第17話 彼女だけがいない世界

 ここはアラビア風の世界。

 しかし、待てども待てども彼女らしき女性が現れない。

 もしかすると女性でないのかもとか人間でないのかもとか思い、いろんなところで『オープン・ザ・セサミ』の合言葉を使ったが、無駄だった。

 

 あの世へ早く行って確かめたい気持ちも強かったが、現世をきちんと生きると天女と約束していたので、この人生も精一杯生きた。


 ここではなぜか大きな不幸に合うこともなく、俺は大金持ちになりひょんなことから王国を救い、国王に請われて次の国王になった。

 大金持ちで国王、一夫多妻制ということもあり、いろいろなところから妻候補が現れたが、結局誰とも結婚しなかった。

 前の国王の孫が非常に優秀だったので、俺は彼に王位を譲った。老衰で死ぬ際はもう王ではない俺を多くの者が悲しんでくれた。

 これもいい人生だった。だが、ぽっかり空いた心の穴は何故か埋まらない。

 

 俺の豪奢な部屋には常に一揃えの靴が飾ってあった。

 この世界に来たときに当時はまだ大金持ちでなかった俺が奮発して買った、赤とピンクが映えるきれいな靴だ。

 今であればこの何万、何十万倍もの値段の、それこそ金と宝石と沙羅だけで作ったような、目がくらむような靴さえ用意できるが、俺はこの靴が気に入っていた。

 いつ出会っても贈れるようにと常に傍らにおいていたこの靴は、この世界でもう俺の半身のようでもあった。

 結局最後まで足を入れる女性は訪れなかったが、これもまた人生。

 天寿全うする俺はもうすぐあの世に行く。

 

 久々の再会だなー。

 ちょっと緊張しながら、天界に戻る。

 「ちょっと忙しかったのよー。もうあの神々嫌んなるわー。私に仕事押し付けやがって」

 とか愚痴ってくるんだろうな。

 まあ久々にそれも楽しいか。


 そして、俺は目を閉じ、天に戻った。

 

 天界では天女が……、いなかった。


        ◇◆◇◆◇

 

 いつもの白い部屋。

 見知らぬ女神。

 

 「貴方が、かの有名な『猿田 司馬夫』さんね。はじめまして、私は転生女神カーリー。彼女の同僚よ。これからよろしく」


  ……


 「貴方って転生を繰り返すスキル持ってるんですってね。私そういう変わった人間、好物よ」


  ……


 「いぶかしげね。彼女ならもうここにはいないわ。転生の仕事から外されたの。仕事をほっぽったからしにしてお客様とできちゃった受付嬢の運命、貴方なら想像つくでしょ?」


 俺のせいだ…… 俺が不甲斐ないばっかりに、彼女に迷惑をかけてしまった。


 彼女が最近俺にばかりかまけて他の異世界転生者を放っておいたことで、大きく転生者ノルマが不足して、多世界のバランスが悪くなってしまったらしい。天界で定期的に受診している『多世界ドック』の診断結果が悪化してしまった。

 そしてついには、転生者と異世界で夫婦ごっこ。とうとう上神の逆鱗に触れたらしい。

 

