第15話 幸せ
ゴブリンたちは里で受け入れてもらえた。
農作業でも畜産でも大活躍。
何年か生産高の記録取ってみないとまだ何とも言えないものの、人間とゴブリンの村の食糧難は解決しそうだ。
ズンはどんどんゴブリンの言葉を覚えていっている。もう立派な通訳者だ。
ゴブリンも徐々に簡単な人間の言葉を理解してきていて、大雑把なレベルであれば十分意思疎通できはじめている。
人間の中に、ゴブリンに狩りを教えてもらう者が出てきた。
ゴブリンは人間よりもずっと狩りがうまい。今まではシカ程度しか獲ってこれなかった村人たちが、数人連携して中型の魔物を穫れるまでに成長している。
こんどの春、山の雪が溶けたら、人間がゴブリンの村にしばらく滞在して、家などの建築の方法を教えることになった。
ゴブリンの家は砦のような堅牢さはあるものの、人間の家に比べると粗末で、寒さや大雨には弱いらしい。人間の村で建築技術を勉強中のゴブリンも一緒に戻って手伝うとのこと。
こうやって互いの技術が広まりあえば、互いが互いに必要になって、争いは減るだろう。
まあ、また自分たちのことしか余裕がなくなるような厳しい時代もくるだろうけど、ここまで関係作れれば、また厳しい時代が過ぎたら手を取り合える関係に戻れると信じてる。
俺は村に受け入れてもらえただけでなく、いろいろな指南役として重宝されていろんな食べ物を恵んでもらって生活できるようになっている。
ズンは俺を気に入って、毎日家に入り浸って、仕事にくっついて来る。
彼女には、奮発してきれいな草履を贈った。
まだ歩くのに慣れない彼女が、少しでも歩くのが楽しくなるようにと、目立つ赤とピンクの柄の刺繍が入った草履にした。
彼女は里をこの草履で歩いては里のみんなに褒めてもらってめっちゃ喜んでいるとの情報を多方面から得ている。喜んでもらえていてなによりだ。
最初にあげた俺の粗末な草履はなぜか後生大事に化粧箱に入れられて神棚の横に並んでいた。
そう言えば、天界の天女が神棚持っていていいんだろうか?
「あんなの、形よ、形。どうせあんなところに神がいるわけないんだから好きにすればいいの。ほんとに天界の神があそこに来たら逆に私逃げるわ」
とのこと。おい、「天界なにそれおいしいの?」の設定はどこいった?
そして、彼女はなし崩し的に俺の家に一緒に住むようになってて、まわりから『もう面倒だから赤縄の契り結んじゃえ』と強引に事を運ばれ、
結婚の際にひとつの約束を交わした。
「絶対にこの部屋を覗かないで」
「そんなんでいいの? まあこの家、部屋だけは余るほどあるから、いいよ」
「ほんとこれ大事なことなんだからね。破ったら私は帰らないといけなくなっちゃうかもしれないなー、なんてことにもなりかねないのよ!」
なんだか帰るのか帰らないのかよくわからんけど、約束は約束。
俺は絶対に覗かないと誓った。
「どうしても覗きたくなったら、私に内緒で覗くんじゃなくて、『すみません、もう耐えきれません、覗かせてください』って私にお願いしなよね。そうすれば離婚の危機だけは逃れられるかもしれないから。いいわね、どうせなら一緒に覗くんだからね!」
もうどっちやねん! まあ、これきっと『鶴の恩返し』パターンだろうから、覗かないに越したことはないな。
気づいたら、この世界に来て六年以上経った。
「おい!記録更新! 俺の生存期間の記録更新!!!」
「おおおおお!すごいじゃない!!! おめでとー。私が日頃死なないようにいろいろ助けてあげてるんだからねー。感謝しなさいよ!」
おい、俺が異世界転生者って知っているかのような口ぶりだよな。まだ小芝居を続けている彼女なのにこういうときは思わず素で会話してしまう。
「まあ、なんの記録更新かはよくわからないけどね。あんたが喜んでいるならそれでいいわ」
慌ててごまかしに入る。
子供は生まれていないが、毎日生きているのに感謝するくらい日々が充実している。
◇◆◇◆◇
もうこの世界に来て何年経ったかは数えなくなっていた。
村の長が俺を呼び寄せた。
縁側でお茶を啜りながら、年老いた長と久しぶりに雑談をする。
庭の木でウグイスが鳴いていた。
「お前が来てからもうずいぶん経ったな。最初お前と会ったときはとんでもなく胡散臭い輩だと思ったんじゃがのー」
「どういたしまして。俺は住むところなくって、この村に住まわせてもらおうと必死だったんだよ」
俺はお茶を啜った。
「ゴブリンを退治はできないけど解決するとか豪語して、この若造なにを気軽に言ってやがるかって思ったものだ」
「でも、ちゃんと解決したろ?」
「びっくりするような解決方法だったがな。まさか人間とゴブリンとを協力させようだなんて、この広い世界でもお前がはじめてに違いない」
「きっとそうだなー。いやいや、この世界初じゃなくって、全ての世界でも初だと思うわ」
呆れて長が笑った。
「お前に来てもらえてよかった」
村の長が居住まいを正し、俺に向き合う。
「オレは年老いた。オレに代わりお前にこの村の長になって欲しい」
「うん、分かった。安心してくれ。この村は俺が守る」
最初に出会った日のように、俺と村長は固く手を握りあった。
村長の手はしわしわになっていたが、手に込められた力は出会った昔と変わりなかった。
◇◆◇◆◇
とうとう天寿を全うする日が来た。
絶対にこの部屋を覗かないでくれという彼女との約束も守った。
途中何度も「我慢できなくなったら相談しなさいよね」って、誘われてるのか何なのかよくわからん確認があったけど、最後まで覗くことはなかった。
最後の頃になると小悪魔的なポーズで「ちょっとは覗かせてあげようか? 興味あるでしょ? 男の子なんだから?」って散々迫ってきたけど、ここまで守ったんだからって頑なに断った。
俺たち、もうシワシワ・ヨボヨボのいい年したお爺ちゃん、お婆ちゃんなんだから少しは自制しようよ。
つい先日も、「もうしょうがない。じゃんけんに私が勝ったら覗かせてあげるわ!これがラストチャンスだと思いなさい!」って勝負挑まれたけど、俺が勝った。めっちゃ残念そうだった。
普通は勝ったほうが覗く権利得るんじゃないのかとも思ったが、逆効果なので内緒にした。
死を覚悟した俺の布団の横に座ってじっと佇んでいる彼女。
俺はもう長いこと連れ添った彼女を見た。
「ありがとうな。こんなわしと最後まで一緒に居てくれて。お前のお陰でわしは無事天寿を迎えることができた。本当にお前には感謝しかない」
彼女は俺のシワシワの手を握ったまま黙っている。手が震えているようだ。
「最後にこんなすてきな人生が送れてよかった。わしの長い長い旅がようやく終わる。もうこれで思い残すことはない。ありがとな……。わしの天女よ……」
「天女でもなんでもないんですけどね……」
ここまでブレずに下手な小芝居続けるのすごいなー。改めて彼女のおもしろさに笑った。
「お爺ちゃん、わしも幸せじゃったわい。すてきな人生じゃった。わしも幸せじゃった……」
何度も何度も繰り返す彼女の言葉を聞きながら、俺は今度こそ天に帰った。
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次話『輪廻』へ続く
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