第19話 無謀な戦い
ダーツはどんどんうまくなった。
今では一万回中一万回、もはや神の領域だ。
あの世界の好きな場所、好きな日時を狙って転生することもできる。
別人として転生するので、同じ時に複数の転生した俺がいるような多重転生となる。
「俺」は今までの転生の記憶が残っているので、前に転生したときの「俺」がどこで何をしていたのか知っている。
前の「俺」はもちろん今の「俺」のことは知らないが、何度も転生しているので俺の考えを察してうまく協調することができるようになっていた。
それでも、彼らの魔の手から逃れるのは至難を極めた。
俺が『あの世界』に転生するとかなりの確率で俺を狙っている刺客が待ち構えていた。
それも二重三重にトラップを仕掛けて。
もう何度殺されたのかも覚えていないが、だんだんその最初のトラップを掻い潜って、市中に逃げ込むことができるようになってきた。
生存率はまだ十回に一回くらいだが、それでも最初のころの絶望よりはまし。
なんぜ最初は百回連続で転生した直後に殺されていたのだから。
よくへこたれないなー、俺。
一旦市中に隠れてしまえば、そんなに簡単に狙って殺すことはできなくなる。
俺はなんとか数日から数年生き延びて、こつこつ情報を集めた。
まずは、ラークシャサだ。
俺はラークシャサをどこかで見たはずだ。
やつにゴブリンとして殺されたときではなく、その昔人間として転生していたときに……
俺が10歳の少年として転生したその日、転生先の人間の村がゴブリンに襲われて全滅した。
俺は隠居したアークウィザードに拾われ、彼と生活を共にしながら様々な魔法を教えてもらった。今の俺が魔法が使えるのは彼のお陰だ。
また彼はこの世界についての様々な知識も教えてくれた。ゴブリンのこと、人間のこと、社会のこと。どうやればうまく立ち回り立身出世できるのか、などなど。
三年後、俺は彼から教わった知識をフルに使って、小さな村の雑兵団に入り込んだ。
たまたま村に寄った駐屯兵の兵長に見初められて駐屯師団の末席に加えてもらい、そこから聡明な頭と魔法の腕を買われて士官学校に特別に入学させてもらった。
飛び級で卒業したのち数年で中隊長にまで出世することができた。
中隊長になったときは非常に嬉しく、感謝を込めてアークウィザードの爺に新しいメガネを贈ったものだ。爺は嬉しそうにしながらもどこか寂しげでどこか悲しげに見えた。
新任中隊長の最初の仕事は王国軍総司令の任命式で、師団長の警護にあたる任務だった。
隣国である共和国の青年に暗殺された前総司令に代わり新たに総司令となる男は非常に有能で、王国をさらに発展させてくれる逸材と期待が高い。これまでにも数々の軍部改革を断行していたが、その成果は目覚ましく、国民からも絶大な信頼を得ていた。
今回王国軍総司令となることは誰から見ても当然の人事であった。
この総司令の任命式に合わせて、大きな軍部組織変更も発表され、多くの若く有能な人間が抜擢される合同任命式が盛大に執り行われた。
16歳になったばかりの俺はまだ慣れない中隊長の肩書に胸を高鳴らせてこの任命式の参列に加わっていたものだ。この歳で任命式に参列しているものは俺の他にいなかった。
この日のことは今でも鮮明に覚えている。任命式を無事に終え、駐屯師団に戻るその帰り道、駐屯師団長の乗った車がテロリストが仕掛けた爆弾で吹き飛ばされた。
車に同席していた俺が師団長を守るために防御魔法を展開したところで、無防備な状態の俺は何者かに銃で撃たれて殉職したのだ。
人生これからという16歳での早逝だった。忘れることができない。
そのときふっと思い出した。
あいつは師団長だ。王国第七近衛師団の長だ。
あの合同任命式のときに一度だけ顔を見た。やつは無名ながら師団長に大抜擢されたラークシャサだ。
俺は任命式に参列していて、壇上に登ったラークシャサを見たのだ。
人として参列していた俺は、ラークシャサを見たのはそれが初めてであったため、何も感じなかった。ただし、ゴブリンとして転生ししたときの俺は誘拐団のリーダーであるラークシャサを覚えていた。その2つの記憶が今繋がった。
ゴブリンを誘拐し、人間の村を皆殺しにするようなやつが何で師団長になったんだ?
