エピローグ

 「いやぁ、俺はシヴァでなく司馬夫だって何度も言ったんだけどね。切れたお前は破壊神の生まれ変わりじゃーって、神様たちが頑として譲ってくれないのよ」

 俺がことの顛末を彼女に語る。


 「あんたが破壊神シヴァだから、わたしパルヴァティーに恋したんじゃない?」

 天女がからかう。

 

 天女は蟄居ちっきょから解放された。

 『もうあんなまねはせんといてな。あんな事しでかすやつは狂ったやつら天界の神々にもおらんかったわー。ああ、お前切れると怖いんねん』

 神々にとっては、天女が仕事さぼった程度の世界の歪みよりも遥かに俺の物量作戦が怖かったみたいで、すんなり言うことを聞いてくれた。


 パルヴァティーが解放されただけではなく、『あの世界』の秩序も神々が元に戻してくれたようだ。下々のことには不介入の原則を捻じ曲げてまで正常化してくれた。

 まあ、最終的にはあの世界は転生した『俺』で飽和してしまい、ありとあらゆる空間が『俺』で埋め尽くされたことで時空までこんがらかってしまい、絡まって身動き取れなくなって自分ではにっちもさっちも行かなくなってしまったから、神々に元に戻してもらえてよかった。

 スカンダとラークシャサがその後どうなったのかは聞いていないけど、もう世界を滅ぼすことはなくなったみたいだし、今となっては正直あまり興味がない。


 そして、女神カーリーは今回の騒動の元凶として『三日間の謹慎処分』になった。めっちゃ軽い処分なんですけど、大丈夫なのか天界の秩序。

 まあ、天界の最高神にこっぴどく怒られて二度と俺にはちょっかいださないこと約束させられたので、もう俺が異世界で殺されることもないだろう。

 これから俺の本当の転生運が試されてしまうと思うとちょっと怖いけど。

 

 「まあお陰で私も異世界転生担当官に戻れたわ。好きなときに長期休暇取れるようになったし、このまま怖がらせておきましょう」

 「俺も天界にずっといていいことになったし、好きなときに好きなところに転生できる権利ももらえたし、いつか俺が倦んだら、俺の意志でこの輪廻止めることもできるようになったし。まあ、ようやくホワイトな職場になったよね」


 ここはいつもの白い部屋。

 白い丸テーブル。テーブルの上には紅茶。

 久しぶりに逢う二人。

 あっという間だったような、それでいて実際には俺にとっては数京年もの時を隔てた再会であった。

 

 「あんたがいくら転生してもすぐに戻ってきてたのって、あんたの不幸体質じゃなくって、カーリーが仕組んでたことだったのねー。それでもめげずに前向いて転生してたあんたはすごいわ。あんたがいなかったらカーリーの暴走は誰にも止められなかっただろうし。神は文句言ってばかりだけど、私だけはあんたを少しは褒めてあげてもいいわ」

 手放しでもっと褒めてほしいんだけど、そこがパルヴァティーだよなー。


 「昔っからカーリーって私にあんな感じなのよねー。すぐじゃれ合ってくるの。これも腐れ縁ってやつなのかしら」

 あれがじゃれ合いなのかー。

 カーリーはめっちゃパルヴァティーを憎んでるようにしか見えなかったけどなー。

 神々の性格って気性が荒すぎて、理解が追いつきません。涙。


 「でも、そもそもあんたがあんな変なスキル欲しがらなければ何の問題も起きてなかったんじゃないの?」

 パルヴァティーがいいところに気付いた。

 「うん、自分でもそんな気がしてきた……」

 「あーあ、さっき褒めたこと、取り消させてもらうわ。あんたが引き起こしたトラブルじゃない。私がそれに巻き込まれただけだわ」

 「それ言い出したら、最初に俺に声かけてきたのはお前だろー。巻き込まれたのは俺じゃー」


 そう言えば、ずっと謎だった件、異世界転生の前の世界では俺はどうなったのか、パルヴァティーに聞き漏らしていたことを思い出した。


 「失踪したことにも死んだことにもなっていないって言ってたけど、結局なんだったの?」

 「あれねー、私も実はよくわからないのよねー」

 どういうことだ?単にみんなの記憶から消去されたとか?


