太田区にある事故物件の話
赤いリボンの女の子 1/3
これは太田区にある『アパートA』にリフォーム工事で入った時の話しです。
築20年、3階建ての小さなアパート、部屋数が全部で15部屋。
お風呂は悪夢の3点ユニット(バス、トイレ、洗面が同じスペースにある作り、ビジネスホテルによくある)
建築業の人なら分かると思うが、賃貸物件に入居して欲しいのなら、バストイレ別ウォシュレット完備は、現在のマストなのだ。
ボロい上に3点ユニット、しかも駅から徒歩20分という微妙な距離も相まって、部屋はほとんどが空室状態。
それに困ったオーナーが一大決心『空き部屋のバストイレを別にするぞ~』というのが、今回のリフォーム工事のあらましだ。
…………
ー 工事1日目 ー 201号室
俺と親方の受け持ちは201号室~205号室まで、1日1部屋、5日間かけて順番に終わらせる工程だった。
月曜日の朝9時から201号室に入り、3点ユニットをバリバリと二人で解体する。
工事予定の部屋は205号室をのぞき、全て空き部屋との事だったので、大きな音を出しても問題ない、工事も気楽なものだ。
12時になり親方が「アカバネ~そろそろ昼飯にするか~」と俺に声をかけてきた。
「すんません、今日は弁当なんすよ」と親方に返事する。
「いいなぁ愛妻弁当か~」と冷やかしてくる親方。
「いやいや、カミさんは予定日が近いんで現在入院中で……。この弁当は近くの弁当屋で買ったやつですよ」と俺。
「分かった、俺は一人寂しく近所の定食屋に行ってくるわ」と親方。
俺は笑いながら「了解っす」と親方に返事した。
親方を見送ったあと俺は一人、朝買っておいた『のり弁』を広げ食べはじめる。
すると後ろから「お弁当いいなぁ、美味しそう」という声が聞こえた。
振り向くと赤いリボンを頭に付けた、可愛らしい女の子が立っていた。
「どうした、昼飯食べてないのか?」と聞いたら、しょんぼりした感じで「うん」と答える女の子。
「お母さんは?」と聞くと「仕事でね……いないの」と返ってきた。
うーむ、お腹を空かせた女の子を無視して食べるご飯は、全く美味しくない、仕方ない……。
「弁当おごっちゃる、好きな弁当はなんだ?」と聞くと。
花を咲かせたような笑顔で「ホント?」と聞き返してくる「その代わりお母さんには秘密な」と笑って返す。
良かれと思ってやった事が、良かれにならない狂った時代だ、小さな女の子と仲良くしていただけで、
「言わない、お母さんには絶対言わない」指でバッテンマークを作る女の子。
「それで弁当は何がいいんだ?」
「唐揚げ、唐揚げ弁当が好き」
「よっしゃ、急いで買ってくるから待ってな」俺は駆け足で弁当屋に向かう。
…………
「ほれ、出来たてだからホカホカだぞ」と言って女の子に唐揚げ弁当を渡す。
「おじちゃん、ありがとう」嬉しそうに両手を広げる女の子。
「おじちゃん?」俺は唐揚げ弁当をスーっと女の子から遠ざける。
「うそ、うそだよ、お兄ちゃん、カッコいいお兄ちゃん」慌てて訂正する女の子。
「よろしい」女の子に改めて唐揚げ弁当を渡す。
俺はまだ30歳、おじちゃんと言われるような年齢じゃないはずだ……。
「本当に食べていいの?」と聞いてくる女の子。
「ほら早く食べちまえ、怖~い親方が帰ってくるぞ」笑って急かす。
「うん、いただきま~す」大きな声で『いただきます』を言ったあと、急いで弁当を食べ始める女の子。
「あちち、フーフー、美味しい、美味しいよお兄ちゃん」
唐揚げを頬張りながら、一所懸命に食べる姿が、小動物の様で大層可愛い。
俺に子供が生まれたら、こんな感じで一緒にご飯を食べたいなぁ、と思っていると。
「お兄ちゃん、食べないんだったら、白身フライ頂戴」と言いながら俺の弁当に魔の手を伸ばす女の子。
「じゃあ唐揚げとトレードな」と言って女の子の弁当から唐揚げを取ろうとすると。
危険を察知してガバッっと唐揚げ弁当を庇い「ウソです、ごめんなさい」と慌てて謝る女の子。
「分かればよろしい」
…………
弁当を食べ終わり時計を見ると12時50分だった、そろそろ親方も戻ってくる。
女の子はまだ唐揚げ弁当と格闘中だ。
「ごめんなぁ、そろそろ仕事がはじまるから、残りは家に帰ってからゆっくり食べな」と女の子に伝える。
「……分かった」とちょっとしょんぼりした感じの女の子。
「明日もここに来るから、一緒に弁当食うか?」と聞いてみる。
満面の笑みで「いいの?」と返ってきた。
唐揚げ弁当でこの笑顔が見れるんだったら、安いものだ。
「12時ピッタリに来いよ、遅れたら先に食っちゃうからな~」と言うと。
「絶対行くから、待ってて、食べるの待ってて」あわあわする女の子。
そういえばちびっこの名前を聞いてなかったと気付き。
「ちびっこは、名前なんて言うんだ」と聞いてみる。
「ちびっこじゃないよ『さつき』だよ」ぷんすか怒りながら返事が返ってきた。
「すまんすまん、さつきまた明日な」軽く手を振る。
「約束だからね~」と言いながら、大きく手を振ってさつきは帰っていった。
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