ラークシャサが王国の表舞台に初めて現れたのは、王国第七近衛師団の師団長に任命されたときだった。
軍派閥のどこにも所属していない、業績も定かではないこの男が突然師団長に引き立てられた人事は、当時の王国軍人たちの間でも様々な噂を呼んでいた。
曰く、前総司令の隠し子でないか。
曰く、王国の闇を一手に引き受ける暗部組織のトップだったのだろう、などなど。
こいつの裏には何かある。
ただし、俺にはカーリーが言う『類を見ないほどの絶大なイレギュラー』がラークシャサだとは思えなかった。
確かにラークシャサはイレギュラーだろう。それも非常に強い。
しかし、ラークシャサは誰かに操られている風でもあった。
カーリーをして類を見ないほどの絶大なイレギュラーと言わしむる存在が必ずその上にいる。
ラークシャサが師団長に任命されたからくりを辿れば、そこにカーリーが仕掛けた『お楽しみ』が待っているに違いない。
転生してその背景を探ろうとした俺は、勘の鋭いラークシャサに何度も見つかった。
俺が輪廻する転生者であることをラークシャサは女神カーリーから聞いて知っていた。殺すよりもさらに残酷な仕打ちをしたくてうずうずしてたみたいだ。
こいつの本性は狂気だ。
殺されればまだいい方で、残忍な彼に捕まり、何年も何年も幽閉されて殺さないように拷問され続けたことも何度もあった。その間は俺は新たに転生することもできず、痛みと時間だけが消費されていった。
また、同じ時間に転生していた俺を二人捕まえて、俺同士で殺し合いをさせたこともあった。俺はその状況を死ぬことで打破できるので、互いに相打ちすることで同時に彼から逃れた。
次からは彼はさらなる残忍な手口を考え、嬉しそうに俺が現れるのを待っていた。
それでも何度も転生し、ラークシャサの周辺を探り続けてとうとう彼の親玉を見つけた。
王国軍総司令 スカンダ。
あの任命式で若くして総司令となった男。
前総司令が共和国の青年に暗殺され、代わりを引き継いだのがスカンダだ。
彼はその昔、ゴブリンが人間の村を襲って皆殺しした事件を利用し、彼の子飼いの駐屯兵団を強化して魔物討伐を大々的に行ったことで国民の人気を得た。それが彼の栄進の出発点だった。
隣の共和国が我が王国に侵攻すると偽って王国民を恐怖で煽り、共和国の青年を使って前総司令を暗殺させ、それをきっかけに共和国との戦争をはじめたのも彼の差し金だ。
まだ駆け出しの士官のころからスカンダはラークシャサを裏で操り、己の駐屯兵団を強化する名目を作るため、裏でゴブリンを脅して人間の村を襲わせていた。俺が転生した人間の村が襲われたのも、ゴブリンを誘拐して人間の村を襲わせたのも、元を辿れば全てスカンダが仕組んだことだ。
様々な人間を操り、何年も何年もかけて王国軍総司令に登りつめ、火のないところに煙を立て、本物の火事にし、とうとう本物の戦争まで引き起こした彼はイレギュラーに違いない。
それも、ラークシャサを指先で操れるような絶大な力を持つイレギュラーだ。
国王軍総司令である彼が共和国相手に引き起こした戦争は、周辺各国を巻き込み、互いの国が疑心暗鬼になって互いに攻め滅ぼし合うような世界大戦へと発展していた。
そして密かに超大魔兵器を完成させた彼は、世界を滅ぼす神の鉄槌を今まさに繰り出さんとしていた。
いつ世界が滅んでもおかしくない。
女神カーリーが言っていた『お楽しみ』の指揮者は間違いなく彼だ。
彼をつぶせば女神の目的も潰える。逆に彼をそのままにしていると確実にこの世界は滅びる。
俺は「王」スカンダを狙った。
女神カーリーは俺の魂胆を潰すためにさらに多くの
凡人である俺では、強力なスキルを得て転生してくる彼らとは、はなから勝負にはならないほどの戦力差がある。まるで将棋の「歩」と「飛車角金銀」との闘いだ。
しかも俺が「金」に成ることはない。どこまでも「歩」のままだ。
そして、俺の転生先、転生時刻は全て女神カーリーにばれている。
*
「バカなのか、こいつは。絶対に私には勝てないのに」
カーリーは天界の自分の部屋でワイングラスを優雅に揺らし、状況を見つめながら冷徹につぶやいた。
もう、どのくらい転生を繰り返しただろう。俺の持ち駒は
それでも転生者に守られた「王」であるスカンダはおろか、その飛車である師団長ラークシャサさえも落とすことはできなかった。
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次話『男の狂気と女の嫉妬』へ続く
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