 「でも、貴方にだけは本当のこと教えてあげるわ。これは彼女が仕事さぼったからじゃなくって、私のせいなの」


 「それはどういう意味ですか?」


 「あちこちの世界で、私が貴方を殺してた・・・・・・・の。そうしてたら、なぜだか世界環境が悪化しちゃったのよね」


 「え?」


 「正確に言うと、貴方を殺した世界の数値が酷いことになって、結果的に多世界全体の環境が悪化しちゃったみたいなのよ。ほんと訳わからないでしょ?」


 いやいや、訳わからないのは異世界転生した先々で俺を殺しまくっている貴女なんですけど。

 かなりやばいんですけど、この女神。


 「俺を殺すって…… なんでそんなことしているんですか? 貴女に直接会ったのも今日がはじめてだし、殺される理由も思い当たらない」


 「うーん、申し訳ないけど、貴方がなんかムカつくからかな。ごめんね(てへぺろ)」


 きれいな顔でにこにこしながら言う。

 この女神、本気で意味わからん。



 「貴女がこれ以上俺を殺さなければ世界は元通りになるんでしょ? だったらそれでいいじゃないですか。理屈はよくわからないですけど」


 「でも、それだと私が悪いことしたみたいじゃない。世界にとって、貴方が善玉で、私が悪玉ってこと? そんなの嫌よ」


 コレステロールみたいに言われてもなー。しかも貴女がやっていること完全に悪玉だし。


 「めっちゃ悪いことしているような気しません? 意味もなく俺を殺して回っているとか」


 「だって、貴方は転生先で死んでも何度でも甦れるんだから、ちょっとぐらい殺されたっていいじゃない。減るもんじゃないし」


 「減りますよ! 気持ちがすり減りますって! 100回以上も人生失敗してみたら貴女も分かりますって」


 「私、失敗したことないのよねー。だから失敗する人の気持ち分からなくて、ごめんなさい。ということで、今回のことも私の失敗ではなくしたいの」


 「いや、めっちゃ貴女がしでかしたことですけど」


 「だから、彼女に罪被ってもらったんじゃない。これでも私、天界のお偉いさんに人気あるの。世界の環境が悪化したのは彼女のせい、って吹き込んだらすぐ信じてくれたわ。生き残った方が正義ね。私がここにいて、彼女が捕まっているんだから、悪いのは彼女なのよ」


 このお姉さん、全く理解不能だー。



 天女さん、この女神のこと友達って言ってたけど、この女神はこれっぽっちもそんなこと思ってなさそげ。

 天女さんも変なとこ多かったけど、この女神に比べたらめっちゃまともだったなー。

 天界って変な人しかいないのか?


 「やっぱり、今日はじめてあった貴女に、俺がここまで嫌われている理由が全く思い当たらないんですけど……」

 俺は話し始めてからずっと疑問だったことを女神に問う。


 「ところで、貴方、私のものにならない?」

 突然話しを変えてくる女神。


 「どういうことですか。俺のことムカついてるんでしょ?」


 「貴方が私のものになるんなら、殺さないであげる。輪廻する転生者ってどこか艶めかしいわよね。興味があるの」


 「貴女が自分の転生者にそのスキル与えればいいんじゃないですか?」


 「もちろん、それは最初に考えたわ。でも貴方のあとすぐに異世界転生規約第32条33項が追加されて禁止スキルになっちゃったのよねー。だからそのスキル持ちは未来永劫、貴方しかいないってわけ」


 俺を羨ましそうな目で見つめる女神。コレクションとして集めたいって顔だな。


 「じゃあ、このスキルのコレクションは無理ですね。俺は天女さん付きの転生者ですから」


 「そういうところよ、貴方を殺したくなる理由って」

 急に冷たい顔になる女神。


 「結局俺が嫌われている理由は教えてくれなんですね」


 「誤解あるようだから少し訂正しておくと、貴方のこと私嫌いじゃないわ。うん、どちらかというと好きよ。好きだからこそ殺したいの。千回でも1万回でも1億回でも殺してあげる。貴方が殺される人生に倦んで私のものになるって言うまで。ね、疲れ果てたら私のところに来なさい。天女なんかより、うんと甘えさせて、うんと優しくしてあげるから」


 「殺されたくはないんですけど、何度殺されても俺の気持ちは変わらないと思います」


 「そうかもね。それならこれからも遠慮なく貴方を殺させてもらうわ。貴方が転生に絶望するまで。最終的にどちらが勝つか勝負しましょう」


 いや殺すのは遠慮してくれー。この女神怖いー。



 「それだけじゃ飽きるだろうから、貴方に特別にお楽しみ企画を用意したわ。気に入ってくれるとよいのだけれど」


 「貴女が喜んでいるってだけで、ろくでもない企画としか思えないんですが」


 「そんなことはないわ、貴方も楽しめるはずよ。貴方が二度も転生してよく知っている世界のことですもの」


 なんだか嫌な予感しかしない。


 「あの世界には私が見込んだ、類を見ないほどの絶大なイレギュラーの力を持つ転生者がいるの。彼はあの世界を滅ぼすわ。それだけの力がある」


 俺が、人間の少年とゴブリンとで二度同じ世界の同じ時期に転生した、あの世界のことだろうか。そして人間の村もゴブリンの村もある男の差し金で皆殺しになった。あの事件こそイレギュラーだってことか。


 「せいぜい頑張って私を楽しませてねー」

 女神はそう言い残すと、天女の白い部屋から手を振って出ていった。


 あとには、主のいない白い部屋と俺だけが残された。




———————————————————

次話、次々話は、すこしテイストを変えて、転生した世界でのアナザーエピソードを挟みます。


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