていた。
親方が俺の肩にそっと手をおいて「さつきちゃんも、お前と過ごしたこの数日間、楽しかったと思うぞ。今頃はもう天国にいるんじゃねえかな」と言ってくれた。
「さつきぃぃぃ」俺は涙が止まらなかった。
…………
その日の夜、カミさんの陣痛が始まったと病院から連絡があり、俺は急ぎ病院に向かった。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」赤ん坊が産声を上げる。
「おめでとうごさいます。元気な女の子ですよ」と看護師さんが教えてくれた。
「ありがとう、よく頑張ったな」俺はカミさんに感謝の言葉を伝える。
「あなた抱いてあげて、私たちの娘よ」
俺はおそるおそる、生まれたばかりの娘を抱き上げる「今日から俺がお前のお父さんだぞ、よろしくな」
娘に自己紹介をすませてから、ベビーベッドにそっと寝かせてあげる。
そのとき枕元に、何かが置いてある事に気が付いた「これは?」俺は看護師さんにたずねる。
「それが……いつの間にか娘さんが、手に握っていたそうなんです」
それはさつきがいつも付けていた、
「そっか……本当に俺の子供になってくれたんだな……約束したもんな」
怖さや恐れは全くなかった。数日間だけだが、さつきと過ごした日々は俺にとっても、かけがえのない日々だったから。
嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていた、さつきの姿が思い出される。
「大きくなったらまた、一緒に唐揚げ弁当食べような……さつき」
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