とある世界:ヒューマンズサイドエディション
俺はそこに立っていた。
月も出ていない真っ暗なはずの夜。
が、辺りは一面の炎に包まれていて昼のように明るい。
どこかの村の中のようだ。
「大丈夫⁉」
女が俺に声をかけた。
「立ち止まるな。このまま裏の森に走って逃げるんだ。ここにいたらやつらに殺される!」
女のすぐ後ろを走ってきた男が、周りを警戒するように小剣を構えながら叫ぶ。
女は俺の小さな手を取り、走り出した。突然のことに状況が全く飲み込めない。
俺は、、、男の子? 体の大きさから10歳くらいか。
今は三人で行動しているようだ。
上背はそれほどないものの、俊敏で戦い慣れしていそうな男。
火を放たれた村の惨状にも怯まず、最善の手を尽くそうとする聡明で勇気ある女。
そして、俺。
男と女は知り合いのようで、互いに全てを言わずとも理解し合いながらこの戦況を乗り越えようとしている。
俺はたまたまそこに居合わせて彼らに助けられたようだ。
男が先導して向かっているのは、村の外柵にわずかに開いた出口の扉。
出口の向こうにはしばらく小道が続き、三百メートルほどいくと林になっていた。
村を出て林に逃げるつもりだろう。
俺たち三人と出口の間にはまだ家屋や大通りがあるが、あと数十秒ほどでたどり着けそうだ。
その出口に走っていく別の人間が目に入った。四人の男女。
出口の扉まであと数メートルに近づいた。
「「「「びゆーーん」」」」
空気を引き裂いて何かが飛んでくる音。
そして出口まで残りわずかで手が届かずに倒れた四人。
体には何本かの矢が刺さっていた。
「「「「ウギギギギギ」」」」
獣の叫び声が聞こえた。よろこんでいるようだ。
俺と一緒にいる男が出口に向かう足を一瞬で止めた。三人は家屋の陰に隠れ、様子を伺う。
見通しのよい
やつらは…… ゴブリン……?
戦いに有利な高所を確保し、村の人間を矢で射殺したり、下のゴブリンに人間が隠れている場所を知らせて狩らせたり指示している。
櫓のゴブリンに俺たちは間一髪で発見されずに済んだ。もう少し前に出ていたら、遮蔽物もない大通りですぐに発見されてしまっただろう。
しかし状況は好転していなかった。
前と後ろから大きな足音と叫び声が聞こえてくる。
やつらが近づいてきた。
「こっちだ」
男は女と俺に告げると、横の小路に入る。敵を撒くようにわざと複雑に進んだ後、村の中央の小さな共同裏庭に出た。
「ここの井戸に隠れるんだ。さあ早く」
子供が一人入れるくらいの小さな井戸。
女が俺をすばやく持ち上げて井戸にそっと落とす。
冷たい水が俺の腰まで浸かったが、それ以上体が沈むことはなかった。
「絶対に音を出しちゃダメよ」
女は井戸に朽ちかけた木蓋を被せた。
「「「ガググググゴ、ガギギ、ゴゴゴゴゴ!!!」」」
少し遠くから叫び声。俺たちに気付いたゴブリンが追いかけてきたようだ。
男と女は井戸からすぐに離れた。別の小路に走ろうとする足音。
その方角からもゴブリンの叫び声が聞こえてきた。
何かがもつれる音、棍棒らしきものが壁や石畳にぶつかる音、うめき声。想像するのが怖くなる音が聞こえてくる。
しばらくして。ドサッとやわらかい何かが倒れる音。
「「「「ウギギギギギ!!!!!!」」」」
ゴブリンの歓声。棍棒を地面に叩きつけて喜んでいる。
さきほどまで俺を助けてくれていた男と女の顔を思い浮かべた。
次は俺の番だ!
バタバタと歩き回るゴブリンたちの足音が井戸の中に響いた。
冷たい井戸の中で震えながら、必死で体の震えを抑えようと両腕で体を抱きしめる。
ガチガチ歯の音が外にまで大きく響いてしまっているような、そんな錯覚に苛まれる。
一分経った? 十分? あるいは一時間か。
もしかするとまだ十秒くらいしか経っていないのかもしれない。
恐怖で混乱する俺はゴブリン共に見つからないように、それだけを祈っていた。
「しーっ、声を出さないで」
井戸のすぐ外に誰かがいる? 全く気付かなかった。
人なのかなんなのか、不思議な声色だ。
「ここにいれば君は安全だ。俺が保証する。朝までここで待つんだ」
不思議と信頼できた。俺は待つことにした。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
気がつくと外から物音が全くしなくなっていた。
それでも俺は隠れ続けた。
井戸の朽ちた木蓋の隙間からすっかり朝になり明るくなった空が見えてきた。
ようやく俺は井戸にぶら下がっていた桶のロープを掴んで上に登っていった。蓋を少しだけ持ち上げて周りを探る。
—— 村の建物は全て焼け落ちていた。
元は人間だったであろう、ほとんど真っ黒になったものもいくつか横たわっていた。
犠牲者にはゴブリンもいるようだ。
俺は井戸を出た。
外は、人間もゴブリンも誰も生者がいない焼け落ちた村だった。
その時、後ろから誰かが歩く音がした。
焦げで細い炭になっていた木材が踏まれて折れる「バキッ」という音。
俺はびっくりして振り返った。
そこにはひとりの老人がいた。
「ひとりか?」
うなずく俺。老人は言った。
「ではお前だけでも助けよう。わしは森に棲まう隠居したアークウィザードだ」
灰色の法衣をまとい、髪は灰色で肩まである。
「俺は…… みんなを守れるだけの力が欲しい」
そうして俺は、意識を失った。
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