 「あんた、あの世界で産まれたと思ってたじゃない?」

 それはそうだ。最初の世界なんだから。

 「でも、あなたあの世界で『異世界転生者』として登録されてたのよ」

 「え?どゆこと⁉」

 「正確に言うと『異世界転生してきた者』ではなくって、『異世界転生者として産まれた者』ってことなんだけど」

 さらによくわからん。


 「簡単に言うとね、あんたが今回生み出した世界・天界を股にかけた歪みがね、この事件が終わったあとで行き場なくなって、とある世界のとある時代に吹き溜まったらしいのよ」

 「吹き溜まり」

 「あなたはその吹き溜まりから産みだされた者って言ったらいいのかな?それが『異世界転生者として産まれた者』ね。これ天界でも私しか知らない秘密だけどね」

 「え?でも俺普通に産まれて、普通に育って、普通のサラリーマンやってたんだけど」

 「そう思っていたのはあんただけで、あんたはその世界では全て吹き溜まりに渦巻くエネルギーの流れだったのよ」

 「まじかー。俺が生み出した歪みから俺が産まれたってことは、これ知られたら天界で鶏たまご論争勃発しちゃいそうだな」

 「あんたは真の輪廻転生者ってことね。無から有が生み出されたのね。だからあんたをそこから更に異世界に転生させてもその世界では失踪したことにも死んだことにもならずに、若干流れが淀んで混沌と渦巻いただけだったのよねー。私も意外だったんだけど」

 「俺の素性知りながら、俺をスカウトしてたのか」

 「そりゃそうよ。いやー、あんたがほしいスキルが『何度でも転生できるスキル』だったから内心びっくりしたわー。私の企みバレてるのかとドキドキもんよー」

 「じゃあお前があの世界すでに数万年すぎたって言ってたのは?」

 「あんたを異世界に転生させるための方便。本当はあんたがいなくなった事実は残らずにまた新たな渦巻きができてたわ」

 「よくそんな俺を異世界転生者候補に選んだなー、お前。イリーガル違法な禁じ手もイリーガルすぎるだろ⁉」

 「女の勘よ、勘。あんたを見つけた時、なんかすごいイレギュラーが起きそうな気がしたのよねー。悠久の惰眠を貪る神々をも巻き込んで一大騒動になるような。ひとに散々『世界を救うためにイレギュラー起こせ』とか偉そうに講釈たれながら、自分たちはのうのうと生きてる、淀んで腐った天界にガツンとかませそうな」

 「天界や世界巻き込んで自分の命も危険にさらしながら、なんでそこまでしようとしたの!」

 天女はニヤッと笑って答えた。

 「だって、めっちゃおもしろそうじゃない?」

 二人は顔を見合わせて……、爆笑した。

 


 「異世界に転生したら、貴方はどんな人生を望みますか?」

 

 爆笑からしばらくしてようやく素に戻った天女パルヴァティーが微笑みながら尋ねる。

 俺も笑って答えた。


 「すてきな天女さんと出会って、異世界中を一緒に旅できる、そんな人生かなー」

 「あら、欲張りな転生者さんですね。こんな素敵な女性と一緒だなんて」

 澄ました顔で紅茶を飲むパルヴァティー。


 「今度の長期休暇はどの異世界にしようか?」

 俺が尋ねる。

 「私が行けなかったアラビア風異世界はどう?妻になりたがる女性が多かったって小耳に挟んだけどー。本当のところ、どうだったの?」

 俺の脇腹を肘でぐりぐりしながら、パルヴァティーはいじわるそうな顔で俺の反応を楽しむ。

 「手当たり次第に『オープン・ザ・セサミ』って口説いたんだけど、みんなキョトンとして返事してくれなかったからねー。もし一人でも『はい、それは私です』って答えてたらその彼女と結婚しちゃっただろうなー。みんな美人だったから少し残念」

