第21話 破壊の神
女神カーリーがしばらくぶりに白い部屋に寄った。
表向きは彼の転生先書類を受け取るためだが、その実は打ち拉がれて敗北を悟った彼をこの目で見て優越感を味わうため。
もう勝利は確定していたが、彼の口から敗北を聞きたかった。
女神は白い部屋に入るなり、その異様さに驚いた。
部屋には紙がうず高く積まれていた。
紙の束を手に取りパラパラとめくる。全て彼の転生先書類だ。
この短期間で一体何回転生していると言うのだろう。部屋に積まれた紙の山を見て、女神は気が遠くなった。
部屋には彼の姿はなかった。
と、転生門が開き、彼が姿を現した。転生先から戻ってきたのだろう。
異世界から天界に戻ってくると『転生酔い』という、極度に重い時差ボケと高山病と船酔いのトリプル症状が転生者を襲う。
天女にはヒールの力があるので、転生先から戻ってきた彼をこっそり治していたのだろうが、今の彼はそのままストレートな転生酔いを味わっているはずだ。数日寝込むほどの頭痛と吐き気と意識混濁。朦朧として立つことさえできないはず。
彼はふらふらになりながらも、ダーツボードを出現させ、すぐさま矢を投じた。
矢は吸い込まれるように、ある1点に刺さった。
その1点はもう何度も矢を受けているようで、さすが天界の神器だけあって壊れることはないものの、その他の点と比べあきらかに色が変わっていた。長年手入れされ実践で鍛え上げられた伝説の剣のように、ダーツボードのその1点には光沢のある艶が出ていた。
彼はダーツボードの矢を見るまでもなく、慣れた手付きですばやく転生先書類をなぐり書きすると、紙の山の一番上にダンと叩きつけた。
転生門を微調整するだけですぐさま転生門を開き、彼は転生門の中にかき消えた。
その間、わすが10秒ほど。
女神がこの部屋にいたことには全く関心がなかったようだ。あるいは気付いてすらいないか。
彼が転生門から消えて10秒ほど経った。
再度転生門から彼が戻ってきた。
天界では10秒しか経っていなくても、転生先の異世界では彼は数年間の時を過ごしたはずだ。
戻ってきたということは彼は転生先で死んだということ。カーリーが次々に送り込んでいる
その忘れることのできない心の痛みは確実に彼の記憶に積み重なっているはずだ。そして天界に戻ってきた彼を襲う『転生酔い』。
しかし彼は転生から戻るとすぐにダーツボードを出し、先程の1点に的中させて、書類を書き、転生していった。
その結果が、このうずたかく積まれた書類の山だ。
本来であればどんな人間相手にも恐怖など感じることのない女神カーリーだが、寒気を覚えたような気がした。
◇◆◇◆◇
彼女が気付けなかった、ただひとつの誤算があった。
彼が、不器用ながらも不運な己を受け入れ、それにめげずに何度でも何度でも人生をやり直すタフな心を持っていたこと。
それも天界の神々も含め誰しもが想像もし得なかったような、尋常ではないタフさを。
彼には他の転生者に与えられたような役に立つ能力は何一つなかったが、それを補って余りある、何度でも何度でも転生できるという無限の時間と無限の物量を持っている。
そして、普通であれば何回か転生に失敗すれば心が折れて諦めるところを、自分がいくら転生しても何千何万何億何兆回殺されるという気の遠くなるような年月をひたすら愚直に、ひたすら繰り返すという
天界で気の遠くなるような時間を、ただひたすらに白い部屋で数十秒に一回転生するという行為のためだけに費やした。
そして、転生先の異世界ではさらに、彼は
当初はあの世界に転生してスカンダたちの秘密を暴くことが目的だったが、何万回何億回も転生しているうちに、生々流転して輪廻転生すること自体が目的になっていた。もはやスカンダやラークシャサだけでなく、女神カーリーの動向ですらもどうでもよい。
倦みもせず、心も折れず、歪みもせず、ひたすらに真っすぐに、輪廻転生を繰り返していればいつかは天女を解放し、あの世界が滅びずに済む、ただそれだけを信じて。
彼が同じ世界の同じ時に、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し……、
世界は、質量的にも、エネルギー量的にも、思念体量的にも、ひとつの世界が維持できる許容量を大幅に超えてしまっていた。たったひとりの男の転生によって。
この歪みはこの世界だけでなく神の世界をも引き裂きかねない、狂気のイレギュラーだった。
天界に小さな地震が発生した。
全く天界を脅かすほどの大きさではないものの、神殿の太い柱に小さな亀裂が生じた。
天界が生まれてから悠久幾久しい年月で、これが天界ではじめての地震であった。
全世界の歪みが天界をも巻き込み地震をもたらしたのだ。
男が転生するたびに、歪みはゆっくりと静かに、だが着実に積み重なっていく。
いつかこの歪みに耐えきれなくなった世界は天界とともに全て崩壊するだろう。
神々はこの男の名を思い出した。
彼こそが破壊の神、シヴァであると。
———————————————————
次話『エピローグ』へ続く
いよいよ完結となります。
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