 済ました顔で紅茶を飲む俺。


 その瞬間、久しぶりに『雷』が俺に落ちた。


        ◇◆◇◆◇

 

 「私の次の休暇まであんたどうするの?暇でしょ?」

 紅茶を飲み終わり、天界の給湯室に行って二人でカップを洗う。

 「ちょっとズンのところに行ってこようかと思ってるんだよねー。ほらズンが俺の次の村長になっただろ?俺たちが死んだあとどうなったかなーって。表敬訪問ってやつ?」

 「まあ今のあんたなら好きな異世界に好きな姿で好きな時に行って、好きな時に帰ってこられるからね。転生をそんな好き勝手自由に使うなんて、異世界転生を司る天女の私としては複雑な気持ちですけどねー」

 まあ気持ちはわかる。俺がもし会社で管理職やってて、部にひとりだけ自由になんでもやっていいって社員がいたらめっちゃやりにくいもんなー。


 「ズンのところから戻ってきてまだ時間あったら、私の手伝いしてくれない?」

 「パルの手伝い?」

 「そうそう。この前異世界に送った転生者がせっかく英雄スキル持ってるのにシャイな性格でなかなか英雄になりきれなくって悩んでいるのよねー。あんたそういうの相談乗るの得意じゃない?また『私はひとの困りごとを解決するのを生業ないわいにしている者』とか芝居打ってよ」

 懐かしい昔話で俺をからかうパルヴァティー。

 「そう言えば、天界には白い部屋以外にあの『開かずの間』はないの? パルヴァティーがぐうたらするための部屋」

 俺は負けじとからかい返す。

 「それは言っちゃいけないお約束————!」

 パルヴァティーが俺を両こぶしで叩く。

 逃げる俺。

 

 それを遠くの物陰から覗く影。

 「ふん、こんなところで見せつけて! やっぱりあの天女おんな、ムカつくわー」

 女神カーリーだ。

 「今は二人でイチャコラ仲良くしてなさい! 絶対に私の方が幸せになってやるんだから!」

 カーリーがうそぶく。

 「そこで陰口言ってるのばれてるんだからね! この悪役女神がー!」

 パルヴァティーが濡れ雑巾を投げる。ビタンとカーリーの顔に命中。

 「こ、の、お、ん、な、もう許さん!何兆年かかってもお前をギャフンと言わせてやる!」

 カーリーに投げ返された雑巾はパルヴァティーに華麗に避けられて、お約束のように俺の顔に命中する。

 大理石の床を蹴り、一瞬で距離を縮め、パルヴァティーに飛びかかるカーリー。

 負けじとカーリーの脇腹にすぐさま蹴りを叩き込んで後ろから羽交い締め狙うパルヴァティー。

 天界恒例のドタバタのケンカがはじまった。


 またいつものケンカだと、取り合わずに無視して通り過ぎる天界の神々。

 とんでもないところ天界に来てしまったと少し後悔しはじめた俺。

 それを見逃さずにパルヴァティーは、カーリーに髪の毛を引っ張られ、逆にパンチをカーリーにお見舞いしながらも、俺に言う。

 

 「ほら、あんたもカーリーにさんざん意地悪されてたでしょ!私に加勢しなさい!この女ぎゃふんと言わせるのよ!」

 

 「異世界転生で俺が望んだのは、こんな人生じゃな————い!」

  俺は巻き込まれないように2つのカップを持つと、給湯室神々の戦場から猛ダッシュで逃げ出すのであった。






———————————————————

エピローグの後ですが、あと1話で完結となります。

今までのお付き合いくださって、どうもありがとうございました。


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